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自覚

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 男女のうち女の方は、どうやら体調が優れないようで、男に半ば抱えられている。イツキが話をすると、大男は女性を支えて去っていく。

 そしてイツキとカイル君は、確かな足取りでこちらに向かってきた。イツキは挨拶するように手を上げる。

 よかった、二人とも大きな怪我なんかはなさそうだ。ホッと安堵の息を吐き、声をかけた。

「君達も無事だったんだね、安心したよ。あの穴に落ちた時は、本当にびっくりしたんだから」
「心配かけたな。民間人を救出してたら、脱出が遅くなっちまった」
「さっきの二人組か、彼らは誰?」
「俺もよく知らないんだが、女性の方が酷い傷を負っていたんだ。傷はポーションで直したけど失血が多いから、すぐに休ませたくて帰らせた」
「ふうん……」

 なぜ民間人がこんなところに……? 男の方は探索者だったが、そもそも本戦のためにダンジョンを国で貸しきることは、周知されていたはずなんだけど。

 あの女性……いや、考えすぎかな……あんなダンジョンごと揺れて空間が途切れるような事象を、個人の力で起こせるはずないか……

 念のためリベルタ伯爵には、男女二人組のことを後で報告しておこう。何獣人かまでは、遠くに行っちゃって判別できなかったな。

 ちゃんと見ておけばよかった、今からでも……いいや、もう今日は疲れたし後日報告だけしよう。

 首を軽く振って頭を切りかえる。イツキ達も疲れているだろうし、手短に話をまとめることにする。

「詳しいことは後で話すとして、とにかく今日は解散しよう。ダンジョンの異変については、兵士達に任せて……」

 突然地の底から轟音が鳴り響く。ハッと音源の方を見ると、ダンジョンの入り口が崩落していた。洞窟の奥に繋がる通路は完全に塞がっている……

 なんてことだ……俺達は間一髪脱出できたらしい。思わず身震いした。

 兵士達が何人か近づき、巨石を退けようとしたり、魔法を打つものもいたが、びくともしないようだった。

 ああ、いけない。無言で見入ってしまった。もうこれ以上の事件はいらないよ。その場の空気を変えたくて、肩を竦めてみせた。

「……帰っちゃおうか。もうダンジョンはこりごりだよ」
「同感だ」

 帰ろうとしたところで、ヴァレリオと目があった。血の色にどす黒く染まったままの右袖が痛々しくて、眉をひそめる。

「その怪我、ちゃんと見てもらいなよ」
「ああ、今から王宮医師のところへ行ってくる」
「じゃあまたね、見舞いに行くから大人しくしててくれ」

 ヴァレリオは意外そうに片眉を跳ねさせた。

「来てくれるのか?」
「俺が助けたんだから、ちゃんと最後まで見届けないと気にかかっちゃうからね」

 つい意地を張って腕を組んでそっぽを向くと、視界の端でヴァレリオの狼尻尾が揺れた。

「そうか……楽しみにしている」
「……またね」

 喜んでる気配を感じて、俺の尻尾までゆらゆらと揺れそうになった。すんでのところで自制して、なんでもないフリをする。

 まだ素直に気持ちを表すのは……少しというか、だいぶ気恥ずかしいからさ……おいおいね。

 踵を返して、再会を喜びあっているパーティメンバーを引き連れて、邸へと戻った。





 翌朝。疲れていたはずなのに、早くに目が覚めた。今日はまだ本戦の日程中のはずだったから、予定をいれていない。

 ヴァレリオのお見舞い……行っちゃおうかなあ。今を逃すとまた忙しくなって、行きそびれる気がする。

 できるメイド長ラテナが入室してきて、すでに俺がベッドの上で上体を起こしているのに気づいた。

「おはようございますクインシー様。すぐに朝食の手配をしますね。お茶も用意して参ります」

 彼女はちょっと驚いた風だったが、卒なく業務をこなそうと、ちょこまか動いてくれた。

 普段寝起きがよくない俺だから、びっくりしているみたいだね。俺もこんなに早くに目が覚めたのは久しぶりだ。

 外に目をやると、先日より日差しが暖かくなってきているのを感じた。もうすぐ春が来るなあ。

 そして俺は、ヴァレリオと婚約することになるのか……本戦でも負けちゃったしね。

 途中ハプニングはあったものの、ほぼほぼヴァレリオが優勝で間違いないだろう。俺も、腹を括らないとな……

 気持ちを自覚したことで、以前のような拒否感は全くなかった。ヴァレリオが婚約者になると考えるだけで、胸が弾むような心地さえする。

 そう考えると会いたくなっちゃって、食事もそこそこに王城へと魔車を走らせた。少し早い時間だけど、面会は問題なくできるはず。

 王城の医務室へ赴き、医師にヴァレリオとの面会を希望した。すんなりと許可が降りる。

 ヴァレリオは腕に包帯を巻いた状態で、ベッド脇に座っていた。窓の外を静かに眺めている。

「おはよう、ヴァレリオ」

 俺が声をかけると、彼はまじまじと目を見張って俺を見つめる。パタリと尻尾が揺れて、満面の笑みになった。

「もう見舞いに来てくれたのか、クイン。朝から貴方の顔が拝めるなんて、今日は何か素晴らしいことが起こりそうだ」
「大袈裟だよ……調子はどう?」
「悪くない。昨夜は念のため医務室で一夜を明かしたが、もうほぼ骨はくっついたらしい。昼頃には家に帰れるそうだ」
「それはよかったね」

 さすが王宮医師だ、魔法を使えば骨折くらいは簡単に治せちゃうんだね。

 さっきまであんなに会いたかったのに、いざ本人を目の前にすると言葉が出てこなかった。緊張して話せないなんて、生娘でもないのに。

 普段より言葉少なな俺に気づいたヴァレリオが、顔をのぞきこんできた。緑柱石のように美しい瞳が、間近に近づく。

「どうしたんだ? 今日は静かだな」

 低い声と共に、落ち着いたいい匂いが鼻先をくすぐった。もっとくっついて匂いを嗅ぎたい衝動に駆られて、首を振って煩悩をふり払った。

「なんでもないよ」
「貴方も実は怪我をしていたのか? それとも、対抗戦の疲れが出ているのか」
「なんでもないったら。ただ……ちょっと色々考えちゃってさ。本戦、君が優勝しただろう?」
「昨夜のうちに王からお褒めの言葉を頂いた。領地対抗戦はバルトフォス家が優勝で、間違いないだろう」

 ああ、やっぱりね。事件でうやむやにはならなかったんだ。

 俺が居心地悪く片手で肘のあたりをさすっていると、ヴァレリオは何か言いたげに俺を見つめた。

「……貴方に助けられた身だ。納得がいかないというのなら、優勝を辞退しようと思う」

 絞りだすような声音でそんなことを言うので、俺は首を横に振って否定した。

「やめてくれよ、そんな……陛下が決められたことだ。俺も君が先行していたことを知っているし、文句をつける気はない」
「そうか……だったら」

 言葉を発すると同時に、ヴァレリオが俺の手をとった。うやうやしく指先にキスを落とされ、挑発的に見上げてくる。

「これで貴方は正式に、俺の婚約者だ」
「……そう、だねえ……はあ」

 ちょっともうその顔やめてよ、指先にキスとかさあ、クラッとするからやめてほしいよね……恥ずかしさから、目元を手のひらで覆ってため息をつく。

 ヴァレリオはろくに返事もできない俺を、気にする素振りを見せない。俺の手を自分の頬に添えさせ、楽しげな声を発した。

「約束だからな。俺は貴方を幸せにする権利を手に入れた。見ていてくれクイン。必ず貴方を振り向かせてみせる」

 もうとっくに惚れてるよ……よっぽど言ってやろうかと思ったけれど、じんわりと首まで火照ってきて、動悸が酷くてまともに声が出せなかった。

 ヴァレリオはそんな俺を見て、パタリパタリと上機嫌に、尻尾でシーツを叩いていた。
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