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本戦
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ヴァレリオのチームは全員ひとかたまりになって、大部屋のような広い空間の端に陣取っていた。
俺が走っていくと、ヴァレリオも気づく。緑の瞳が俺を見つけて輝いた。
「クイン……!」
「ヴァレリオッ! この、バカ……!」
会ったらヘマをしたことを盛大にバカにして、笑ってやろうと思っていたのに。なんだか泣きそうな声が出てしまった。
自分の反応に動揺してたたらを踏む。足元に隆起していた土塊に気づかず、足を滑らした。
「うわっ!」
「ぐっ……!」
勢い余ってヴァレリオの方へ倒れこむ。力強い片腕が、俺を受け止めた。
「……っ!」
胸の中に飛びこんだ瞬間、ヴァレリオのいい匂いが肺いっぱいに広がった。落ちついたウッディムスクの香りは、焦りで尖った心を一瞬で癒してくれた。
ちゃんと生きていてくれたと感動も相まって、すんすんと鼻先を擦りつけたくなる。
その衝動を堪えるのに必死で、俺はしばらくその体勢のまま動けなかった。
ヴァレリオの低い声が、すぐ真上で囁く。
「……ずいぶんと、熱烈だな?」
「っ違う、コケただけだから」
しまった、安心感で緊張が解けすぎて、立ち上がるのを忘れていた。俺は素早く身を起こし、ごまかすように咳払いをした。
「ごめん、怪我人相手に突っこんでしまって。無茶をさせたかな」
「問題ない、貴方は軽いから」
「ちょっと。悪口だよそれは」
筋肉がつきにくい体質なのは、これでも気にしているんだからさ。いちいち指摘しないでほしいな。
というか、こんなことをしている場合じゃない。俺はもしもの時のために持ち歩いていたポーションを、二本取りだした。
「テオ、もう一人怪我人がいるらしいから、これで治療してあげて」
「わかりました!」
「ヴァレリオ、君も負傷したところを見せてくれ」
腕をまくると、赤く腫れて奇妙に膨らんだ腕が表れた。ううっ、痛そう……これは、完璧に折れてるねえ……
「全部治せるかわからないけど、かけるよ」
ポーションを炎症部分にかけると、肌に染みこんだ成分がじんわりと内部の傷を癒やしていく。
膨れた場所は元通りの形に萎んだが、完璧には治らなかったようだ。
ヴァレリオは腕を動かそうとして、痛みに顔をしかめた。
「まだ動かせそうにないな……」
「残念だけど、これ以上の等級のポーションは手持ちがないんだ。ダンジョンから出て、王宮医師に治療を頼んだ方がよさそうだね」
「そうだな」
テオはもう一人の怪我人であるナダルを治療し、こちらは問題なく戦えるようになったようだった。
「ボス、終わりましたー!」
「でかしたよテオ。それじゃ、急いで地上に戻ろう」
「クイン、戻る前に一目見てほしいところがある」
「なに? 急いでるんだけど」
「すぐに済む」
ヴァレリオは俺を促して、広場の端まで赴く。そしてダンジョンの階下に繋がる階段を指差した。
「この先を見てほしい」
「……え。なに、これ」
階段の下は、突如として空間が途切れていた。そうとしか表現できないような闇が、ぱっくりと口を開けている。
闇の奥には、岩のカケラのようなものが宙に浮いている。物理法則ではなく、魔法則に支配されている空間なのだろうか。
こんな恐ろしく不可思議な場所を見たことは、未だかつてなかった。一歩足を踏みだせば、奈落の底に落ちてしまいそうだ。
「俺達が五十階層まで登ってきた瞬間、あの地割れが襲ってきて、おさまった頃にはこうなっていた」
ヴァレリオの一言に心底ゾッとする。一歩間違えれば、彼はこの闇の中にとり残されてしまって、二度と会えなかったのかもしれないのか……
俺はたまらなくなって、ヴァレリオの体を抱きしめた。傷のある右腕に触れないよう、片腕だけを背中に回す。
「君が戻ってこれて、本当によかった……」
「クイン……」
ヴァレリオは俺の震える指先に気づいたのだろう。無事な左手で俺の左手を握った。
慈しむような仕草で、指先にキスを落とされた。ジンと心が震えるような、気持ちが伝わってくるキスだった。
キスを終えたヴァレリオは、真摯に俺を見つめた。緑の瞳は生命の炎で燃えている。
その瞳からは、溢れんばかりの愛情が俺に向かって注がれていた。思わずハッと吐きだした吐息が震える。
ああ、どうしよう……俺はもしかして、ヴァレリオのことを……好きになってしまったかもしれない。
衝撃を受ける俺を他所に、ヴァレリオの唇はゆっくりと弧を描いた。
「ありがとう、助けにきてくれて。君は美しく気高く、そして勇気がある」
「……そんなに褒めないでよ。俺なんて自分勝手で、しょうもない悪戯が好きな小心者なのに」
つい気恥ずかしくなって否定してしまった。顔が赤くなっていそうで、そっぽを向いてごまかした。
こんなこと、他の貴族の前で暴露したら、弱点を晒したとばかりにつっつかれるだろうけれど。ヴァレリオなら大丈夫だろうと、信じられた。
掛け値ない本音をさらけ出した上に、気持ちを自覚したことで、胸の動悸が激しくなる。ダメだ、おさまれ心臓。
俺の気も知らないで、ヴァレリオは呑気な仕草で首を傾げた。
「俺はそうは思わないが……あまり話をしている時間もないな。続きは地上に戻ったら話そう」
「そうだったね、戻ろう」
気持ちを切り替え、全員で一丸となって地上を目指した。幸いモンスターの復活もなく、それどころかかなりの深層だというのに、土埃も完全になくなった。
進みやすくなった足場を速やかに進行し、途中で一度休憩を挟んでやっと地上に戻れた。
外はすでに深夜だったが、見張りの兵士が出迎えてくれる。武装した兵士が何人も待機していて、物々しい雰囲気だった。
「お二方、無事でしたか!」
駆け寄ってきた見張りの兵士に、ヴァレリオが代表して答える。
「ダンジョンに異変が起こったのは、すでに知っているか? 他のチームはもう帰還しているのか」
「はい。バルトフォス卿、マーシャル卿のチームが最後でした。救出に向かうため、リベルタ侯爵の指示のもと、部隊を編成中でした」
「待って、イツキとカイル君は?」
俺が辺りを見渡すと俺達の後ろから、イツキとカイル君、それに見知らぬ男女が、ダンジョンの中から姿をみせた。
俺が走っていくと、ヴァレリオも気づく。緑の瞳が俺を見つけて輝いた。
「クイン……!」
「ヴァレリオッ! この、バカ……!」
会ったらヘマをしたことを盛大にバカにして、笑ってやろうと思っていたのに。なんだか泣きそうな声が出てしまった。
自分の反応に動揺してたたらを踏む。足元に隆起していた土塊に気づかず、足を滑らした。
「うわっ!」
「ぐっ……!」
勢い余ってヴァレリオの方へ倒れこむ。力強い片腕が、俺を受け止めた。
「……っ!」
胸の中に飛びこんだ瞬間、ヴァレリオのいい匂いが肺いっぱいに広がった。落ちついたウッディムスクの香りは、焦りで尖った心を一瞬で癒してくれた。
ちゃんと生きていてくれたと感動も相まって、すんすんと鼻先を擦りつけたくなる。
その衝動を堪えるのに必死で、俺はしばらくその体勢のまま動けなかった。
ヴァレリオの低い声が、すぐ真上で囁く。
「……ずいぶんと、熱烈だな?」
「っ違う、コケただけだから」
しまった、安心感で緊張が解けすぎて、立ち上がるのを忘れていた。俺は素早く身を起こし、ごまかすように咳払いをした。
「ごめん、怪我人相手に突っこんでしまって。無茶をさせたかな」
「問題ない、貴方は軽いから」
「ちょっと。悪口だよそれは」
筋肉がつきにくい体質なのは、これでも気にしているんだからさ。いちいち指摘しないでほしいな。
というか、こんなことをしている場合じゃない。俺はもしもの時のために持ち歩いていたポーションを、二本取りだした。
「テオ、もう一人怪我人がいるらしいから、これで治療してあげて」
「わかりました!」
「ヴァレリオ、君も負傷したところを見せてくれ」
腕をまくると、赤く腫れて奇妙に膨らんだ腕が表れた。ううっ、痛そう……これは、完璧に折れてるねえ……
「全部治せるかわからないけど、かけるよ」
ポーションを炎症部分にかけると、肌に染みこんだ成分がじんわりと内部の傷を癒やしていく。
膨れた場所は元通りの形に萎んだが、完璧には治らなかったようだ。
ヴァレリオは腕を動かそうとして、痛みに顔をしかめた。
「まだ動かせそうにないな……」
「残念だけど、これ以上の等級のポーションは手持ちがないんだ。ダンジョンから出て、王宮医師に治療を頼んだ方がよさそうだね」
「そうだな」
テオはもう一人の怪我人であるナダルを治療し、こちらは問題なく戦えるようになったようだった。
「ボス、終わりましたー!」
「でかしたよテオ。それじゃ、急いで地上に戻ろう」
「クイン、戻る前に一目見てほしいところがある」
「なに? 急いでるんだけど」
「すぐに済む」
ヴァレリオは俺を促して、広場の端まで赴く。そしてダンジョンの階下に繋がる階段を指差した。
「この先を見てほしい」
「……え。なに、これ」
階段の下は、突如として空間が途切れていた。そうとしか表現できないような闇が、ぱっくりと口を開けている。
闇の奥には、岩のカケラのようなものが宙に浮いている。物理法則ではなく、魔法則に支配されている空間なのだろうか。
こんな恐ろしく不可思議な場所を見たことは、未だかつてなかった。一歩足を踏みだせば、奈落の底に落ちてしまいそうだ。
「俺達が五十階層まで登ってきた瞬間、あの地割れが襲ってきて、おさまった頃にはこうなっていた」
ヴァレリオの一言に心底ゾッとする。一歩間違えれば、彼はこの闇の中にとり残されてしまって、二度と会えなかったのかもしれないのか……
俺はたまらなくなって、ヴァレリオの体を抱きしめた。傷のある右腕に触れないよう、片腕だけを背中に回す。
「君が戻ってこれて、本当によかった……」
「クイン……」
ヴァレリオは俺の震える指先に気づいたのだろう。無事な左手で俺の左手を握った。
慈しむような仕草で、指先にキスを落とされた。ジンと心が震えるような、気持ちが伝わってくるキスだった。
キスを終えたヴァレリオは、真摯に俺を見つめた。緑の瞳は生命の炎で燃えている。
その瞳からは、溢れんばかりの愛情が俺に向かって注がれていた。思わずハッと吐きだした吐息が震える。
ああ、どうしよう……俺はもしかして、ヴァレリオのことを……好きになってしまったかもしれない。
衝撃を受ける俺を他所に、ヴァレリオの唇はゆっくりと弧を描いた。
「ありがとう、助けにきてくれて。君は美しく気高く、そして勇気がある」
「……そんなに褒めないでよ。俺なんて自分勝手で、しょうもない悪戯が好きな小心者なのに」
つい気恥ずかしくなって否定してしまった。顔が赤くなっていそうで、そっぽを向いてごまかした。
こんなこと、他の貴族の前で暴露したら、弱点を晒したとばかりにつっつかれるだろうけれど。ヴァレリオなら大丈夫だろうと、信じられた。
掛け値ない本音をさらけ出した上に、気持ちを自覚したことで、胸の動悸が激しくなる。ダメだ、おさまれ心臓。
俺の気も知らないで、ヴァレリオは呑気な仕草で首を傾げた。
「俺はそうは思わないが……あまり話をしている時間もないな。続きは地上に戻ったら話そう」
「そうだったね、戻ろう」
気持ちを切り替え、全員で一丸となって地上を目指した。幸いモンスターの復活もなく、それどころかかなりの深層だというのに、土埃も完全になくなった。
進みやすくなった足場を速やかに進行し、途中で一度休憩を挟んでやっと地上に戻れた。
外はすでに深夜だったが、見張りの兵士が出迎えてくれる。武装した兵士が何人も待機していて、物々しい雰囲気だった。
「お二方、無事でしたか!」
駆け寄ってきた見張りの兵士に、ヴァレリオが代表して答える。
「ダンジョンに異変が起こったのは、すでに知っているか? 他のチームはもう帰還しているのか」
「はい。バルトフォス卿、マーシャル卿のチームが最後でした。救出に向かうため、リベルタ侯爵の指示のもと、部隊を編成中でした」
「待って、イツキとカイル君は?」
俺が辺りを見渡すと俺達の後ろから、イツキとカイル君、それに見知らぬ男女が、ダンジョンの中から姿をみせた。
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