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第7話:誕生日パーティー

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「シルヴァン・フォール公爵とナタリー・フォール公爵夫人のご入場です」

 アナウンスと共に豪華絢爛な扉が開かれる。会場に足を踏み入れた瞬間、貴族達の視線が一斉に集まったのがわかった。
 私の一挙一動を見られ、評価されているようでとても緊張してしまう。そんな私を、公爵はいつも通りの毅然とした態度でエスコートしてくれた。
 足を捻った私のペースに合わせてくれる公爵の優しさに触れたら、自然と背筋が伸びた。フォール公爵夫人として、ちゃんとした姿を見せなくちゃ。

「ドラクロワ騎士団長、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「おお! 結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
 
 人々の注目を浴びながら公爵のエスコートに従って歩くと、その先にドラクロワ卿がいた。
 ドラクロワ卿に会うのはお父様のお葬式以来だ。見知った顔を見て私の緊張も少し和らいだ。

「幼いナタリー嬢は『ジャンと結婚する』と言ってくれたのに、まさか弟子にとられてしまうとはな」
「ドラクロワ卿……!」

 確かに幼い頃、私は強くてかっこよくていつも全力で遊び相手をしてくれるドラクロワ卿に憧れていた。「お父さんと結婚する」みたいなノリでそんなことを言った記憶はあるけど、公爵の前で言わないでほしかった。

「娘のようなものだ。昔のようにジャンと呼んでくれ」
「わ、わかりました」
「おっと、主役が来たみたいだ」

 楽団の演奏が始まり、入口の方に再び人々の視線が集まった。
 皇族の方々の入場だ。皇帝と皇后、バティスト皇子、そして一番最後にカミーユ皇太子が華々しく登場した。
 豪華で気品のある衣装も似合っていて今日は一際輝いている。周りの令嬢達が頬を赤らめてため息をつく理由が少しだけわかる。

「面倒ですが挨拶に行きましょう」
「はい」

 こういうパーティーでは地位の低い者から入場し、主催者への挨拶は地位の高い者からというルールがある。
 皇太子に一番最初に挨拶をするのは公爵家である私達だ。

「皇太子殿下、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。公爵も結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「そうだ、ナタリー夫人」
「はい」

 お互いに形式的な挨拶を交わして終わりかと思いきや、私の名前が呼ばれた。

「好きな色はあるか?」
「私は……淡い色が好きです」
「そうか。今日のドレスもよく似合っている」
「勿体ないお言葉です」

 好きな色を聞いたのはおそらくハンカチを用意するためだろう。本当に遠慮したいんだけど、今ここでそのことに言及したらありもしない憶測が飛び交ってしまいそうでやめといた。

「失礼します」

 さて……この後はどうすればいいんだろう。さすがに皇太子に挨拶だけして帰るわけにはいかないはず。
 周りの人達がそわそわしてるのがわかる。声をかけようにも、公爵の「近づくなオーラ」に圧倒されてなかなか一歩踏み出せないみたいだ。

「何か食べますか……あ!」

 とりあえず食事でもと思い会場内を見渡したら、友人の姿を見つけた。アルノワ伯爵家と長く親交関係にあるグランジュ子爵家の令嬢、ロザリーだ。
 彼女とはよく一緒に遊び、学び、姉妹同然に育った。去年ポートリエ侯爵の長男と婚約をしたことは手紙で知らされていたけど、家のことで慌ただしくてちゃんと祝福できていなかった。隣にいる男性がおそらくその婚約者だろう。

「友人と話してきてもいいですか?」
「俺も行って挨拶します」
「ありがとうございます」

 今日この機会を逃したら、次会えるのはいつになるかわからない。公爵に許可をとろうとしたら、一緒に行くと言ってくれてびっくりした。私の友人にわざわざ挨拶をしてくれるとは思わなかった。

「ロザリー!」
「! ナタリー!」
 
 名前を呼ぶとロザリーはすぐに私に気付いてくれた。

「公爵様、こちらは私の友人グランジェ子爵家のロザリー嬢と、婚約者のエドモン・ティトルーズ卿です」
「初めまして」
「お目にかかれて光栄です」
「ご存知かと思いますが……夫のシルヴァン・フォール公爵です」
「妻がお世話になっています」

 共通の知人として私が仲介したけど……公爵のことを夫と紹介するのも、公爵に妻と呼ばれるのもなんだか慣れなかった。

「公爵様もドラクロワ卿と積もる話があるのではないですか? 私は大丈夫ですので行ってきてください」
「わかりました」

 挨拶は済ませたし、公爵がいるときっとロザリーは気楽に振る舞えない。公爵もドラクロワ卿と会うのは久しぶりだろうし、師弟水要らずで話してきてほしいと思い、私は笑顔で公爵を送り出した。
 ポートリエ侯爵のご長男が一緒なら、他の貴族達も割って入ってくるようなことはしないはず。

「ナタリー……会えて本当に嬉しいわ」
「私もよロザリー」
「あのフォール公爵家に嫁ぐと聞いて心配してたけど……ふふ、大事にされてるのね。とってもお似合いだわ」
「そうかな……ありがとう」

 大事にされてるかどうかは置いといて、なんとか公爵との釣り合いがとれているようで安心した。きっとドレスとリゼット渾身のヘアメイクのおかげだ。

「ロザリーとティトルーズ卿もとっても素敵よ。ちゃんとお祝いできてなくてごめんなさい」
「ううん、いいの。大変だったでしょう……」
「大丈夫よ」
「二人とも、あそこの席が空いていますよ」

 ティトルーズ卿の案内で私達はソファ席に座って、いろんな話をした。
 主な話題はロザリーとティトルーズ卿の馴れ初め。2年前の社交パーティーでティトルーズ卿がロザリーに一目惚れして、猛アタックの末婚約に至ったらしい。
 私の前に隣り合って座る二人はとても仲睦まじい夫婦に見えた。ティトルーズ卿は紳士的で物腰も柔らかい。ロザリーがいい人に出会えて本当に良かった。
 
「ねえナタリー……実は年末に私達の結婚式をポートリエ侯爵領でやる予定なの」
「そうなの……! おめでとう」
「急になっちゃうけど、ご夫婦で招待してもいいかしら……?」
「もちろん! あ……でも、公爵様は忙しいかも……」
「一緒に行きましょう」
「!」

 ロザリーの結婚式ならと二つ返事をしてしまって、すぐに訂正しようとしたけど公爵に遮られた。
 一緒に行ってくれることにはもちろん驚いたけど、公爵の背後に貴族達が群がっている光景にギョッとした。話しかける勇気はないけど動向は気になるというところだろうか。
 心なしか公爵はうんざりしているように見える。

「夫人。あそこのテラスから庭園が一望できるそうです。暗くなる前に見てみますか?」
「はい、見たいです」
「で、では、すぐに招待状と詳細の手紙を出しますね」

 テラスは二人きりになりたい男女のための場所という暗黙の了解がある。つまり異性にテラスに誘われるということは、「あなたと二人きりになりたいです」と言われているようなもの。
 公爵はただこの群衆から逃げたいだけなんだろうけど、勘違いをしたロザリーがニヤニヤと私を送り出してくれた。
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