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第四章 せめぎ合う光と闇
第六十八話 Raison d'etre
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「……これは一体何のつもりだ? ルフス」
セフィロスは自分の背後に立つルフスに声を掛けた。
いつの間にか両腕が拘束されており、身動きがとれない。
背後より、自分の両腋の下から二本の腕が通されており、強く締め付けられていた。その弾みでセフィロスの手から剣が落ちた。茉莉が聞いたのはその音だったのだ。
生前のルフスは自分とほぼ同じ背丈だったが、今彼が宿る肉体は、以前より五センチメートル程高い。セフィロスの視線がルフスの鼻先にくる位だ。自分より上背のある彼が、両腕を使って後ろから羽交い締めにしている。
「離せ……!」
セフィロスは背を反らしたり両腕を動かしたりして、ルフス腕から身を離そうとした。しかし、ルフスの腕はびくともせず、彼の身体を自由にはしなかった。
「俺がお前を縛り付けていたのなら、俺はそれを断ち切らねばならねぇな……」
「……?」
セフィロスは静かに動きを止めた。
ルフスが言わんとしていることを理解出来ず、言葉が出ない。
「俺はお前を解放してやりたかった」
「……」
「あの頃、ランカスター家“本家”という鎖でいつもお前は縛られていた。あの事件で俺がお前の目の前で一度死んだことで、尚更お前の自由を奪ってしまった」
「……」
「すまなかった……お前をこんなに苦しめてしまって……約束まで破って……」
無意識だが、ルフスの声が震えていた。
腹の底から湧き上がる自分への怒りをあらわにしているようだ。
(あの頃はお前の命を守ることを最優先とした。みんなを守る為もあった。それしか思い浮かばなかった……)
「ずっと……ずっと一人ぼっちだった俺を助けてくれたのはヘンリーおじ上だが、俺の居場所をくれたのはお前だ。それなのに、俺自身がお前を二百年以上もずっと苦しめる原因となってしまった……」
(そして、道連れとなったウィリディス達にもずっと不自由な想いをさせていた……全ては俺の責任だ……! )
「二百年以上昔のあの頃から分かっていた。お前が“ランカスター家本家の当主”である以上、孤独の道からは永遠に逃れられないということを……」
「お前を自由にしてやりたかったこの俺が、逆にお前の自由を奪っていた。……矛盾だな」
ルフスはセフィロスを拘束していた両腕を一旦緩め、今度はそれをセフィロスの上腕の上から巻き付けるようにして、自分の身体へと引き寄せた。
輝くプラチナ・ブロンドの毛先がルフスの頬をかすめる。
昔は自分とほぼ同じ位の体格だったその身体は、どこかくたびれているように感じた。
その時、セフィロスの脳裏に懐かしい記憶が蘇った。
ヘンリーとマーガレットが殺害され、突然双肩に伸し掛かる負担と過度な緊張に押し潰されかけた時、ルフスが強引に自分を抱き寄せてくれた時のことを。
――無理するな。今の間位、素のお前でいろ――
あの時とは違う肉体だから匂いは異なるが、服越しに伝わる温もりが、微量ながら身体の緊張を解き解してくれる、そんな感じがした。
ルフスは自分より少し低い位置にある耳元に、唇を寄せて囁いた。セフィロスは目を見開いている。そして、首だけ振り返って目を合わせてきた。
マーガレットに生き写しであるその顔に収まる二つの瞳は、何か言いたげだが言葉が見付からない。そんな表情だった。涙が一粒、頬を滑り落ちる。
「本当は、お前の苦しみを拭い去ってやりたかった。助けてやりたかった。血筋を守るという名の呪縛で雁字搦めとなっていたお前を……」
「……だが分家の俺では無理だった。力もないし、何一つ出来なかった……」
「だからこそ、今度こそお前を、お前の魂を解放してやりたい。それが出来るなら、蘇った価値があるというものだ。お前が起こしてくれた奇跡で俺は今ここにいられるのだから……」
ルフスは自分の腕に、セフィロスの両手の指がゆっくりと絡み付くのを感じた。その手はどこか震えていた。それは、濁流に飲まれまいと木の枝に必死に縋り付くような手だった。
「……安心しろ。みんなと一緒に待っていてくれ。すぐに追いかけて行く」
ルフスは顔を上げると、視線の先に茉莉の姿を認めた。
彼女は芍薬刀を中段の構えをとったまま、身動き出来ずにいた。刀を持つ手が怯えた小鳥の様に震えている。
「頼む……茉莉……これはお前にしか出来ない」
「でも……!!」
茉莉は、ルフスの言わんとしていることを理解していた。セフィロスの記憶を強引に捩じ込まれていたので、自分が何をすれば今の状況を脱することが出来るかということを。
セフィロスの貴艶石を破壊する。
これは、芍薬刀を持ち、操る力を唯一持つ彼女にしか出来ないのだ。
しかし、気が進まなかった。鉛のような重みが身体全体にのしかかり、すんなりとはいかない。事情を知り過ぎてしまったが為に、二の足を踏んでいるのだ。
(私が、彼等を殺さないといけないだなんて……!)
足がすくんでいる茉莉にルフスは言葉を重ねた。その顔色は青白さが増している。その額から幾筋もの冷や汗が流れ落ち、呼吸が荒い。
「……ならば、言葉を変える。セフィロス達を、俺を解放してくれ。頼む。俺達を縛り続けるこの呪縛から自由にしてくれ!」
「解放……!?」
茉莉は目を大きく見開いた。
「この長過ぎる時間を断ち切ってくれ! 俺達には出来ない。 お前にのみ許された力だ。俺を、俺達を自由にして欲しい……!!」
懇願するルフスに彼女はあ然とした。ランカスター家一族の全員が、完全復活を強く願っていた筈の者が死を望むとは、予想外過ぎて理解がついていかない。
それも、永遠の死……。
「でも……あんた、本当にそれでも良いの!?」
語調が乱れる茉莉に対し、ルフスは静かに頷いた。その口元には微かな微笑みを浮かべていた。
「俺は構わん。第一、俺自身が望んで蘇った訳でもないしな。セフィロス達を自由にしてやるのが俺の本望だ」
「……分かった。やってみる!」
ルフスの覚悟を聞いた茉莉は腹を決めた。
すると失われた光が蘇り、桃色の光芒が身体から湧き上がってくる。
榛色の瞳が桃色へと変わった。
桃色の光を纏った茉莉は、踊るように間合いに飛び込んだ。
セフィロスの胸に下がるサファイアに、芍薬刀の切っ先が吸い込まれてゆく。
その途端、何かが砕け散るような音が周囲に広がった。
サファイアのブローチごと、セフィロスの貴艶石が破壊された音だった。
セフィロスの肉体はあっという間に灰化した。
ルフスの腕の中で。
(もう、二度とお前を‘’孤独‘’にはしないから……)
紅玉の瞳から一粒涙が溢れて、ルフスの足元に広がる灰の上に落ちた。
その途端、あちらこちらで悲鳴が上がる。
ランカスター家一族の血の掟。
主家が断絶すれば分家の者も全て朽ち果てる。
吸血鬼として完全体ではなかったルフス以外は、その掟通り全て灰となった。今まで周囲を守っていた、セフィロスの手によって吸血鬼化していた複数人もの部下達も、全て一握の灰と化した。
セフィロス……!!
ウィリディス……!!
フラウ厶……!!
ロセウス……!!
ウィオラ……!!
――俺達が揃えば最強だな!! ――
――ああ。お前と私がいれば我等ランカスター家は揺るがない――
――ちょっとぉ。わたくし達のことも忘れないで頂戴! ――
――本当、二人共仲良しなんだからぁ――
懐かしい、テネブラエでの出来事が、走馬灯のように蘇ってくる。
二度と戻らない、楽しかった遠い昔の出来事……。
(みんな待っていてくれ……もうすぐ全て終わるから……!! )
それを涙に濡れた瞳で見届けたルフスは、割れそうな頭痛に襲われ、がくりと膝をおった。そして、口から夥しい量の血を吐きながら前方に崩れ落ちそうになる。
「ルフス!!」
茉莉が駆け付け、その身体を両腕で抱き止めた。
茉莉の腕の中でその髪の色は瞬時に月の色から夜空の色へと変わる。炎のような紅い瞳は薄明の色へと変わった。赤く染まった夕日から、だんだんと深いナイトブルーに覆われて、静かに月光の黄金色と混ざり合っていく――
――あっという間に、紫がかった青色の瞳に戻った。
セフィロスは自分の背後に立つルフスに声を掛けた。
いつの間にか両腕が拘束されており、身動きがとれない。
背後より、自分の両腋の下から二本の腕が通されており、強く締め付けられていた。その弾みでセフィロスの手から剣が落ちた。茉莉が聞いたのはその音だったのだ。
生前のルフスは自分とほぼ同じ背丈だったが、今彼が宿る肉体は、以前より五センチメートル程高い。セフィロスの視線がルフスの鼻先にくる位だ。自分より上背のある彼が、両腕を使って後ろから羽交い締めにしている。
「離せ……!」
セフィロスは背を反らしたり両腕を動かしたりして、ルフス腕から身を離そうとした。しかし、ルフスの腕はびくともせず、彼の身体を自由にはしなかった。
「俺がお前を縛り付けていたのなら、俺はそれを断ち切らねばならねぇな……」
「……?」
セフィロスは静かに動きを止めた。
ルフスが言わんとしていることを理解出来ず、言葉が出ない。
「俺はお前を解放してやりたかった」
「……」
「あの頃、ランカスター家“本家”という鎖でいつもお前は縛られていた。あの事件で俺がお前の目の前で一度死んだことで、尚更お前の自由を奪ってしまった」
「……」
「すまなかった……お前をこんなに苦しめてしまって……約束まで破って……」
無意識だが、ルフスの声が震えていた。
腹の底から湧き上がる自分への怒りをあらわにしているようだ。
(あの頃はお前の命を守ることを最優先とした。みんなを守る為もあった。それしか思い浮かばなかった……)
「ずっと……ずっと一人ぼっちだった俺を助けてくれたのはヘンリーおじ上だが、俺の居場所をくれたのはお前だ。それなのに、俺自身がお前を二百年以上もずっと苦しめる原因となってしまった……」
(そして、道連れとなったウィリディス達にもずっと不自由な想いをさせていた……全ては俺の責任だ……! )
「二百年以上昔のあの頃から分かっていた。お前が“ランカスター家本家の当主”である以上、孤独の道からは永遠に逃れられないということを……」
「お前を自由にしてやりたかったこの俺が、逆にお前の自由を奪っていた。……矛盾だな」
ルフスはセフィロスを拘束していた両腕を一旦緩め、今度はそれをセフィロスの上腕の上から巻き付けるようにして、自分の身体へと引き寄せた。
輝くプラチナ・ブロンドの毛先がルフスの頬をかすめる。
昔は自分とほぼ同じ位の体格だったその身体は、どこかくたびれているように感じた。
その時、セフィロスの脳裏に懐かしい記憶が蘇った。
ヘンリーとマーガレットが殺害され、突然双肩に伸し掛かる負担と過度な緊張に押し潰されかけた時、ルフスが強引に自分を抱き寄せてくれた時のことを。
――無理するな。今の間位、素のお前でいろ――
あの時とは違う肉体だから匂いは異なるが、服越しに伝わる温もりが、微量ながら身体の緊張を解き解してくれる、そんな感じがした。
ルフスは自分より少し低い位置にある耳元に、唇を寄せて囁いた。セフィロスは目を見開いている。そして、首だけ振り返って目を合わせてきた。
マーガレットに生き写しであるその顔に収まる二つの瞳は、何か言いたげだが言葉が見付からない。そんな表情だった。涙が一粒、頬を滑り落ちる。
「本当は、お前の苦しみを拭い去ってやりたかった。助けてやりたかった。血筋を守るという名の呪縛で雁字搦めとなっていたお前を……」
「……だが分家の俺では無理だった。力もないし、何一つ出来なかった……」
「だからこそ、今度こそお前を、お前の魂を解放してやりたい。それが出来るなら、蘇った価値があるというものだ。お前が起こしてくれた奇跡で俺は今ここにいられるのだから……」
ルフスは自分の腕に、セフィロスの両手の指がゆっくりと絡み付くのを感じた。その手はどこか震えていた。それは、濁流に飲まれまいと木の枝に必死に縋り付くような手だった。
「……安心しろ。みんなと一緒に待っていてくれ。すぐに追いかけて行く」
ルフスは顔を上げると、視線の先に茉莉の姿を認めた。
彼女は芍薬刀を中段の構えをとったまま、身動き出来ずにいた。刀を持つ手が怯えた小鳥の様に震えている。
「頼む……茉莉……これはお前にしか出来ない」
「でも……!!」
茉莉は、ルフスの言わんとしていることを理解していた。セフィロスの記憶を強引に捩じ込まれていたので、自分が何をすれば今の状況を脱することが出来るかということを。
セフィロスの貴艶石を破壊する。
これは、芍薬刀を持ち、操る力を唯一持つ彼女にしか出来ないのだ。
しかし、気が進まなかった。鉛のような重みが身体全体にのしかかり、すんなりとはいかない。事情を知り過ぎてしまったが為に、二の足を踏んでいるのだ。
(私が、彼等を殺さないといけないだなんて……!)
足がすくんでいる茉莉にルフスは言葉を重ねた。その顔色は青白さが増している。その額から幾筋もの冷や汗が流れ落ち、呼吸が荒い。
「……ならば、言葉を変える。セフィロス達を、俺を解放してくれ。頼む。俺達を縛り続けるこの呪縛から自由にしてくれ!」
「解放……!?」
茉莉は目を大きく見開いた。
「この長過ぎる時間を断ち切ってくれ! 俺達には出来ない。 お前にのみ許された力だ。俺を、俺達を自由にして欲しい……!!」
懇願するルフスに彼女はあ然とした。ランカスター家一族の全員が、完全復活を強く願っていた筈の者が死を望むとは、予想外過ぎて理解がついていかない。
それも、永遠の死……。
「でも……あんた、本当にそれでも良いの!?」
語調が乱れる茉莉に対し、ルフスは静かに頷いた。その口元には微かな微笑みを浮かべていた。
「俺は構わん。第一、俺自身が望んで蘇った訳でもないしな。セフィロス達を自由にしてやるのが俺の本望だ」
「……分かった。やってみる!」
ルフスの覚悟を聞いた茉莉は腹を決めた。
すると失われた光が蘇り、桃色の光芒が身体から湧き上がってくる。
榛色の瞳が桃色へと変わった。
桃色の光を纏った茉莉は、踊るように間合いに飛び込んだ。
セフィロスの胸に下がるサファイアに、芍薬刀の切っ先が吸い込まれてゆく。
その途端、何かが砕け散るような音が周囲に広がった。
サファイアのブローチごと、セフィロスの貴艶石が破壊された音だった。
セフィロスの肉体はあっという間に灰化した。
ルフスの腕の中で。
(もう、二度とお前を‘’孤独‘’にはしないから……)
紅玉の瞳から一粒涙が溢れて、ルフスの足元に広がる灰の上に落ちた。
その途端、あちらこちらで悲鳴が上がる。
ランカスター家一族の血の掟。
主家が断絶すれば分家の者も全て朽ち果てる。
吸血鬼として完全体ではなかったルフス以外は、その掟通り全て灰となった。今まで周囲を守っていた、セフィロスの手によって吸血鬼化していた複数人もの部下達も、全て一握の灰と化した。
セフィロス……!!
ウィリディス……!!
フラウ厶……!!
ロセウス……!!
ウィオラ……!!
――俺達が揃えば最強だな!! ――
――ああ。お前と私がいれば我等ランカスター家は揺るがない――
――ちょっとぉ。わたくし達のことも忘れないで頂戴! ――
――本当、二人共仲良しなんだからぁ――
懐かしい、テネブラエでの出来事が、走馬灯のように蘇ってくる。
二度と戻らない、楽しかった遠い昔の出来事……。
(みんな待っていてくれ……もうすぐ全て終わるから……!! )
それを涙に濡れた瞳で見届けたルフスは、割れそうな頭痛に襲われ、がくりと膝をおった。そして、口から夥しい量の血を吐きながら前方に崩れ落ちそうになる。
「ルフス!!」
茉莉が駆け付け、その身体を両腕で抱き止めた。
茉莉の腕の中でその髪の色は瞬時に月の色から夜空の色へと変わる。炎のような紅い瞳は薄明の色へと変わった。赤く染まった夕日から、だんだんと深いナイトブルーに覆われて、静かに月光の黄金色と混ざり合っていく――
――あっという間に、紫がかった青色の瞳に戻った。
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