箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第五章

1-4 不器用な処世術

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 サイラスの書斎は、エリオットのそれより一回り大きいくらいだった。
 応接セットと机があるのは変わらないが、本棚には分厚い背表紙のなんとか全集とか、比較的最近のベストセラー小説なんかが詰まっている。多忙だろうに、すべて読んでいるのだろうか。

 ソファに座って本のタイトルを眺めていると、机で書類にサインをしていたサイラスがペンを置いて応接セットに移って来た。

「興味があるなら、好きなものを持って行って構わないよ」
「そのうちに。きょうはなんの用?」
「ご機嫌伺いだよ。招いたのはわたしだから、様子くらいは気にしてもいいだろう?」

 だったら菓子折り持ってフラットまで来い。

「そんなの、電話でいいのに」
「残念ながら、わたしはお前に繋がる番号を知らない」

 それはお互いさまだ。エリオットだって、サイラスのプライベートナンバーなんて知らない。
 仕方なしに番号を告げると、サイラスも自分の番号を書いたメモを寄こした。王太子の直通ナンバーだ。

 マスコミに売ったらいくらになるだろうな。

 目の前で端末に登録するのはなんとなく癪だから、ジャケットの内ポケットに入れる。

「なにか、困っていることはないか?」
「……衣装、間に合うならデザインを直してほしいかな。それくらい」

 エリオットが肩をすくめると、サイラスは「ああ」と頷き口元を押さえて笑った。

「ブランシェール側から抗議があったよ。事前に聞いていたモデルと違うと」
「どう言うこと?」
「すまない。制作先のコンペを行う時点では、お前が選帝侯を受けてくれるか確証がなかったんだ。ひとまずヘクター叔父のものとして発注して、変更するのをすっかり忘れていた。ヘインズ公爵に着せるならもっと若者向きなデザインにした、と怒られた」

 なんてこった。

 エリオットは天井を仰ぐ。

 どうりでヘクターが着た衣装に似ていたはずだ。ナサニエルが言った通り、前例を踏襲していたわけだ。

「だから、心配しなくてもふさわしい衣装を作ってくれるよ」
「だといいけど」

 いまごろ、あのデザイナーはお針子に尻を叩かれているんだろうな。とりあえず頑張ってほしい。その衣装を着られるかは、エリオットの努力次第だ。

 アクセサリーを選ぶことも楽しみにしているミシェルを見ると、自分の選択がいろんな人のためになるのだと思った。もちろんその分、プレッシャーも大きくなるが。

「……ラスは、ずっとミリーが好きだったんだよな? ほかの人は考えなかった?」

 足を組んで肘掛に頬杖をついたサイラスが、首をかしげて瞬きをする。

「少し変わったね、エリオット」
「は?」
「お前に個人的なことを尋ねられたのは、初めてじゃないかと思って。小さいころは、母さんのスカートの影やわたしの背中に隠れてばかりいて、自分のことで精いっぱいだっただろう?」
「そりゃ、子どもだったし」
「わたしは幼いころから、ことあるごとに父さんや侍従たちを質問攻めにして困らせたらしい。『これはなに?』『どうしてこうなるの?』ってね。お前は、そう言うことがなかったそうだから、周りはほっとしただろが」
「昔から、考えの足りない子どもだったんだよ」
「そうじゃない。お前は世の中をあるがままに受け止めて、そのまま消化しているだけだ。よくも悪くも」

 なんだその壮大な丸飲みモンスター。

 エリオットが不審そうな顔をしたからか、サイラスは「たとえば」と続ける。

「今回、アレクを派遣しただろう。わたしの意図が分からず戸惑ったはずだ。けれど、お前はわたしに真意を問うこともなく、アレクを好きにさせた。周囲で起こることに鈍感ではないはずなのに、抗おうとはしない」

 流されやすい性格だ、と言われているのだろうか。
 だって、いくら疑問や不満があっても、口に出さなければ注目されない。間違ったことを言って、だめな奴だと笑われることもない。黙って小さくなっていれば、嵐は過ぎていくのだ。

「そして、結局はわたしの要請を受け入れて戻って来た。お前には悪いけれど、相変わらずだなと思っていたんだ。でも、もしかしたらそうじゃないのかな」
「かもね」

 エリオットは小さく首を振った。
 変わったように見えるとして、その理由がバッシュだと言ったらサイラスはどう思うのか。

 残念ながら、それを確かめるには時間が足りなかった。
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