豪華客船から脱出せよ!

しまおか

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事件の真相~①

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 船内に踏み込んだ特殊部隊により安全が確認された為、ようやく船は横浜港へ向かい動き出した。その頃千葉県警と連携を組んだ吉良達は、船内の犯人達と連絡を取っていた仲間を一網打尽にした。
 千葉県警に協力を依頼し、周辺を飛び交う電波を逆探知したことで、彼らの居場所は比較的早く突き止められたらしい。しかし船の乗員乗客全員の安全が確保されない内には、動く事も出来なかったようだ。
 その為じっと網を張って待機していた場所に、吉良達は合流できた。松ヶ根が何とか本部を説得してくれたおかげで、房総半島の先端にいた犯人達を検挙する応援部隊の一員にねじ込んで貰えたのだ。
 しばらく待機した後、本部からのゴーサインが出た為動き出し、彼らを捕らえ千葉県警本部へ連行してから、二人は横浜港へと向かった。下船した三郷達と無事再会した頃には、夜はすっかり明けていた。
 これまでの経緯もあり、彼女の事情聴取を任された吉良達は、神奈川県警の会議室の一室を借り、腰を落ち着けた。
 まずは松ヶ根が立ち上がって頭を下げながら、話を切り出した。
「改めて警察を代表し、お礼を言います。あなたが通報してくれたおかげで、被害を最小限に食い止められました。有難うございます」
 吉良も同様に頭を下げていると、彼女も立ち上がってお辞儀した。
「いいえこちらこそ。松ヶ根さんが直ぐに動いてくれたから、この程度の騒ぎで済みました。もしあなたで無かったら、被害者はもっと増えていたでしょう。もしかすると私や甥の命も無かったかもしれません」
「何を言うんですか。全ての発端は、あなたがS県で起こった連続殺人の謎のヒントをくれたからです。そうでなければ安西に辿り着くこともなく、横浜港であなたが乗っていた船を待つことも無かったでしょう」
 お互いが褒め合い、謙遜しあって埒が明かないと思った吉良が口を挟んだ。
「まあまあ、久しぶりの再会じゃないですか。座ってゆっくり話しましょうよ」
 二人は苦笑いし、それもそうだと言い合い、席に座り直した。再び松ヶ根が口を開く。
「大変な目に遭って疲れている所、申し訳ありません。船の中でも散々話を聞かれたでしょうけど、もうしばらく我々に付き合って頂けますか」
 彼女は笑って答えた。
「事情聴取ですよね。かつて散々経験しましたから、警察のやり方にはもう慣れています。それに船が港に着くまでの間、食事も頂きましたし少し横になる時間もあったので、大丈夫です。ちなみに例の件で松ヶ根さんと連絡を取った事は、話していませんよ」
「お気遣い頂き有難うございます。しかしさすがは三郷さんだ。一緒にいらっしゃった甥っ子さんの方がずっと若いのに、ぐったりしていたようですね」
 これには彼女も恐縮していた。
「彼は言われるがまま、動いていただけですからね。後で本当に命を狙われていたと聞き、震えていました。それはそうでしょう。そんな目に遭う機会はまずないですから」
「それは三郷さんも同じでしょう。今回はさすがに、肝を冷やしたのではないですか」
「確かに自室へ戻ってからの逃亡は、今思い出すとぞっとします。ただあの時は必死でしたから。それより危なかったのは、梅野さんですよ。もう少し救助隊の到着が遅れていれば、彼の命はなかったでしょう」
「でもそれだって、あなた達がハリスの目を欺き、時間稼ぎをしたおかげでしょう。聞きましたよ。真っ暗闇の中、ベランダをよじ登って六階から九階まで移動し、空室になっている部屋から、梅野さんの所持する船内電話にかけたと聞きました」
「そう。相手は私達の顔を、防犯カメラでしか見ていない。でも名簿で一人は五十過ぎのおばさんと知っているはず。そう思ったから、そこまではしないだろうと予測したのが、当たったようね。八階までは上がったけれど、その後は五階に降りて探していたと、他の刑事さんから教えられたわ。本当に間一髪だった」
 船内で逮捕したハリスに対し、港に着くまで厳しい尋問がされたと聞く。だが彼はそれほど抵抗することなく、質問に答えていたらしい。そうした情報を、同じく彼女も受けた事情聴取の中で、耳にしたのだろう。
「何とか逃げ延びたあなた達は、操舵室にいる梅野さんから身代金の受け渡し計画が失敗したと聞き、彼らが慌てふためく状況を教えられたのですね」
 ビジネスセンターの様子を部下に探らせていた梅野は、セキュリティ部隊の五人全員が待機室に戻ったとの報告を受け、状況を把握したらしい。
「はい。そこで彼にインマルサットを作動させ、外部と連絡できるように指示しました。その時操舵室には、犯人の仲間がいないと判っていましたからね」
「そこです。何故三郷さんは船に潜んでいる仲間が誰なのか、特定できたのですか」
「梅野さんから、この船の雇用や持ち込む物については相当厳しいチエックがされていると伺いました。そこで彼らの計画がどういうものなのかを知るにつれ、船内に潜んでいるのは必要最小限の人間しかいないと確信したからです。そうなるとそれまでの動きを分析すると、まずセキュリティ部門の中でもリーダーを含めた十三階で待機している五名が、最も怪しいと気付きました。彼らは鍛えられた体と何らかの武器を持っている。ならば他は医務室にいる人物だけで、十分実行可能だと気付きました」
「なるほど。実際捕らえたハリスの供述では、あなたの言う通りでした。しかし彼の指示と、彼自身の手で全員殺されてしまいましたが」
「そのようですね。恐らくそれは、最悪のシナリオを想定していたものだったのでしょう。ただセキュリティ部門の四人は、元々殺される予定だったと聞きました」
「その通りです。それも三郷さんは予想していたのですか」
「もしかすると、とは思っていました。計画が成功したとしても、まず乗組員は全員疑われます。船が港に着いて乗客の安全が確認できれば、警察に通報できますからね。そうなると、彼らはずっと追われるはずでしょう。だから船内への潜入は必要最小限に抑え、一人が他のメンバーの口を封じるつもりなのでは、と考えました。安西という人物が既に殺されていましたので、その可能性はかなり高いと感じました」
「医務室の人達の事は?」
「計画が成功した場合、彼らならウイルスに感染している城之内さんを病院まで運ぶ名目で船内から脱出し、逃げる方法があると思っていました。受け入れ先の病院に引き継いだ後なら可能です。でもどうやらハリスという人物の話だと、成功しても殺す予定だったと聞きました。彼らの待機室へ呼び出し、全員の口を封じてから海に飛び込み、逃げる計画だったようですね」
「はい。でもそれだけで、医務室の医師と看護師が奴らの仲間だと、どうやって知ったのですか」
「知っていた訳ではありません。あくまで予想しただけです。何故なら城之内さんが新型ウィルスに感染した話自体が、途中から嘘だと思うようになりました。それなら最初に八神さんが医務室へ問い合わせした際、感染の可能性が高いと判断した看護師と、その後診断した医師の協力が絶対に必要です。そこから梅野さんに確認した所、問い合わせを受けた看護師が日本人看護師と交代してヘリを待っていた事等を聞いて、絞り込んでいきました。それに城之内さんは体調が悪いと八神さんに告げる前、下船準備をしながら内線電話をどこかへ何度かかけていた、とも教えられました。恐らく医務室にかければ犯人の仲間の看護師が出るよう、合図を送っていたのだと思ったのです」
 船内で彼女達を事情聴取した特殊班から、この事を告げられた時には耳を疑った。しかし改めて城之内にPCR検査を受けさせた所、陰性と判明したのだ。よって彼女の推理が事実だったと証明された。
 しかも医務室のリーダーであるトーマスを事情聴取したところ、確かに城之内の部屋から連絡がある前、直ぐに切れた電話があったとの証言が取れていた。それがミネルヴァへの合図だったのだろう。
 ドローンでヘリの尾翼を爆破するよう誘導したのも、おそらく殺された医師の岸本とミネルヴァによるものだと思われる。
「犯人の仲間を、ほぼ特定できた理由は分かりました。それでは外部と連絡が着くようになってからの経緯を、改めてご説明いただけますか」
 彼女が梅野に警察へ連絡するよう伝えた件は聞いている。それを受け準備していた特殊班と連携し、彼の誘導で船内に無事潜入出来たのだ。彼はその為に操舵室を出て、三階へと向かったらしい。
そのタイミングが少しでも遅かったなら、彼は犯人達に殺されていただろう。ハリスや操舵室にいた乗組員達も、そう証言している。
 特殊班を招き入れ船内に潜入させる方法は、松ヶ根に救助を求めた後に梅野の控室で打ち合わせを済ませていたという。その手際の良さを知った時、吉良は舌を巻いた。
 彼女達は操舵室にいる梅野に連絡を取った後は、ずっと部屋に籠っていたようだ。ハリスを確保した後、特殊部隊が十三階のセキュリティ部門の待機室で死んでいる四人と、医務室で殺された医師と看護師を見て、船内に危険が無い事を確認した。
 それを受けて梅野が三郷と連絡を取り、出て来ても良いと告げようやく彼らは合流できたと言う。その後は残された乗務員達から、事情聴取を行った。もちろんその連絡を受けた吉良達は、房総半島に潜む犯人の仲間達の確保に動き、全員逮捕出来たのだ。
「でも梅野さんが助かったのは、やはりあなたが素早く動いてくれたおかげです」
 改めて三郷から礼を言われた松ヶ根は、照れながら言った。
「いいえ。三郷さんの名推理があったからこそ、犯人達を除く犠牲者を出さずに済み、事件は早期解決できたのです」
 すると彼女は反論した。
「まだ事件は解決していませんよ。まず今回の首謀者の一人が、城之内さんだと証明しなければなりません。それに運営会社側にも、内通者がいると思われます。彼らの罪を暴かなければ、安西が殺された今、連続殺人事件の真相が闇に葬られてしまいます」
「もちろんその線で、既に動いています。城之内の取り調べも現在行われていますが、観念したのでしょう。少しずつ口を割り始めています。しかしあなたはどのタイミングで彼が今回の事件に、深く関わっていると知ったのですか」
 この質問に、彼女は眉を顰めながら答えた。
「おかしいと気付いたのは、彼が私に担当になるよう依頼してきてからです」
「そんなに早くから、ですか?」
「私が半年ほど前、新型ウィルスに感染した事はご存じですよね」
「はい。だからあの連続殺人の謎に気付いた」
「あの人は元経産省にいた人物です。二年前に感染症が拡大し始めた頃から、政府と裏で繋がっているとの噂は、当初からありました。しかし彼が所持していたペーパーカンパニーを通じ、多額の利益を得ていたのではないかとの疑惑は、当時の政権が裏で動いていた為に、うやむやのままです。私は新型ウィルス感染者の一人として、それを腹立たしく思っていました。なので彼の担当になった際、資産状況を徹底的に洗ったのです」
「あなたの仕事は、顧客の資産を移動し投資運用する相当な権限を持つ為可能だった」
「そうです。だからこそ、過去の不審な入出金を把握出来ました。そこで彼は黒だと確信したのです。と同時に、今回招待されたクルーズ船の運用会社とも、裏で繋がっている疑いが出てきました」
「だから船での旅行中に、何らかの不正な取引が行われると予想していたのですね」
「はい。しかし最終日まで全く何の動きも無かった。だからマニラを出港し横浜に戻っている時には、考え過ぎだったのかと思っていました。そこに来て、いきなり彼が新型ウィルスに感染したと聞き、何かが動き出したと疑ったのです」
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