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第一章

闇の精霊

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 レオンハルトは、ベアトリーチェに指輪を見せる。填められた石には輝きはなく、黒ずんでいた。

 「この指輪に填めていたのは、偶然遺跡から見つけた精霊石だ。今、この石には精霊はいない。恐らく、ベアトリーチェが回帰した時に力を使い切ってしまったのだろう。だが、精霊はまだ生きている」

 「どうしてそれが分かるのですか?」

 「もし、消えて無くなったのなら、この石も砕け散っていたはずだ。それに…間違いなく君と契約をしたのだろう。その証が君の目だ。鏡を見てごらん」

 そう言って、レオンハルトはベアトリーチェを部屋にあるドレッサーの前に座らせた。

 鏡に映るベアトリーチェの瞳は相変わらず翠色だが、その中心部分が黒い炎の様なものが揺らめいで見えた。そして、その周りを術式文字のような文様が薄らと見え隠れしている。

 「その術式は、本人にしか見えない様になっている。他の人には、宝石の様に煌めく目にしか見えていない。それが宝石眼と呼ばれる所以だ。昔は本当に精霊石を用いて、精霊と契約していたが、精霊の森が荒らされてから、棲家を無くした精霊達は何時しか人間と契約する時に、その体の一部に刻印を記した。そして、その多くが眼だった。王族に宝石眼が多いのはその精霊師の名残」

 「王族は精霊と契約しているのですか?」

 「いやそうとは限らない。精霊は一人の人間だけとしか契約しない。ただ、遺伝的なもので受け継がれることも多い。アルカイド王国は、光の精霊を信仰しているからな。王族が宝石眼を持っている事に大きな意味があるのだろう。くだらないがな」

 レオンハルトは「くだらない」と言及したが、その「くだらない」事で振り回されている人をベアトリーチェは知っている。彼女の事を思うと今も胸が痛むのを感じた。

 「どうして、闇の精霊師だと断言できるんですか?他の精霊にはできないの?」

 「死に関われるのは闇の精霊だけだ。君を逆行させるということは生き返らせるという意味になる。そんな事を出来るのは闇の精霊しかいない。現に君の周りにいるだろう」

 そう言われ、ベアトリーチェがよく目を凝らして見ると、小さな蛍の様な光がちょろちょろと自分の周りを飛び回っている事に気付いた。

 「力を使ってしまった為に、元の姿に戻れないのだろう」

 「ずっとこのまま何ですか。なんだかかわいそう」

 「大丈夫だ。フロンティアに行けば直に元の力を取り戻せるはずだ」

 「よかった」

 ベアトリーチェはレオンハルトの言葉に安堵した。

 光の精霊は太陽を創った。そのあまりにも強い日差しで、人も植物も干からびそうになった時、神は光の精霊の影から闇の精霊を生み出した。

 闇の精霊は、死を司る神と仲が良く、夜を好んでいる。その能力は、死者を蘇らせることが出来ると伝えられていた。

 光の精霊が身体を治癒できるように、闇の精霊は精神を治癒できるのだ。精神干渉が出来る闇の精霊師を皆が怖がり、迫害した。その結果、多くの闇の精霊も人間に近付かなくなった。

 今では希少価値が高い闇の精霊師。

 人々が最も恐れた闇の精霊師の能力は「魅了」。

 人の心に入り込み、洗脳し、服従させ虜にしてしまう能力。

 「ベアトリーチェ、君は魅了が使えるようだ。しかも無意識に能力が洩れている。このままでは周りの人間がおかしくなるだろう。その前にこれを付けてごらん」

 レオンハルトはベアトリーチェに古ぼけたブレスレットを渡した。

 「闇の精霊を祀る古代遺跡から出土した年代物の魔道具だ。調べた結果、能力を押える事ができるようなのだ」

 「もし、つけなければどうなりますか」

 「周りがベアトリーチェを崇拝するように、君に心を預ける。それを異常だと思った人間に拷問され、殺されることになるだろう」

 「そ…そんな」

 「アルカイドでの闇の精霊師の扱いは、そういうものだ」

 普通なら到底信じられない言葉だが、ベアトリーチェは過去に歴史を学んだ時、魔女狩りの様な虐殺行為があった事を知っていた。だから、自分が闇の精霊と契約している事が分かればこの国でどんな目に遭わされるか分かっている。

 折角、逆行したのなら今度は平凡な幸せな人生を歩みたい。ベアトリーチェの願いはそれだけだった。自分にもう一度生きる機会を与えてくれた精霊には感謝するが、あまり関わりたくないというのがベアトリーチェの本音だった。しかも死と隣り合わせなんてごめん被りたい気持ちで一杯なのだ。

 ふわふわと蛍の様な光を放ちながらベアトリーチェの周りを飛び回っている精霊を手で追い払おうといる彼女の様子を見て、レオンハルトは、

 「この国ではそういう扱いでもフロンティアは違うぞ。どんな精霊師でも持て囃される。きっと我が国に行けばベアトリーチェは人気者になるだろう」

 「そんな事は望んでいません。わたしはただ、普通に生きたいんです」

 「ふふふ、ベティ。そんなにむきにならなくても、これからゆっくりと将来を考えればいいわ。時間はたっぷりあるのだし」

 リリエンヌは、二人を愛しそうに微笑みを浮かべて見つめていた。

 そうだ、まだ始まったばかり、これからなんだ。母の言葉にベアトリーチェは気を取り直した。「くううううっ」ベアトリーチェの小さなお腹が鳴る音が聞こえて、レオンハルトが「じゃあ、夕食にしょう」と二人を連れて、レストランに向かった。

 父と母に両手を握ってもらったベアトリーチェは、なんだかくすぐったくて温かな気持ちになった。ずっと、こんな風に両親と過ごしたかった念願が叶ったのだ。夕飯に何を食べても素晴らしく美味しく楽しい時間。こんなに満ち足りた時を過ごしたのは初めてだと思う。

 寝室の広いベッドの上で仲良く川の字になって眠るベアトリーチェは、疲れていたのか幸せそうに「ふふふ」と笑い声をあげて、やがて静かに寝息をたてだした。その寝顔は穏やかで満ち足りた様な笑みを浮かべている。

 娘が眠った姿を確認して、両親も眠りについた。



 いつまでもこの幸せな時間が続きますように……。



 三人の願いは一つだっただろう。
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