召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十四章 異質なるモノ、人心を惑わす

しょくれぽ

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「え?」

 オレの隣にいたノアが小さく驚きの声をあげた。
 後にいた、ミズキがサッとノアを抱きかかえたのだ。
 そのままノアをお姫様だっこしたまま、壇上へと上げ、立たせたあと。唖然とするノアの、スカートの裾を正し、一歩後へと引いた。
 準備が完了したことを、同じく壇上に上がっていたラッレノーの父親が見届け、頷いた後、手をパチンと叩く。
 壇上にサエンティとパエンティが跳ねるようにのぼり、ノアの両手をとってバンザイする形で両手を上げた。

『パァン』

 クラッカーのような破裂音が鳴る。

「本日は、こちらにいるノアサリーナ様の生まれた日である。我が家族の恩人であり、遊牧民の大切な客人だ。かような方にかかる誕生の日を祝える幸運に立ち会えたことを誇らしく思う。今日は我が家のおごりだ! 存分に食べ! 存分に飲み! 騒ぎ! 祝おうではないか!」

 ラッレノーの父親が、辺り一面に響き渡る大声をあげる。
 ノアは前をじっと見ていて、サエンティとパエンティはうるさいとばかりに両耳を塞いでいた。
 それから何か祈りの言葉を遊牧民はあげる。
 やがて、その声は歌声になった。
 まるで、バースデーソングのように。
 歌が終わると、全員が示し合わせように「乾杯」と大きな声を上げ、手に持っていたジョッキを上に掲げ、一回転する。
 そうして始まった誕生日会。
 最初にオレ達を代表してカガミがトコトコとノアへと近づく。
 それからノアの目の前で、仰々しく跪き、ふわりと小さなマントを被せた。
 そして小声で何かをノアに伝える。
 ノアは頷いた後、マントをつまみ魔法を詠唱した。
 小さく紫色の光に包まれた後、ノアの着ている服が、水色のドレスにへと変化した。
 魔法で作られた服だ。

「綺麗! ノア、まるでお姫様みたい!」
「ヒラヒラした素敵なお洋服!」

 サインティとパエンティが大きな声で絶賛する。
 確かに、手の込んだドレスだ。
 背中には大きなリボン。
 プロトタイプの時よりもよっぽど立派だ。
 軽く俯いたノアは、自分の姿を確認すると、くるりと1回転して、少しだけステップを踏む。

「あれは我らの踊りではないか」

 すぐ近くにいた老人が驚いた声をあげた。

「ええ、なんでもピエルティの娘が、あの子に踊りを教えたそうですよ」
「それはそれは、なんとも嬉しいことではないか。だが、ちょっと違うな」
「確かに」

 別の人間がタタッと壇上に駆け上がり、小さく踊る。

「おいおい、子供に対抗するなよ!」

 親しみのこもったヤジが飛ぶ。
 それをきっかけに、次々と遊牧民が壇上に上がり、ノアを取り囲んで踊り出した。
 一緒になった踊りは、盛り上がり、どんどんと賑やかになる。

「オイラたちのプレゼントが渡せないです」

 のんびりと眺めていると、ピッキーがトコトコと近づいてきてそう言った。
 残念な様子に笑みがこぼれる。

「オレもだ。近づくチャンスがなくなったよ。でも、まぁいいじゃないか。楽しそうだし。プレゼントなら後で渡せるだろ?」
「はい」

 オレの言葉を聞いて、ピッキーは笑顔で頷く。

『ジュゥ』

 そんな中、背後で肉の焼ける音が響いた。
 思わず振り向くと、鉄板前で調理しているラッレノーと目が合う。
 ラッレノーは軽く頷くと、幅広の包丁で鉄板の上で焼いた肉をカンカンと音をたててスライスした。
 まだまだ分厚い肉の塊を包丁で上手く操り、両面を焼くと、側に置いてあった皿に装い、オレに渡した。
 真っ白い皿に、ステーキサイズの肉。加えて、控えめに添えてある色とりどりの野菜。
 白い皿に巨大な焦げ茶色した肉が映える。
 よく見ると、肉は一口大に切ってあった。
 いつの間に、切ったのだろう?

「どうぞ。巨獣の肉。遠火で焼き、近火で仕上げる。最高の調理方法で仕上げたものです」

 まじまじと肉をみるオレに、料理の解説をする。
 受け取り口に運ぶ。皿に一緒に置かれた串をつかって食べるようだ。
 ちょうどよく火が通っていて、香ばしい肉だ。
 すごい、こんなに分厚いのに、筋っぽくない。
 味は、鳥肉……うん、牛肉より鳥肉に近いな。
 見た目は牛肉。食感も牛肉っぽい。
 生まれてこのかた、そんなに高級な肉を食ったことはない。だが食べて一瞬でわかった。これは今まで食ったことのある中でも最高級の肉だと。
 肉汁が口の中にひろがる。香ばしさもあって、美味しい。程よい弾力。歯ごたえもいい。
 硬すぎず、柔らかすぎず。十分な下味も付いている。
 十分といっても、軽い塩味だ。
 あっという間に一皿食べ終わる。

「そんなに気に入って頂けて、何よりです」

 ラッレノーは今まで見た中で一番の笑顔で喜び、さらにおかわりの肉をのせてくれた。

「うわっ」

 オレの様子を見たミズキが驚いた声を上げる。

「リーダが肉を食べながら泣いてる」

 ミズキの横にいた、カガミはオレを見て驚きの声をあげた後、プレインを手招きした。

「泣いてる」
「うわっ。マジか」

 プレインが笑い。サムソンが驚いた声を上げる。

「そんなに美味いんスか?」

 プレインの質問に、コクコクと食べながら無言で頷く。

「うわー。焼き肉食べて涙流す人なんて初めて見た」

 ミズキは呆れ顔だ。
 だが、誰になんと言われようとも、これは美味しい。
 恐竜……ステゴサウルスの肉。大平原のお肉。凄い。
 ハロルドはダッシュでノアの元へと行き、呪いを解いてもらった直後、ダッシュで戻り肉にありついた。ノアなんてそっちのけだ。
 一応、踊る遊牧民に交じって、呪いを解いてもらっていた。器用に踊りに偽装して、飛び出してきたから目立ってはないが、大丈夫かな。
 そんな心配をよそに、ハロルドは目をつぶり、無言でゆっくりと肉と付け合わせを食べた後、カッと目を見開いた。

「これは。なんと。最高の肉だと聞いていたでござるが、これほどまでとは……。味は塩のみ……海水から作る塩でござるな。岩塩よりも甘く潮風のような賑やかな塩味。それが肉に合うでござる。加えて、ふむ、これは……乾燥させたホシアニウ。普通であれば、料理の味付けに使う香木を、炭に混ぜることで匂いつけに使っているでござる。なるほど。肉の臭みを感じさせぬための細やかな工夫。加えて付け合わせ、リテレテの皮を使うことで食感を増す工夫。巨獣の骨を削り出して作った白い皿に、色合いまで考え抜かれた料理。これぞ南方諸国に響き渡る料理。大平原の息吹を感じ、まるで一面に広がる草原を彷彿とさせる味。感服でござる」

 ハロルドも絶賛、饒舌にいろいろと訳の分からないことを言っている。
 皆、大絶賛。
 一心不乱で食べ続ける。

「失敗した……」

 しばらくして、ミスに気がつく。食べ過ぎたのだ。
 巨獣の肉料理。見渡せば数多くある料理。だが、オレは2品目で腹いっぱい食べて動けなくなってしまったのだ。つまり、まだ2種類しか食べていない。あの巨大な串焼きも。肉で野菜を巻いて食べるアレも。まるで肉を麺のようにした料理も。
 お腹いっぱいのオレは食べられない。

「ちょ……横になる」

 よろよろと海亀へと向かう。

「計画性のないバカがいる」

 ミズキが大笑いしていた。

「リーダ。お前」

 サムソンも呆れ顔だ。

「もう去年は蟹、今年はお肉。ノアちゃんの誕生日だっていうのに……」

 何を言われても反論はできない。
 とりあえずは横になってお腹を落ち着かせて、追加を食べなくては。
 どっかの貴族は、お腹いっぱいになるまで食べて、それを吐き出して、さらに食べると聞いたことがあるが、それはできない。
 そんな料理に対して冒涜的な事はできない。
 エリクサーですら満腹は治癒できない。これはオレが戦い勝つしかないのだ。
 こんな美味しい肉料理を前にして、途中でギブアップなんて事はできない。
 決して譲れない戦いなのだ。

「リーダ、大丈夫?」

 海亀の背にある小屋で、横になっているとノアがお見舞いに来てくれた。
 見舞いと言っても食い過ぎで横になってるだけなので、何とも言えない。

「大丈夫。お肉が美味しくて、ちょっと食べ過ぎちゃったよ」
「うん。美味しいね」
「凄く美味しいね」
「色んなところに行って、色んなものを見て、美味しいものをいーっぱい食べて」
「そうだね」
「それに、見て見て。これ」

 ノアはオレの前でくるりと一回転する。

「よく似合ってるよ」
「あとね、これ」

 ノアが人形を見せてくれる。
 男の子の人形だ。
 驚くのは、その装飾品。

「靴とか……服装がイアメスにそっくりだ」
「うん。この靴とね、帽子、イアメス様が作ったんだって」
「ノアの誕生日プレゼントを手伝ったと聞いてはいたが、これか」

 というか、あいつ本当に器用だよな。この靴なんて、あいつが持っていたものそっくりじゃないか。
 あれ?

「そうなの。これね、イアメス様が自分の帽子を破いて作ってくれたんだって」

 靴を撫でながら、ノアが言う。
 そう。この人形が履いている靴は革製なのだ。
 あいつ、自分の帽子を切って、ノアの誕生日を……プレゼントを作ってくれたのか。
 思った以上の協力っぷりに驚く。

「イアメスにも礼を言わなきゃな」
「うん。ありがとうって」

 なんとかして礼くらいは言っておきたい。
 オレは肉の食い過ぎで苦しいながらも、見事に作り込まれた革靴を見て、そう思った。
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