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彼の言い分
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早すぎる帰宅に両親が驚いて理由を聞いてきたので、私は劇場での出来事をそのまま伝える。
すると両親の顔は見る見るうちに赤くなり、話が終わる頃には母の手にある扇子がボキリと折れる音が聞こえた。
「何ですって? 婚約者同士の逢瀬に部外者が? しかもそれが王太子殿下の婚約者だというの……!?」
「信じられん……。なんと失礼で非常識な行動なのか。クリスフォード君も何を考えているんだ!?」
「しかもスピナー公爵令嬢はクリスフォード様を愛称で呼んでいらっしゃいました。お二人が幼い頃からのお付き合いならそういう呼び方も分かりますけど、そうじゃありませんし……驚いてしまいましたわ」
例えば二人が幼馴染という間柄であるならそれも分かる。
だがクリスフォード様とスピナー公爵令嬢が知り合ったのは学園に入学してからだ。
しかも、まだ入学して一年も経っていない。
なのにあそこまで親密になるなんて……。
「愛称だって!? 王太子殿下の婚約者が他家の令息を愛称で? 信じられん……なんてはしたないんだ……」
「まあ……スピナー家では娘にどういう教育をしてらっしゃるのかしら? 王太子殿下の婚約者ならば、より貞淑さを求められるというのに……。婚約者がいる子息と親密になるなんて非常識にも程があるわ……!」
あまりにも失礼で非常識な行動に激高した両親は、すぐにロバス公爵家へと先触れを出した。
その書状には『お宅の息子、うちの娘とのデートに別の女連れてきましたけど? しかもそれ、王太子殿下の婚約者ですけど?』という内容を丁寧にしたため、当家で一番足の速い馬を使い、最速で届ける。
すると書状の返事ではなく、ロバス公爵夫妻が直接当家まで訪れた。
不貞腐れた顔のクリスフォード様を連れて。
「レオナ嬢、此度は当家の馬鹿息子がとんだ失礼を……!」
「レオナさん、本当にごめんなさい……。婚約者同士の逢瀬に別の令嬢を連れてくるなんて非常識な行い……お詫びのしようもないわ!」
格上にもかかわらず、深く頭を下げて謝罪をしてくれる公爵夫妻。
なのに当事者であるクリスフォード様はずっと不貞腐れた顔を崩さない。
親がここまで頭を下げているのに、この人は何とも思わないの?
その身勝手な姿に彼への好感度がみるみるうちに下がっていく。
誰の為に公爵夫妻が格下の侯爵家に頭を下げていると思っているのか。
「……頭を上げて下さい閣下、夫人。クリスフォード様、本日はどうしてスピナー公爵令嬢といらっしゃったのですか?」
私がそう尋ねると、彼は眉をひそめて口を開いた。
「だから……初めに言ったろう? カサンドラ様も演劇を見たいと……」
「それは聞きました。そうではなく、私が問うているのは何故婚約者同士の逢瀬に部外者であるスピナー公爵令嬢をわざわざ連れてきたのか、ということですよ。スピナー公爵家の令嬢ならば別に誰かに連れてきてもらわなくとも、演劇位いくらでも見に来れるでしょう?」
私の言葉に何故かクリスフォード様は信じられないというような表情を見せた。
信じられない行動をとったのはそちらなのに、何故私をそんな目で見るのだろうか?
「君とカサンドラ様は友人だろう? それを疎外するようなことを言って恥ずかしくないのか!?」
「……は? 友人? わたくしとスピナー公爵令嬢が……? 今日が初対面ですのに?」
何を訳の分からないことを言っているんだろうと、私だけでなく両親も驚愕の目でクリスフォード様を見た。
私とスピナー公爵令嬢は面識もないのに、何故友人という話になるのか。
「初対面だと……? だがカサンドラ様は君と友人関係だと言っていたぞ。彼女が嘘をついていると言うのか!?」
「さあ……? 嘘をついているかどうかは分かりません。ですがわたくしとスピナー公爵令嬢は本日が間違いなく初対面です。会ったこともない方を友人とは呼べませんよね?」
「だがっ……! 彼女は確かに君を友人だと……!」
「どなたかとお間違えなのではないですか? 仮に友人関係だとしても、婚約者同士の逢瀬に割り込むなど無粋で無神経な行動だと思いますよ」
そういえばあの時、スピナー公爵令嬢は私の名前を勝手に呼んでいた。
友人関係であればそれは普通だが、初対面の相手に対してはかなり失礼な行為だ。
王太子殿下の婚約者で、公爵令嬢ともあろう御方がそんなマナー違反をするだなんて信じられない。
「嘘だっ! 君とは昔からの友人だとカサンドラ様は仰っていたぞ!?」
「昔から……? いえ、当家はスピナー公爵家と交流したことはございませんよ? ねえ、お父様、お母様」
この国では令嬢が幼い内は他家の子女と交流する際に必ず親が同伴する。
なので交流相手は親の知り合いに限られることが多い。
「ああ、スピナー公爵家とは所属する派閥も違う。スピナー公爵閣下とも夜会で会う程度で、個人的に邸に招いたりもしていない」
「ええ、わたくしもお茶会でスピナー公爵夫人に会うことはありますが、邸にお招きしたことはありませんわ。なのでレオナがスピナー公爵令嬢と会う機会などなかったはずですよ」
両親からも否定され、クリスフォード様は下を向いて「そんな……でも……」とぶつぶつ独り言を呟き始めた。
「お話になりませんわね。仮にレオナがスピナー公爵令嬢と友人関係だったとしても、婚約者同士の逢瀬に割り込むなど非常識ではしたない行いじゃありませんこと? ねえロバス公爵夫人もそう思いませんか?」
母からそう投げかけられ、ロバス公爵夫人は苦い顔で頷く。
「……ええ、ミンティ侯爵夫人の仰る通りですわ。クリスフォード、今はスピナー公爵令嬢がレオナさんの友人かどうかなど問うてる場合ではないのです。お前はそれを理解していないのですか?」
「ですが……母上、カサンドラ様は……」
「お黙り! お前が優先すべきはスピナー公爵令嬢ではなく婚約者であるレオナさんです! これ以上当家とミンティ侯爵家の顔に泥を塗るような真似は許しませんよ!」
公爵夫人の叱責にクリスフォード様は渋々ながらも口を噤んだ。
その子供みたいな態度に私の彼に対する好感度が更に下がったのは仕方のないことだと思う。
婚約者以外の女性と親密になってはいけない。
それは貴族も平民も同じこと。相手に誠実に向き合うなら必ずそれを守れるはずなのに。
こんな誠実とはいえない相手とこの先上手くやっていけるだろうか。
先行き不安でしかない―――。
すると両親の顔は見る見るうちに赤くなり、話が終わる頃には母の手にある扇子がボキリと折れる音が聞こえた。
「何ですって? 婚約者同士の逢瀬に部外者が? しかもそれが王太子殿下の婚約者だというの……!?」
「信じられん……。なんと失礼で非常識な行動なのか。クリスフォード君も何を考えているんだ!?」
「しかもスピナー公爵令嬢はクリスフォード様を愛称で呼んでいらっしゃいました。お二人が幼い頃からのお付き合いならそういう呼び方も分かりますけど、そうじゃありませんし……驚いてしまいましたわ」
例えば二人が幼馴染という間柄であるならそれも分かる。
だがクリスフォード様とスピナー公爵令嬢が知り合ったのは学園に入学してからだ。
しかも、まだ入学して一年も経っていない。
なのにあそこまで親密になるなんて……。
「愛称だって!? 王太子殿下の婚約者が他家の令息を愛称で? 信じられん……なんてはしたないんだ……」
「まあ……スピナー家では娘にどういう教育をしてらっしゃるのかしら? 王太子殿下の婚約者ならば、より貞淑さを求められるというのに……。婚約者がいる子息と親密になるなんて非常識にも程があるわ……!」
あまりにも失礼で非常識な行動に激高した両親は、すぐにロバス公爵家へと先触れを出した。
その書状には『お宅の息子、うちの娘とのデートに別の女連れてきましたけど? しかもそれ、王太子殿下の婚約者ですけど?』という内容を丁寧にしたため、当家で一番足の速い馬を使い、最速で届ける。
すると書状の返事ではなく、ロバス公爵夫妻が直接当家まで訪れた。
不貞腐れた顔のクリスフォード様を連れて。
「レオナ嬢、此度は当家の馬鹿息子がとんだ失礼を……!」
「レオナさん、本当にごめんなさい……。婚約者同士の逢瀬に別の令嬢を連れてくるなんて非常識な行い……お詫びのしようもないわ!」
格上にもかかわらず、深く頭を下げて謝罪をしてくれる公爵夫妻。
なのに当事者であるクリスフォード様はずっと不貞腐れた顔を崩さない。
親がここまで頭を下げているのに、この人は何とも思わないの?
その身勝手な姿に彼への好感度がみるみるうちに下がっていく。
誰の為に公爵夫妻が格下の侯爵家に頭を下げていると思っているのか。
「……頭を上げて下さい閣下、夫人。クリスフォード様、本日はどうしてスピナー公爵令嬢といらっしゃったのですか?」
私がそう尋ねると、彼は眉をひそめて口を開いた。
「だから……初めに言ったろう? カサンドラ様も演劇を見たいと……」
「それは聞きました。そうではなく、私が問うているのは何故婚約者同士の逢瀬に部外者であるスピナー公爵令嬢をわざわざ連れてきたのか、ということですよ。スピナー公爵家の令嬢ならば別に誰かに連れてきてもらわなくとも、演劇位いくらでも見に来れるでしょう?」
私の言葉に何故かクリスフォード様は信じられないというような表情を見せた。
信じられない行動をとったのはそちらなのに、何故私をそんな目で見るのだろうか?
「君とカサンドラ様は友人だろう? それを疎外するようなことを言って恥ずかしくないのか!?」
「……は? 友人? わたくしとスピナー公爵令嬢が……? 今日が初対面ですのに?」
何を訳の分からないことを言っているんだろうと、私だけでなく両親も驚愕の目でクリスフォード様を見た。
私とスピナー公爵令嬢は面識もないのに、何故友人という話になるのか。
「初対面だと……? だがカサンドラ様は君と友人関係だと言っていたぞ。彼女が嘘をついていると言うのか!?」
「さあ……? 嘘をついているかどうかは分かりません。ですがわたくしとスピナー公爵令嬢は本日が間違いなく初対面です。会ったこともない方を友人とは呼べませんよね?」
「だがっ……! 彼女は確かに君を友人だと……!」
「どなたかとお間違えなのではないですか? 仮に友人関係だとしても、婚約者同士の逢瀬に割り込むなど無粋で無神経な行動だと思いますよ」
そういえばあの時、スピナー公爵令嬢は私の名前を勝手に呼んでいた。
友人関係であればそれは普通だが、初対面の相手に対してはかなり失礼な行為だ。
王太子殿下の婚約者で、公爵令嬢ともあろう御方がそんなマナー違反をするだなんて信じられない。
「嘘だっ! 君とは昔からの友人だとカサンドラ様は仰っていたぞ!?」
「昔から……? いえ、当家はスピナー公爵家と交流したことはございませんよ? ねえ、お父様、お母様」
この国では令嬢が幼い内は他家の子女と交流する際に必ず親が同伴する。
なので交流相手は親の知り合いに限られることが多い。
「ああ、スピナー公爵家とは所属する派閥も違う。スピナー公爵閣下とも夜会で会う程度で、個人的に邸に招いたりもしていない」
「ええ、わたくしもお茶会でスピナー公爵夫人に会うことはありますが、邸にお招きしたことはありませんわ。なのでレオナがスピナー公爵令嬢と会う機会などなかったはずですよ」
両親からも否定され、クリスフォード様は下を向いて「そんな……でも……」とぶつぶつ独り言を呟き始めた。
「お話になりませんわね。仮にレオナがスピナー公爵令嬢と友人関係だったとしても、婚約者同士の逢瀬に割り込むなど非常識ではしたない行いじゃありませんこと? ねえロバス公爵夫人もそう思いませんか?」
母からそう投げかけられ、ロバス公爵夫人は苦い顔で頷く。
「……ええ、ミンティ侯爵夫人の仰る通りですわ。クリスフォード、今はスピナー公爵令嬢がレオナさんの友人かどうかなど問うてる場合ではないのです。お前はそれを理解していないのですか?」
「ですが……母上、カサンドラ様は……」
「お黙り! お前が優先すべきはスピナー公爵令嬢ではなく婚約者であるレオナさんです! これ以上当家とミンティ侯爵家の顔に泥を塗るような真似は許しませんよ!」
公爵夫人の叱責にクリスフォード様は渋々ながらも口を噤んだ。
その子供みたいな態度に私の彼に対する好感度が更に下がったのは仕方のないことだと思う。
婚約者以外の女性と親密になってはいけない。
それは貴族も平民も同じこと。相手に誠実に向き合うなら必ずそれを守れるはずなのに。
こんな誠実とはいえない相手とこの先上手くやっていけるだろうか。
先行き不安でしかない―――。
応援ありがとうございます!
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