70 / 332
世話焼き侍従と訳あり王子 第五章
1-3 生真面目侍従の煩悶
しおりを挟む
思わず、と言う風に自分の服装を見下ろすイェオリ。初対面で燕尾服だった彼は、侍従にスイッチしたからなのか、翌日からずっと三つ揃えのスーツだ。
侍従の服装規定は、「白いシャツに華美でないスリーピース」となっているだけで、意外とひとりひとり個性が出る。バッシュは太い首に似合いの大きな襟で、ぱっと見は白一色なのにジャケットを脱ぐと同色の細かいストライプになっていたりと洒落ていたし、イェオリはたいていクラシカルな丸襟で、柔らかいシーツに似た質感のシャツを着ている。
「それ、首元詰まった感じがしなくていいよ。イェオリにも似合ってる」
威圧感を感じないのもいいよな、と付け足すと、前を歩いていたイェオリがはにかんだように「ありがとうございます」と言った。
初々しい。同じように昇格したてのはずのだれかさんとは大違いだ。
ほんと、二十八には見えないわー。
「フットマンの燕尾服って貸与だろ? スーツは各自で用意しとくもんなの?」
「はい。侍従に昇格すると衣装手当がいただけますが、上級職を希望する者はフットマンのあいだに自分で何着かは」
「急に『明日から侍従やれ』って言われることもあるし?」
「非常に特殊な例ではありますが」
「でも、いきなり自分で選べって難しくない? やっぱり周りの侍従のを参考にしてんの?」
「さようですね。ただ、もっと直接的に、先輩の侍従からアドバイスをいただくことも多いです。侍従への昇格は狭き門ですから、そうして顔をつなぐのも重要なので」
もちろん、優秀でなければ登用されませんが、とイェオリが言うのを聞いて、以前バッシュも、人脈が作れるかが評価基準だと話していたことを思い出す。
「じゃあ、イェオリも優秀なんだ」
「あ、いえ! そうではなくてですね!」
慌てたように振り返り、新人侍従が両手を振る。
べつに嫌味で言ったわけではないのに、あまりにも焦るので笑ってしまった。
「そんな焦んなくていいよ。本当にそう思ってるから」
「それは、はい。非常にありがたいのですが……。わたくしは、臨時で兼任させていただいている身で、ヘインズさまがお役目を終えられましたら、フットマンに戻ることになっておりますので」
だから、まだ自覚が足りないのだと肩を落として反省する。
「申し訳ございません。ベイカーのように不足なくお仕えできればよいのですが」
「じゃあ、あと四十は歳を取らないとな」
「あの、せめてもう少し……」
早く、と言いかけて、それもベイカーに失礼だと気づいたのだろう。イェオリは言葉を探して黙り込む。
「冗談だよ」
生真面目で正直な青年だ。いろいろ苦労しそうな性格だが、イェオリを侍従に指名してくれたことには感謝したい。
くびは撤回してやるよ、人事責任者。
侍従の服装規定は、「白いシャツに華美でないスリーピース」となっているだけで、意外とひとりひとり個性が出る。バッシュは太い首に似合いの大きな襟で、ぱっと見は白一色なのにジャケットを脱ぐと同色の細かいストライプになっていたりと洒落ていたし、イェオリはたいていクラシカルな丸襟で、柔らかいシーツに似た質感のシャツを着ている。
「それ、首元詰まった感じがしなくていいよ。イェオリにも似合ってる」
威圧感を感じないのもいいよな、と付け足すと、前を歩いていたイェオリがはにかんだように「ありがとうございます」と言った。
初々しい。同じように昇格したてのはずのだれかさんとは大違いだ。
ほんと、二十八には見えないわー。
「フットマンの燕尾服って貸与だろ? スーツは各自で用意しとくもんなの?」
「はい。侍従に昇格すると衣装手当がいただけますが、上級職を希望する者はフットマンのあいだに自分で何着かは」
「急に『明日から侍従やれ』って言われることもあるし?」
「非常に特殊な例ではありますが」
「でも、いきなり自分で選べって難しくない? やっぱり周りの侍従のを参考にしてんの?」
「さようですね。ただ、もっと直接的に、先輩の侍従からアドバイスをいただくことも多いです。侍従への昇格は狭き門ですから、そうして顔をつなぐのも重要なので」
もちろん、優秀でなければ登用されませんが、とイェオリが言うのを聞いて、以前バッシュも、人脈が作れるかが評価基準だと話していたことを思い出す。
「じゃあ、イェオリも優秀なんだ」
「あ、いえ! そうではなくてですね!」
慌てたように振り返り、新人侍従が両手を振る。
べつに嫌味で言ったわけではないのに、あまりにも焦るので笑ってしまった。
「そんな焦んなくていいよ。本当にそう思ってるから」
「それは、はい。非常にありがたいのですが……。わたくしは、臨時で兼任させていただいている身で、ヘインズさまがお役目を終えられましたら、フットマンに戻ることになっておりますので」
だから、まだ自覚が足りないのだと肩を落として反省する。
「申し訳ございません。ベイカーのように不足なくお仕えできればよいのですが」
「じゃあ、あと四十は歳を取らないとな」
「あの、せめてもう少し……」
早く、と言いかけて、それもベイカーに失礼だと気づいたのだろう。イェオリは言葉を探して黙り込む。
「冗談だよ」
生真面目で正直な青年だ。いろいろ苦労しそうな性格だが、イェオリを侍従に指名してくれたことには感謝したい。
くびは撤回してやるよ、人事責任者。
38
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
学園奴隷《隼人》
かっさく
BL
笹田隼人(ささだ はやと)は、お金持ちが通う学園の性奴隷。黒髪に黒目の美少年が、学園の生徒や教師たち、それだけでなく隼人に目をつけた男たちがレイプしたりと、抵抗も出来ずに美少年が犯されるような内容です。
じみ〜にですが、ストーリーと季節は進んでいきます。
敗者は勝者に辱められ性処理道具と化す -体育会サッカー部vsサッカーサークルの試合結果の行方は…-
藤咲レン
BL
ひょんなことから同じ大学にあり体育会に所属するサッカー部と同好会扱いのサッカーサークルが試合をすることになり、まさかの体育会サッカー部が敗北。それにより体育会サッカー部のキャプテンを務めるリョウスケを含め部員たちは、サークルのキャプテンを務めるユウマたちから辱めを受けることになる。試合後のプレイ内容というのは・・・・。
あとがき:前半は勝者×敗者によるエロ要素満載、最後はちょっと甘々なBLとなっています。
俺と親父とお仕置きと
ぶんぶんごま
BL
親父×息子のアホエロコメディ
天然な父親と苦労性の息子(特殊な趣味あり)
悪いことをすると高校生になってまで親父に尻を叩かれお仕置きされる
そして尻を叩かれお仕置きされてる俺は情けないことにそれで感じてしまうのだ…
親父に尻を叩かれて俺がドMだって知るなんて…そんなの知りたくなかった…!!
親父のバカーーーー!!!!
他サイトにも掲載しています
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる