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10.出発
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出発の日の朝。
クレアは前日作った『変質薬』を一気に呷る。舌から喉にかけて張り付くような苦味を感じた直後、眼球が焼け付くように痛む。それと同時に全身――頭から毛先、眼球、胸、腹、足まで全てを針で刺されたかのような痛みのせいで床にうずくまってしまう。指の一本すらも満足に動かすことが出来なかった。
どれほど苦しんだのだろうか。永遠に続くとすら思える苦痛はいつの間にか収まり、身体からは先程までの事が無かったかのように痛みが抜けていた。
立ち上がって薬の効果を見ようと鏡を見つめると、思わず息を呑む。そこにあったのは懐かしい色だった。
肩より少し上辺りまで切られた髪の毛は今までの白銀の色とは真逆の漆黒の髪。そして瞳も彼女の姉と同じ若々しい樹木の色……翠色へと変化していた。それだけではない。クレアは元々つり目気味の奥二重だったが、今は丸目気味の優し気の漂う一重になり、これではまるで――――。
「姉、様……?」
出た声が予想以上に低くなっていたことに対しても驚くが、それよりも瞳だ。自身の瞳を鏡越しに見つめ一瞬思わず姉を思い出すが、鏡の中の自分も同じ様に手を伸ばしているのが目に入って、正気に戻る。先程までの幻想を振り払う。姉はもうここにはいないのだ。そんなこと分かっている筈なのに、同じ色を久しぶりに見ただけで動揺してしまった。
変質薬が上手く効いたという事実は喜ばしい事だが、この色、そして形は良くない。買い物袋から念のためにと買っていた分厚い度のはいっていない眼鏡を取り出し、それを付けた。再び鏡を見ると先程まで覗いていた懐かしい色は消えていた。それにようやく安心感を覚えた。
現在は朝の6時。薬の効果は18時間。だから効果が切れるのは大体夜の0時あたりである。魔法薬にしては長いとは言えない効果時間。これについてはきちんと理由があった。
魔法薬というものには耐性がついて効きにくくなる種類がある。その種類に含まれるのがクレアが今使用している、使用者の身体を何かしらの形で変質させるものなのである。クレアはその魔力の高さ故に特に耐性が付きやすいタイプだった。コスト面だけでなく、そういう諸々の理由もありこの薬は普段使いしない方向で今まで過ごしてきたのだ。
この耐性が付いてしまうという問題点で一番最悪なのが、使っている最中に効きにくくなって途中で元の姿に戻ってしまうというリスクである。
だから今回は敢えて薬の分量を調整して、効果時間を18時間にまで抑えていた。効果時間を短くすることによって体に慣れさせないという対抗策である。
とは言っても、クレアの体質からして1週間の最後の方は薬が効きにくくなるだろうことも想定済みだ。その時はその時で薬の量を調整することで対応を考えていた。
「さて――行きますか」
いつも通り晒を巻いて女性らしい身体のラインも隠す。絶対に正体がバレないように……そんな決意を固める。
ここにいるのはもう、クレアではなくルーネストである。これで準備は完全に整った――。
***
「ルネ……だよね?」
この街唯一の移動用転送装置が置いてある場所――通称・駅に到着すると、待ち合わせしていたケントは深く被っていた帽子を取ったルーネストに対して驚きの表情を見せた。
「驚かせてしまったみたいでごめんなさい。髪の色は違いますが、ルーネストです」
「いや。やっぱり君の薬の効果はすごいね!声も変わっている……約束していなかったら、君だって分からなかったかもしれないよ」
「ありがとうございます」
自分よりも才能があり、技能も勝っている人に褒められるのは単純に嬉しかった。だから素直に誉め言葉として受け取った。それと同時に彼の言葉が自信にも繋がる。いつもは『クレア』としての面影を残している『ルーネスト』を見ているケントが別人だと言うのだ。この薬を飲んでさえいれば、王都で、もしも『クレア』の知り合いに会ったとしてもきっと気づかれることはないだろう。
「ルネも来たことだし、出発だ!」
「はい」
行先は既に調整し終わっていたようで、ケントが声を掛け、手を差し伸べる。その手を取ると、強力な魔力に包まれ、独特の浮遊感と共に景色が切り替わるのを感じた――。
*********
この話から暫くは完全に『ルーネスト』としての『クレア』になるので、文章中の呼び方も一部クレアではなくルーネストに切り替わります。紛らわしくて申し訳ないです。
クレアは前日作った『変質薬』を一気に呷る。舌から喉にかけて張り付くような苦味を感じた直後、眼球が焼け付くように痛む。それと同時に全身――頭から毛先、眼球、胸、腹、足まで全てを針で刺されたかのような痛みのせいで床にうずくまってしまう。指の一本すらも満足に動かすことが出来なかった。
どれほど苦しんだのだろうか。永遠に続くとすら思える苦痛はいつの間にか収まり、身体からは先程までの事が無かったかのように痛みが抜けていた。
立ち上がって薬の効果を見ようと鏡を見つめると、思わず息を呑む。そこにあったのは懐かしい色だった。
肩より少し上辺りまで切られた髪の毛は今までの白銀の色とは真逆の漆黒の髪。そして瞳も彼女の姉と同じ若々しい樹木の色……翠色へと変化していた。それだけではない。クレアは元々つり目気味の奥二重だったが、今は丸目気味の優し気の漂う一重になり、これではまるで――――。
「姉、様……?」
出た声が予想以上に低くなっていたことに対しても驚くが、それよりも瞳だ。自身の瞳を鏡越しに見つめ一瞬思わず姉を思い出すが、鏡の中の自分も同じ様に手を伸ばしているのが目に入って、正気に戻る。先程までの幻想を振り払う。姉はもうここにはいないのだ。そんなこと分かっている筈なのに、同じ色を久しぶりに見ただけで動揺してしまった。
変質薬が上手く効いたという事実は喜ばしい事だが、この色、そして形は良くない。買い物袋から念のためにと買っていた分厚い度のはいっていない眼鏡を取り出し、それを付けた。再び鏡を見ると先程まで覗いていた懐かしい色は消えていた。それにようやく安心感を覚えた。
現在は朝の6時。薬の効果は18時間。だから効果が切れるのは大体夜の0時あたりである。魔法薬にしては長いとは言えない効果時間。これについてはきちんと理由があった。
魔法薬というものには耐性がついて効きにくくなる種類がある。その種類に含まれるのがクレアが今使用している、使用者の身体を何かしらの形で変質させるものなのである。クレアはその魔力の高さ故に特に耐性が付きやすいタイプだった。コスト面だけでなく、そういう諸々の理由もありこの薬は普段使いしない方向で今まで過ごしてきたのだ。
この耐性が付いてしまうという問題点で一番最悪なのが、使っている最中に効きにくくなって途中で元の姿に戻ってしまうというリスクである。
だから今回は敢えて薬の分量を調整して、効果時間を18時間にまで抑えていた。効果時間を短くすることによって体に慣れさせないという対抗策である。
とは言っても、クレアの体質からして1週間の最後の方は薬が効きにくくなるだろうことも想定済みだ。その時はその時で薬の量を調整することで対応を考えていた。
「さて――行きますか」
いつも通り晒を巻いて女性らしい身体のラインも隠す。絶対に正体がバレないように……そんな決意を固める。
ここにいるのはもう、クレアではなくルーネストである。これで準備は完全に整った――。
***
「ルネ……だよね?」
この街唯一の移動用転送装置が置いてある場所――通称・駅に到着すると、待ち合わせしていたケントは深く被っていた帽子を取ったルーネストに対して驚きの表情を見せた。
「驚かせてしまったみたいでごめんなさい。髪の色は違いますが、ルーネストです」
「いや。やっぱり君の薬の効果はすごいね!声も変わっている……約束していなかったら、君だって分からなかったかもしれないよ」
「ありがとうございます」
自分よりも才能があり、技能も勝っている人に褒められるのは単純に嬉しかった。だから素直に誉め言葉として受け取った。それと同時に彼の言葉が自信にも繋がる。いつもは『クレア』としての面影を残している『ルーネスト』を見ているケントが別人だと言うのだ。この薬を飲んでさえいれば、王都で、もしも『クレア』の知り合いに会ったとしてもきっと気づかれることはないだろう。
「ルネも来たことだし、出発だ!」
「はい」
行先は既に調整し終わっていたようで、ケントが声を掛け、手を差し伸べる。その手を取ると、強力な魔力に包まれ、独特の浮遊感と共に景色が切り替わるのを感じた――。
*********
この話から暫くは完全に『ルーネスト』としての『クレア』になるので、文章中の呼び方も一部クレアではなくルーネストに切り替わります。紛らわしくて申し訳ないです。
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