豪華客船から脱出せよ!

しまおか

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犯人達と外部の動きー①ー2

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 ハリスは待機室に備えられている、防犯カメラの録画をチエックした。まずは梅野の行き先を探さなければならない。すると彼はハリス達がビジネスセンターの予備室から出て待機室に戻りしばらく経った後、操舵室から移動していると分かった。
 彼の行動を追うと、意外な事にエレベーターを使って三階で降りていた。一階から三階は船の水面下に当たる場所で、完全に乗組員しか立ち入れない区域だ。
 主に貨物庫や機関室、エンジン冷却室に電気室やリネン室、食料や飲料水を貯蔵する船倉、また燃料の保管庫等がある。
 三階は乗組員達の寝室や食堂がある所だ。そんな場所に何の用があるというのか。疑問を解説する為に、現在捉えている三階の防犯カメラに視線を移す。
 今は乗組員もPCR検査が終わっている。よって部屋に籠っている乗客からの要望を受ける為の客室係や、食事の提供をする調理部門といった一部を除き、皆自室で待機しているはずだ。
 その為廊下を歩いている者は、ほとんど見かけない。時々勤務の交代で出入りしているらしき人影が映る程度だった。そんな中、いくつかの画面を目で追っていると、ある画面に梅野らしき人物を見かけた。
 この場所は一体どこかと、カメラの位置を確認して驚く。あの部屋は船長や副船長の梅野、機関長やセキュリティ部門リーダーのハリス等ごく限られた者しか、開けられない特別な場所だ。
 何故ならあの場所は、船舶のバランスを取る為に海水を汲み取ったり、排出したりする、バラスト水と呼ばれるものを操作する部屋だからだ。
 ポンプでバラストタンクに海水を注入すれば、重量を増して重心が下がり左右への傾きに対する安定性が増す。もちろん重量と浮力のバランスを取る為に、排水も可能だ。よって機関長など三階以下を取り仕切る責任者以外、使うことはまずない。
 彼はそこから海に脱出するつもりなのか。いやそれなら、水面に近い四階のデッキへ出て飛び込んだ方が早い。だったら奴は何を企んでいるのか。何故かバランス水を吸入しようとしている。
 ハリス達は、命令に従わないと爆弾を使って船を沈める、またはウイルスをばらまくと脅していた。彼は沈没するなら、船底に爆弾が仕掛けられているはずだと予測し、今から準備をしているのか、とも考えた。
 だが今このタイミングで、そうした行動を取る意味が判らない。まず彼がこちらの計画が失敗し逃走を企んでいる事を知っていなければ、全く無意味な行動だ。本社と交渉している仲間が、どういう話をしているか、ハリスも詳細は聞いていない。
 しかし船長を殺した今となっては、余計な行動を起こした者がいるから爆破すると脅すような真似は必要なくなった。船内をパニックに陥れても、こちらには何の得も無い。実際撤退命令が下っている。余計な行動は取らないはずだ。
 考えても無駄だと諦めたハリスは、彼を始末する為に部屋を出ようとしたが、そこで踏み止まる。目的が何であれ、本来複数人で行う大変な作業を、彼は一人で必死に取り掛かっていた。それならしばらく時間がかかるだろう。
 ここで考え直す。三階に向かう途中、六階の二人を先に消してからでも遅くはない。そこで現在六階を映し出している防犯カメラに視線を移し、不審な動きをする者がいないか確認し、過去の映像を巻き戻して見た。
 どうやら梅野の控室を出た後は、そのまま二人はどこへも寄らずそれぞれの部屋に入ったようだ。少し遠めだが、ベランダ側から撮影しているカメラには、その後部屋の電気を消した場面が写っていた。
 といって就寝していることは無いだろう。外部からの救援を、部屋の中で震えながら待っているに違いない。それなら彼らの息を止めることは簡単だ。ハリスは万が一の事態に備え、全客室への入室が可能なカードキーを所持している。
 船内で殺人犯が逃げ回って隠れた場合でも、追い詰める為だ。例え中からドアストッパーがかけられていても、破壊して侵入するのは簡単だ。
 よって一人一分もかからず、片付けられる。それから三階へ移動して梅野を殺し、折角なら彼が通した穴を使って海中へ出れば良い。そこからこの船が停船してから船底にあらかじめ沈めて置いた、酸素ボンベと水中ジェットスキーを使って逃げればいい。
 水中ジェットスキーは、海中を潜りながら時速四十キロで移動できる、軍用の特殊なものだ。これを使えば、そう簡単に捕まることは無いだろう。何とかこの界隈から逃げ切れば、後は偽造パスポートを使って海外に出れば捕まる心配もない。
 四人の死体を放置し、最小限の装備を持って待機室を出たハリスは、エレベーターに向かった。箱の中に入り六階のボタンを押す。ゆっくりと下降し、目的の階へ着いた。 
 廊下には、隔離装置が何台も設置されている。それを一つ一つ潜り抜け、ようやく三郷直輝の部屋の前に着いた。
 もう一人は五十過ぎのおばさんだ。若い男を先に仕留めた方がいいだろう。そう考えながら、暗視スコープを嵌めドアの前に別途設置されている隔離装置の中に入り、ボーガンを構えた。カードキーを当て、ドアロックを解除する。
 静かに開けようとしたところ、ストッパーがかかっている事に気付く。だがそれも想定内だ。所持していたバックから特殊工具を取り出し、ストッパーに引っ掛けて力一杯捻る。すると大きな音はしたものの、簡単に外れた。
 相手がもし寝ていたとしても、恐らく今の音で目を覚ましたはずだ。それでも構わなかった。部屋の中へと飛び込み、ボーガンの引き金を引こうとした。が、その寸前で止めた。何故ならベッドにいるはずの彼は、どこにもいなかったからだ。
 素早く打てる状態で辺りを見渡す。部屋の中は真っ暗闇だが、スコープがある為人がいれば簡単に見つかるはずだった。だがどこにもいない。トイレのドアやクローゼットも開けたが、姿は発見できなかった。
 今度は窓際に向かう。すると鍵が開いていた。しかしベランダにはない。防犯カメラでは、間違いなくこの階で降りて廊下を進んだ所までは確認している。現にストッパーをかけていた事から、部屋に入ったのは間違いない。また扉からも出ていないはずだ。
 しかし窓が開いている所を見ると、外から逃げたのかもしれない。海側に設置された防犯カメラは廊下側よりも少なく、遠目から見渡していた分、見逃した可能性がある。
 部屋の灯りが点いていれば、もう少しはっきり姿を捉えていただろう。だがこの部屋の周辺は全て消えていた。つまり真っ暗闇の中で移動したのなら、逃げる事も出来たに違いない。そこまで考え、嫌な予感が走る。
 つまり自分達が狙われると予想していた彼らは、あえて部屋に戻って灯りを消し、外側から逃げたのだろう。ならば隣の部屋の女性も、一緒にいなくなっているはずだ。そこでベランダを区切っている衝立ついたてを乗り越え、隣の部屋を覗いた。
 同じく中は真っ暗だが、誰もいない。窓の鍵も開いていた為中へ入り、一応トイレなど隠れられる場所は全て探した。だがやはりどこにも姿は見えなかった。ドアストッパーも中から掛けられている。しかも防護服が二着、脱ぎ捨てられたまま放置されていた。
 チッと思わず舌打ちをしたハリスは、思考を巡らす。素人だと舐めていたが、梅野の協力を得て外部に救助を求めただけあり、行動力もあって頭も切れるらしい。とはいっても所詮若い男と中年女性だ。傭兵経験のあるハリスから、逃げられるはずがない。
 もう一度テラスに出て、ざっと辺りを見渡す。ここから動くとすれば、防犯カメラを意識して同じく明かりが消えている場所を選ぶだろう。といって上の部屋なら、一つは空室だろうが、その隣は別の客が入っている。
 例え空室になっている部屋へ逃げ込もうとしても、ガラス窓を壊して鍵を開けなければならないはずだ。プロなら音を立てずにできることでも、素人ならそう簡単にはできない。となればテラスで息を潜めているしか方法はないだろう。
 そこでベランダの手すりを足で蹴り、一気に上の階の格子に手をかける。勢いと腕の力だけで這い上がり、ベランダの床に飛び降りた。しかしそこにも姿は見えない。念の為に両隣の部屋を覗き見たが、両方共灯りは消えていた。
 しかし客はいるらしく、鍵も中からかかっているようだ。つまりそこへ逃げ込んだ可能性は薄い。他人の部屋に助けを求めたとしても、この緊急事態で夜遅くに招き入れる客など、そうはいないはずだ。
 更にもう一つ隣の部屋は空室になっているようで、同じく灯りは点いていなかった。そこまで逃げ込んだのか。いやハリスなら簡単に超えられるが、あの二人が上の階に登るだけでも、一苦労なはずだ。
 その上何度も衝立を越え、部屋を移動するとは考え難い。何せ一人は五十過ぎの女性だ。それでも念の為、もう一つ上の階へと昇った。そこは人がいる部屋で、同じく中から鍵がかかっている。両隣は空室だが、同じく部屋の中へ逃げ込んだ形跡はない。
 そうなると、上ではなければ下に降りる可能性の方が高いと考えた。五階はコンサートシアターやビジネスセンターの他に、マネージャー室や二十四時間スタッフが待機しているレセプションデスク、バーやラウンジ、カフェや室内プールがあるスペースだ。
 今ならマネージャー室とレセプションデスクを除き、公共の場は全て閉鎖されている。よってそこには人もいないし灯りも消えている為、身を隠すにはもってこいの場所かもしれない。
 またデッキに出れば、予備船底が備え付けられている。船に万が一の事があった際の脱出用として使用されるのだが、その中に身を潜める事も可能だ。
 そこでハリスは手すりを越え、一気に八階から五階まで飛び降りた。周囲を見渡しながら頭の中で船内図を開き、ここはどこなのかを思い出す。記憶が正しければ、室内プールの横に設置されたカフェのオープンデッキのはずだ。
 辺りは真っ暗でも、赤外線スコープだとはっきり見える。かなり広いスペースだが、その分身を隠せる場所はほとんどない。ならば中のカフェに逃げ込んだのかと疑ったが、全ての窓には鍵がかかっており、ガラスも割られていない。
 通常なら二十四時間開いているが、乗客を避難させた後は全て閉めるよう指示があった。よってこの状況だと、中に入る事は出来ないだろう。
 再び舌打ちをする。時間だけが過ぎて行く。予定なら今頃は三階にいる梅野を始末し、海中へ飛び込んでいるはずだった。だが最も楽だと思っていた二人の始末が、まだ終わっていない。
 乗客を殺す計画は、余程の緊急事態が無い限り当初は無かった。しかし立案者にとって、邪魔をされたことが余程腹立たしく思ったのだろう。ハリスを除く仲間の口を封じ、一人だけ逃げるパターンGにさらなるミッションを加えた指示が出たのだ。
 けれどよくよく考えると、今回の命令に従わなければならない絶対的理由が無い事に、思いが至る。彼らを殺して逃げたからといって、成功報酬が支払われるとは考えにくい。
 計画は失敗したのだ。恐らく前金だけ受け取ったまま、依頼主達と今後接触する機会など無いだろう。よって命令に背いたからといって、何ら問題はない。
 あの二人が本当に身代金の支払いを出来なくさせたのなら、ハリスにとっても追加で支払われる成功報酬を受け取る機会を奪った、忌まわしい相手だ。しかしその証拠となるものを、告げられた訳でもない。
 確かに怪しい動きをしていたのは、梅野達だけだ。それでもたった三人で、長期間かけ綿密に立てられた計画をどうやって阻止できたのか、未だに信じられなかった。
 また船長や医務室の人間が殺された今、船内でこれ以上動きまわるのは危険だ。インマルサットを動かし、外部との連絡を取り出した可能性も高い。既に五階にいるセキュリティ部門へ要請が入り、動きだす恐れもある。彼らはハリス達の仲間ではない。
 よって二人を追う事は諦め、三階へ向かうことにした。このまま海に飛び込んでも良かったが、居場所が判っている彼を殺してから逃げても遅くはない。それが多額の前金を支払ってくれた依頼主への、せめてもの埋め合わせになると考えたからだ。
 そこでもう一度六階に上って部屋に入り、廊下に出てエレベーターへと向かい、三階で降りた。やはりここでも隔離装置が、いくつも設置されている。再度船内図を頭に浮かべ、装置を潜り抜けながら梅野がいる特別室へと走る。
 扉の前に立ってボーガンとナイフを構えた。カードキーでロックを解除し、静かにドアを開けて中に飛び込む。そこには梅野の姿があった。
 だが驚くべきことに、いたのは彼だけでは無かった。特殊な装備を身に着け、銃を構えた十数人の男達がこちらを向いていたのである。
 咄嗟に持っていたボーガンを手放し、両手を上げる。そうしなければ即座に打ち殺される気配を感じ取ったからだ。さすがに相手の人数が多すぎた。ハリスがどれだけ場数を踏んできたからといって、敵う状態で無いことは一瞬で理解した為だ。
 幸い相手は発砲しなかった。あっという間に取り囲まれて床に押さえつけられ、後ろに回された手首に手錠を嵌められた時点で、彼らが警察だと気が付いた。
 どうやってこんな短時間の間に、これだけの人数の救援を呼べたのか。しかも誰にも察知されず、どうやってこの部屋に潜入できたのかと疑問を持つ。だが梅野が取っていた行動を思い出し、またずぶ濡れになっている男達と濡れた床を見て悟った。
 どうやらバランス水を取り込む口から彼らをバランスタンクに吸い込み、そこから彼らを外に出したのだろう。この部屋はタンクが破損していないか点検する為の、侵入口がある事を思い出した。
 彼らはハリスを確保した後、何やら無線を通じて話し込んでいる。その中に聞き覚えのある女の声がした。あいつだ。六階にいたはずの、三郷という女に違いない。まんまと逃げ伸び、今はどこかに避難しているのだろう。
 どういった手を使ったのかは分からないが、結局ハリスもあの二人にしてやられたようだ。警察を呼び、シージャック計画を阻んだのも彼女達だと言うのは間違いないとようやく悟った。ここで素人だと侮っていた自分が負けたのだと、己の不甲斐なさを嘆いた。
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