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11.再会
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目を開けてみると、そこにあったのは見慣れた風景だった。王宮内の限られた人間しか使用することが出来ない転送魔法陣のある部屋から出る。目の前には王宮の本邸、そしてそこに繋がる道と同化した立派な庭園が広がっている。
ここに最後に来てからは一カ月ほどしか経過していないというのに、心にじんわりと沁み込むような懐かしさを感じてしまう。
「お前達が今回の医者ケント=ヒーランドとその助手ルーネストか……ついて来い」
魔法陣のある転送部屋の前で待っていた若い騎士が案内してくれるようだった。写真をケントと見比べて確認しながらも、こちらをあまり信用していないのだろう、見るからに視線が厳しく、その瞳からは警戒心が漏れ出ていた。
そんな彼には物凄く見覚えがあった。名前はセーレ。平民――どころか他国の元奴隷であったが、3年ほど前にエストが所用で旅に出て、帰って来た直後に『拾った』などと言って、一度クレアに紹介していた。
奴隷だった時期によほど酷い目にあっていたのか、セーレはそこから救ってくれたエストに懐いているようでずっと彼にベタリとくっついていた。そしてクレアがエストに近づこうものなら一瞬で殺気を放つのだ。要は見事に敵認定されていた。
当時は仮の婚約者だから、セーレに認められないのも仕方がないと半分諦めていた。だがある時、それは変化する。エストが毒を盛られて、それをクレアが助けた時だ。その時には既にセーレはエストの護衛として騎士の仕事をしていて、何も出来ない状況に固まっていた。自身の主を助けてくれた事でクレアに対する警戒を完全に解いたのだろう。そこからはそれなりに日常会話レベルの事を話すようになっていたのだが……今は初めて会った時と同じかそれ以上に警戒されていた。
医者として助けに来たのだから少しは信用すれば良いのになんて思いながらも、ある程度過去に接していたことで人柄を知っているせいかそれすらも彼らしいと心の中で苦笑してしまう。
「第一王子の症状は今現在どのような感じですか?」
「……エスト様は未だにベッドから起き上がる事すら出来ていない。それどころか一昨日からはこれ以上は危険だと判断し、マルタ様――エスト様直属の王宮医師の手で完全に意識を奪って眠らせることで、症状の進行を遅めている」
「分かりました。情報、有難うございます」
最初はこんなにも機嫌が悪そうなセーレに話しかけたケントに対してギョッとするルーネストだったが、内容を聞いて納得した。少しでも早く、多くの情報収集をしたかったのだろう。なにせ今の状況は、エストにどれだけ時間が残されているのかすら分からない緊急事態なのだ。
けれどその情報は心を更に陰鬱にさせた。思っているよりも数段酷かったからだ。クレアはマルタとも知り合いだった。マルタは他の王宮医師などとは比べ物にならない程に優秀だ。もしかしたらケントと同じくらいか、それ以上に、である。
そんな彼女がそれだけ強い魔法を自身の主にかける程だ。きっと一人では何も施す手が他になく、延命処置としてそれを行ったのであろうことが簡単に窺えた。
あの女性ですら治すことが出来ない症状。ゴクリと無意識のうちに溜まってしまっていた唾を飲み込んだ。
***
「マルタ様、ケント=ヒーランドを連れてきました」
「どうぞ。お入りください」
セーレの丁寧なノックの後、優し気な女性の声が返ってくる。
ここまでそれなりに速足だったせいかルーネストは息を少し切らしながらも入室した。そこにいたのは普段の手入れの行き届いた肌は何処へやら、目の下にくっきりとした隈が出来ているマルタ。そして以前とは比べ、別人かと思う程に生気のない顔で、色んな場所から管が繋がれたまま眠っている……変わり果てた元婚約者・エストの姿だった――。
ここに最後に来てからは一カ月ほどしか経過していないというのに、心にじんわりと沁み込むような懐かしさを感じてしまう。
「お前達が今回の医者ケント=ヒーランドとその助手ルーネストか……ついて来い」
魔法陣のある転送部屋の前で待っていた若い騎士が案内してくれるようだった。写真をケントと見比べて確認しながらも、こちらをあまり信用していないのだろう、見るからに視線が厳しく、その瞳からは警戒心が漏れ出ていた。
そんな彼には物凄く見覚えがあった。名前はセーレ。平民――どころか他国の元奴隷であったが、3年ほど前にエストが所用で旅に出て、帰って来た直後に『拾った』などと言って、一度クレアに紹介していた。
奴隷だった時期によほど酷い目にあっていたのか、セーレはそこから救ってくれたエストに懐いているようでずっと彼にベタリとくっついていた。そしてクレアがエストに近づこうものなら一瞬で殺気を放つのだ。要は見事に敵認定されていた。
当時は仮の婚約者だから、セーレに認められないのも仕方がないと半分諦めていた。だがある時、それは変化する。エストが毒を盛られて、それをクレアが助けた時だ。その時には既にセーレはエストの護衛として騎士の仕事をしていて、何も出来ない状況に固まっていた。自身の主を助けてくれた事でクレアに対する警戒を完全に解いたのだろう。そこからはそれなりに日常会話レベルの事を話すようになっていたのだが……今は初めて会った時と同じかそれ以上に警戒されていた。
医者として助けに来たのだから少しは信用すれば良いのになんて思いながらも、ある程度過去に接していたことで人柄を知っているせいかそれすらも彼らしいと心の中で苦笑してしまう。
「第一王子の症状は今現在どのような感じですか?」
「……エスト様は未だにベッドから起き上がる事すら出来ていない。それどころか一昨日からはこれ以上は危険だと判断し、マルタ様――エスト様直属の王宮医師の手で完全に意識を奪って眠らせることで、症状の進行を遅めている」
「分かりました。情報、有難うございます」
最初はこんなにも機嫌が悪そうなセーレに話しかけたケントに対してギョッとするルーネストだったが、内容を聞いて納得した。少しでも早く、多くの情報収集をしたかったのだろう。なにせ今の状況は、エストにどれだけ時間が残されているのかすら分からない緊急事態なのだ。
けれどその情報は心を更に陰鬱にさせた。思っているよりも数段酷かったからだ。クレアはマルタとも知り合いだった。マルタは他の王宮医師などとは比べ物にならない程に優秀だ。もしかしたらケントと同じくらいか、それ以上に、である。
そんな彼女がそれだけ強い魔法を自身の主にかける程だ。きっと一人では何も施す手が他になく、延命処置としてそれを行ったのであろうことが簡単に窺えた。
あの女性ですら治すことが出来ない症状。ゴクリと無意識のうちに溜まってしまっていた唾を飲み込んだ。
***
「マルタ様、ケント=ヒーランドを連れてきました」
「どうぞ。お入りください」
セーレの丁寧なノックの後、優し気な女性の声が返ってくる。
ここまでそれなりに速足だったせいかルーネストは息を少し切らしながらも入室した。そこにいたのは普段の手入れの行き届いた肌は何処へやら、目の下にくっきりとした隈が出来ているマルタ。そして以前とは比べ、別人かと思う程に生気のない顔で、色んな場所から管が繋がれたまま眠っている……変わり果てた元婚約者・エストの姿だった――。
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