上 下
13 / 31

11.再会

しおりを挟む
目を開けてみると、そこにあったのは見慣れた風景だった。王宮内の限られた人間しか使用することが出来ない転送魔法陣のある部屋から出る。目の前には王宮の本邸、そしてそこに繋がる道と同化した立派な庭園が広がっている。

ここに最後に来てからは一カ月ほどしか経過していないというのに、心にじんわりと沁み込むような懐かしさを感じてしまう。

「お前達が今回の医者ケント=ヒーランドとその助手ルーネストか……ついて来い」

魔法陣のある転送部屋の前で待っていた若い騎士が案内してくれるようだった。写真をケントと見比べて確認しながらも、こちらをあまり信用していないのだろう、見るからに視線が厳しく、その瞳からは警戒心が漏れ出ていた。

そんな彼には物凄く見覚えがあった。名前はセーレ。平民――どころか他国の元奴隷であったが、3年ほど前にエストが所用で旅に出て、帰って来た直後に『拾った』などと言って、一度クレアに紹介していた。
奴隷だった時期によほど酷い目にあっていたのか、セーレはそこから救ってくれたエストに懐いているようでずっと彼にベタリとくっついていた。そしてクレアがエストに近づこうものなら一瞬で殺気を放つのだ。要は見事に敵認定されていた。

当時は仮の婚約者だから、セーレに認められないのも仕方がないと半分諦めていた。だがある時、それは変化する。エストが毒を盛られて、それをクレアが助けた時だ。その時には既にセーレはエストの護衛として騎士の仕事をしていて、何も出来ない状況に固まっていた。自身の主を助けてくれた事でクレアに対する警戒を完全に解いたのだろう。そこからはそれなりに日常会話レベルの事を話すようになっていたのだが……今は初めて会った時と同じかそれ以上に警戒されていた。

医者として助けに来たのだから少しは信用すれば良いのになんて思いながらも、ある程度過去に接していたことで人柄を知っているせいかそれすらも彼らしいと心の中で苦笑してしまう。

「第一王子の症状は今現在どのような感じですか?」
「……エスト様は未だにベッドから起き上がる事すら出来ていない。それどころか一昨日からはこれ以上は危険だと判断し、マルタ様――エスト様直属の王宮医師の手で完全に意識を奪って眠らせることで、症状の進行を遅めている」
「分かりました。情報、有難うございます」

最初はこんなにも機嫌が悪そうなセーレに話しかけたケントに対してギョッとするルーネストだったが、内容を聞いて納得した。少しでも早く、多くの情報収集をしたかったのだろう。なにせ今の状況は、エストにどれだけ時間が残されているのかすら分からない緊急事態なのだ。

けれどその情報は心を更に陰鬱にさせた。思っているよりも数段酷かったからだ。クレアはマルタとも知り合いだった。マルタは他の王宮医師などとは比べ物にならない程に優秀だ。もしかしたらケントと同じくらいか、それ以上に、である。

そんな彼女がそれだけ強い魔法を自身の主にかける程だ。きっと一人では何も施す手が他になく、延命処置としてそれを行ったのであろうことが簡単に窺えた。
あの女性ひとですら治すことが出来ない症状。ゴクリと無意識のうちに溜まってしまっていた唾を飲み込んだ。

***

「マルタ様、ケント=ヒーランドを連れてきました」
「どうぞ。お入りください」

セーレの丁寧なノックの後、優し気な女性の声が返ってくる。
ここまでそれなりに速足だったせいかルーネストは息を少し切らしながらも入室した。そこにいたのは普段の手入れの行き届いた肌は何処へやら、目の下にくっきりとした隈が出来ているマルタ。そして以前とは比べ、別人かと思う程に生気のない顔で、色んな場所から管が繋がれたまま眠っている……変わり果てた元婚約者・エストの姿だった――。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

愚か者は幸せを捨てた

矢野りと
恋愛
相思相愛で結ばれた二人がある日、分かれることになった。夫を愛しているサラは別れを拒んだが、夫であるマキタは非情な手段でサラとの婚姻関係そのものをなかったことにしてしまった。 だがそれは男の本意ではなかった…。 魅了の呪縛から解き放たれた男が我に返った時、そこに幸せはなかった。 最愛の人を失った男が必死に幸せを取り戻そうとするが…。

処理中です...