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5章 お爺ちゃんと聖魔大戦

362.お爺ちゃんと聖魔大戦7

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 アーカムシティ。そこは世界の光と闇を凝縮させた架空の都市である。ダン・ウィッチ村が田舎であるなら、アーカムシティはビル群が立ち並ぶ都会。
 しかし多くの人間が住むからこそ、そこには悪意が渦巻いている。一発成功を求めて田舎から出てきた若者が、元から住む人間に騙されて搾取されるなんてよくある話で。

 そんなすいもあまいも見知った年頃の少年が、少しばかり背伸びして探偵の真似事をしてるのなんてこの町ではさして珍しいことでもなく。
 その配下と思われる、これまた随分と背伸びした少女を引き連れた少年が、年に似合わない貫禄で読んでた新聞をバサリと折りたたんではテーブルに置いた。

 折り畳まれた記事には、最近街に怪しい薬が出回っていること。そしてそれは人々を幸福に誘うくすりである事が実しやかに語られている。
 この町では貧富の差が激しい。
 だからこそ飴に該当する噂話で貧してるものを癒してやるのが彼らにとって唯一の救いだった。

 が、その薬が出回った時期と、少年にだけ聞こえる天の声が同時だったのが確信をもたらす。


「仕事だ、スプンタ」

「正義遂行の時ですね!」

「アンラはどうしてる?」

「さっき野良猫と一緒にその辺で遊んでたはずですが」

「近くにいるのならいい。それに彼女なら」

「ええ、呼べば来ます」


 彼と少女の関係性は主従。
 そして正義の代行者である書物、聖典に連なる存在だ。
 認識が悪であろうと、聖典陣営にとっての悪意は悪戯っ子程度のものである。きっとそこまで周辺住民に危害は与えないものであろう。
 トレードマークのツンツンとした赤毛をハンチング帽で覆い隠し、彼……少年探偵アキカゼは事件解明のために動き出した。


 同刻。アーカムシティから少し外れた裏町で。
 あやしい男が奇怪な生き物を引き連れて歩いていた。
 

「って誰があやしい男ですか。人聞きの悪い!」

「誰に向かって言ってるんです? ハヤテさん?」

「いや、なんでもないんだけどね? 何か運命的な直感が働いて、思わず口に出してしまったんです」

「ぷふー、面白いですねそれ。あとで僕も真似していいですか?」

「うーん、変な人扱いを受けるからやめておいた方がいいんじゃないの?」

「もうすでに十分その可能性を満たしてるので平気ですよ」

「そう?」


 男は、茶色い髪を跳ねさせた貴族風の出立ち。
 しかし珍妙な生物を連れ歩き、その上軽快なトークで場を和ませていた。
 彼に随行する生物とはいったい何者なのか?

 どう見ても海に住んでる魚にしか見えないが、手と足が生えて二足歩行しているではないか!
 だというのに自分はまるで人間の様に、お天道様の真下を堂々と歩いていた。なんら身を隠す行為も取らず、派手な真っ赤なボディを曝け出していた。


「むむ、僕にも聞こえましたよ? これはあれですね、結構心が傷つきますね?」

「だから言ったじゃない。どうも今日は私たちは悪者みたいな演出だね? きっとこのあと正義の味方が来てやっつけられちゃうんだ」

「えー、僕何も悪いことしてないのに。ひどい!」


 ただ歩いていただけ。
 そう公言する珍妙な魚の生物は、実際に海から陸に上がってあるいていただけである。
 だからと言ってその姿が人間から大きくかけ離れている事に相違なく。
 そして心の弱い人から見れば彼女の姿は間違いなく奇怪で畏怖を覚えるものだった。


「仕方がないので、脱ぎます」

「そうした方が良いでしょう。ここでは偶然人目がつかなかったから良いですけど、眷属以外の前では極力脱いでた方が良いですよ?」

「むー、このボディ気に入ってたのにー」


 少し不満そうにしながら、歩く魚はしゃがみ込み、その身を捩らせて背中のジッパーを下ろした。

 もぞもぞと動いたあと、中からは海を彷彿させるエメラルドグリーンの髪と、これまた海を思わせるタコの髪飾りをしたドレスを纏った少女が現れた。
 なんという事だろう。何故わざわざ天井から愛された美を投げ捨ててまで奇怪な格好をしているのか?
 それは本人にしかわからない。
 そしていつの間にか、脱ぎ捨てた魚のスーツはどこかへと消えていた。

 今は紳士な少年と年頃の少女が仲良く手を繋いで散歩をしている。

 そんな彼らの前には社会不適合者が手にナイフを持って取り囲んでいきつつある。
 お上りさんに待ち受けるこの街の洗礼だ。
 しかし少年少女は顔を見合わせ、何故そんなふうに弱者を狩るのだろうと驚いた様に態度で接する。
 もちろんごろつき達は態度を逆行させ、凶刃が閃いた。


「おっと、危ない! 私じゃなきゃ死んでましたよ?」


 少年はごろつき達の凶行に素手で対応した。
 しかし少女の方はあっさりと捕まり、その白い首筋に食い込む様にナイフを突きつけられていた。


「テメェ! この女の命が惜しかったら有り金全部置いてけや!」


 仲間をやられて一人残された男が、人質をとって少年を脅している。少年は困ったなという顔をしてハンチング帽を深めに被った。
 少女は先程までの奇怪な格好をしていたとは思えない肝の太さは微塵もなく、助けを乞い求める様に少年を見ている。

 そんな時だ、颯爽と現れて警戒な動きでゴロツキからナイフを奪い、その手を捻り上げる少年がいた。


「そこまでだ。この事件は僕が引き受ける」

「ぐぁ!」

「正義、執行パンチ!」


 駆け寄った赤毛の少年によって、あやしい少年は危機一髪で救われた、のだが……


「こんなところで何やってるのさ、少年」

「奇遇だね、探偵さん」


 なんと二人は顔見知りだった!


「ところでこのナレーションなに?」

「さぁ? この街に入った時からずっと聞こえてくるよ?」

「ふーん。スプンタ、それ以上の体罰はやめてあげなさい」

「でもっ!」

「ほらほら、飴ちゃんあげるから」

「わーい飴ちゃんだー」


 いつの間にかやってきた全身黒尽くめの少女が、真っ白な少女に渡された飴を奪い取るかの様に手元で包装紙を剥がして自らの口に入れると、ほっぺをゆるゆるとさせて喜びを表現する。


「こら、こんなあやしい奴らからの施しを受け取るな」

「あやしいなんてひどい言いがかりです。ね、ハヤテさん?」

「本当にね。私たちはただの旅行者だよ。ほら、記念に一枚どう?」


 パシャリ。突然のフラッシュに、人を食った様なハヤテ少年の射影機が向けられ、少女スプンタは迷惑そうな顔でそれを受けてしまった。

 光の速度で映像を切り取る射影機の前には、如何に正義の代行者である彼女もまた対応できずにいたのである。
 手渡された写真は咄嗟にガードされた腕が顔を覆う様に展開されて、射影機そのものを警戒する画像が写し出されていた。


「残念、君の魅力が引き出される機会を失ってしまった」


 ハヤテ少年は本当に悔しそうにぼやく。
 正義の元に悪を罰した少年探偵は、助けた少年を警戒しながら、近況報告も兼ねて近場の喫茶店へと入っていくのだった。



 ◆



「ふぅ、やっと変なナレーションから解放された。結局なんなの、あれ?」

「さぁ? この街に来た時からずっとだよ? 君なら知ってるんじゃないの?」


 この場は奢りと聞いて、値段を考えない注文が探偵さん側のアンリと私の方のスズキさんによって遂行されている。
 対照的にお行儀良く座っては、水だけで結構ですと随行者の懐を心配する少女の存在が滑稽だ。

 どちらにせよ、私たちの出会いは探偵さんの財布に深刻なダメージを与える様なものであろうことは確実だったようだ。


「あぁ、今週の給料がパーだよ。全く、散財する身内がいると大変だね」

「おいたわしや、マスター」

「スズキさん、そんな小さい事で日頃の恨みを晴らさないの。アンラ君もだよ?」

「ぶえー」

「ぶえー」


 同様の反応を示す二人の少女に、私と探偵さんが揃って同じ様な態度を取る。
 それを見たスプンタ君が奇妙なものを見る様に私を見上げていた。
 なんだろう? いや、この視線には覚えがある。

 ああ、そうだ。長女の亜紀、シェリルが幼少の頃、こうやって外にお出かけするたびに私に送っていた視線と同じなんだ。

 普段家にいない私が、どの面下げて父親顔するのか本気で不思議がっている。そんな顔である。
 スプンタ君の場合は私が絶対悪だと信じて疑ってないと言ったところか?
 そういう面では私は悪とは言い切れない。

 別に人々を恐怖にどん底に落としたい願望も欲望もないからね。


「ふーん、成る程。君は飛ばされた村の人達と仲良くして場所を聞き出し、ようやくこの街にやってきたと?」

「うん。探偵さんは?」

「僕はこの街の下町に飛ばされてね? きったはったの大立ち回りを認められて探偵事務所の立ち上げをようやく取り付けたばかりだよ」

「二週間かそこらで事務所立ち上げとは敏腕だなぁ」

「そういう君こそ、結構派手に動いてるらしいじゃない?」


 なんのことかわからないな?
 二人で肩を叩き合って笑ってごまかす。
 気心の知れた友達だからね、こういうやりとりができるんだ。

 それと彼はもう確信を持って私に接触してきているよね?
 なんだったら信者獲得の証拠現場を探しにきているところだろう。けど実に惜しい事に私は今回街のマップの下調べにしかきていないんだ。
 実行犯は私ではなく、信者の人たちの口コミでのみ行われている。人の伝達能力は恐ろしいよ。
 良いと思ったものはすごい速さで伝わるんだからね。
 私はこの一件には関わってないよと語るが、彼には疑われている。スプンタ君も私の真実を暴こうと食い入る様に見ていた。
 なんだろう、少し心苦しいね。


「しかしあれだね、この街の治安は酷いね」

「そう? 普通じゃない」

「私の飛ばされた村は牧歌的でね。長閑な風景が実に私の写真意欲を蘇らせてくれたものだよ」

「君のそれ、趣味じゃなかったんだ」

「私からすれば残りの生涯を賭けても良いくらいの趣味だよ? 仕事を失った老人の数少ない趣味だ。現実で実行不可能だからこうしてこちらで、ね?」


 テーブルの上には、いくつか写した写真を並べる。
 本当に風景写真しかないのだなと感心した様に探偵さんは頷いた。


「ところでなんて名前の村?」

「ダン・ウィッチって名前でね」

「そう来たか……丘の上の牧場主のお宅で双子が生まれてたりなんかは?」

「よく知ってるね。私がお世話になったお宅、と言っても借りたのは馬小屋でね? そこのお宅が丁度双子の男児を産んだと報告があったんだ」

「はいアウトー。それあれでしょ、ヨグ=ソトースの落し子でしょ?」

「え、普通の可愛い子供だよ?」

「いやいやいや、そんなわけないじゃない。そこまでの偶然が一致して、子供だけが違うだなんてあるわけが……いや、ここはドリームランドか。ある事もない事も実際は不明か?」

「どうしたの? さっきから怖い顔して」

「ちなみにその双子の名前は?」

「ウィルバー君とルイス君だよ。男の子の赤ん坊は抱いたことがなかったけど、可愛いね。今更ながら男の子も作っておけばよかったと後悔してるよ」

「弟に名前がある……いや、でも兄の名前が不吉なんだよなぁ。その、今更問い詰めるのもあれだけど」

「何?」

「兄の方に、羊の様な角とか生えてなかった?」

「え? 生えてないよ。写真見る?」


 すでに写真にとってある。
 そこにはそっくりの双子の赤ん坊がすやすやと眠りにつく、そんな画像だ。
 無論、その様に作った写真ではあるが。
 探偵さんの瞳が揺れる。
 私を悪と認めているのに、本当は違うのか? と迷っているのだ。

 しかしスプンタ君だけが、私の存在を認められないと確信を抱いて睨め付けている。
 どうやら彼女は嘘を見抜く術を持つらしい。

 写真の嘘を暴こうと、私が村のみんなと仲良くなった経緯に嘘偽りはない。
 彼らの不安を拭うために眷属になってもらったのは、私が施せる善意に他ならないからだ。

 さて、彼らはどう出てくるのか?
 
 それを他所に、未だスズキさんとアンラ君がどちらが多く食べられるかで競い合っている。
 彼女達は必死でも、支払いは探偵さん持ちだ。
 心の底から合掌しながら、私は探偵さんの下す判決を楽しそうに眺めていた。
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