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第二章
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「やっぱり……思った通りどすな」
掬う機能を省いたスプーンのような形。
割りばしほどの大きさのそれをレンに手渡すと、彼女は柔らかく笑いながらそう言った。
「まさか……そんな……」
私はショックを受けていた。
戸惑い、唖然とし、たが喜びも胸の内にある。
どんな反応をすればいいのか、どんな顔をすればいいのか、自分でも分からない。
「で、身体の調子はどうなんだよ?」
「えっと……気分はまだよくないんだけど……でも、気持ち的には嬉しいかなって……」
「は?」
私がリビングへ戻ると、イドはカリカリ君を食べていたが、心配そうな顔をこちらに向けてくる。
「気分がよくないのに嬉しいって……どういう意味だよ?」
イドは私の気持ちが全く理解できないようで、キョトンとしている。
するとそんなイドに、レンが呆れたような顔で言う。
「リナはんな……妊娠しとるみたいどすわ」
「へー。妊娠ね」
イドはあまり興味無さそうな声でそう言うが……みるみるうちに顔色が真っ青になり、冷や汗を大量にかき、足元がガクガク震え出す。
「なるほど……この前見た映画の話だろ。戦うためにヒーローになる、あれ」
「それは変身だよ」
「雑魚が思い上がることってあるよな……」
「それは慢心」
「見返りを求めないで人に尽くす――」
「それは献身だってば」
イドが手にしているカリカリ君が溶けて床に落ちる。
クマがキッチンからタオルを持って来て、落ちたアイスを綺麗に拭き取り、そしてイドに言った。
「イド様。妊娠だよ妊娠。子供ができたってことだよ」
「…………」
クマはパタパタ翼を動かしながら、私の前まで移動し、そして頭を下げる。
「おめでとう、リナ様。子供ができるだなんて……こんな嬉しいことはないね」
「嬉しい……うん。そうだよね。素直に喜んでいいところだよね」
私はクマの言葉に笑顔になり、彼に頷く。
「おめでとさん、リナはん」
「おう!」
「ありがとう、クマ、レン、ライオウ」
私は三人にお礼の言葉を言い、そしてイドの方に再び視線を向ける。
「イド……私たちの赤ちゃんができたんだって」
「…………」
イドは完全に固まっていた。
石像のように全く動かない。
手元のアイスは完全に溶け切ってしまっている。
これは……喜んでいるようには見えない。
もしかして、迷惑なのかな?
子供なんてできない方が良かったのかな?
私はイドの顔を見て、不安に駆られ始める。
「ごめん……嬉しくなかったんだね」
「あ、ああっ!? え、いや……そんな悲しい顔すんな……そんな顔するなって」
私は今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていたらしい。
正直、本当に泣きそうになっていた。
自分の好きな人の子供ができて、私は嬉しいと感じていたのに。
自分の好きな人は喜んでくれていない。
それが悲しくて、辛くて……とうとう目の端から涙がこぼれてしまう。
「ち、違う! 嬉しくないってことじゃねえんだ!」
「……じゃあどういうことなの?」
複雑そうな表情をするイド。
どんな風に説明すればいいのだろうか。
イドからは戸惑いと不安を感じ取れる。
「お、俺は……俺は、両親から捨てられたんだよ……生まれてすぐな」
「そうだったの?」
「ああ。だから、何と言うか……不安なんだ。俺もあいつらみたいに子供を捨てちまうんじゃないかって……俺みたいに寂しくて、辛い思いをさせるんじゃないかって……」
イドは自分の昔のことを思い出してか、怒りを顔に滲ませていた。
ああ、そうか。
両親から愛されたことがないから、自分の子供に対してどう接したらいいのか分からないんだ。
酷い扱いをされたから、残酷な子供時代を生きてきたから、子供という存在、そしてその人生を思い、素直に喜ぶことができないんだね。
私はイドの頭を抱き寄せ、彼の頭を撫でながら優しく言う。
「大丈夫だよ、イド。私もイドも、イドの両親とは違うんだから。私は子供を捨てることなんて絶対しない。絶対だよ。イドは私たちの子供を捨てようと考えてるの?」
「そんなこと……考えるわけねえだろ。捨てるわけねえ。とことんまで守ってみせる。世界中の奴らを皆殺しにしてもな」
「それは物騒すぎるけど……でも、うん。やっぱりイドなら大丈夫だよ」
イドは安心したのか、体から力が抜き、私の胸に体重を預けてくる。
「子供……子供か……まだ自分が親になるとか想像できねえよ」
「私だってそうだよ。まさかこんなに早く子供ができるなんて思ってなかった」
私たちは笑い合う。
そしてイドは私のお腹に耳を当て、愛おしそうに目を細める。
「俺……ちゃんと親とかできると思うか?」
「うん。絶対にできるよ。だってイドは優しいもん。私にそうしてくれるように、愛情を持って子供に接してくれるはずだよ」
イドは目を閉じ、子供の存在を確かめるように、ずっと私のお腹に頭を預けたままだった。
クマたちがそんな私たちの様子を見て、拍手をしている。
「改めておめでとう、リナ様、イド様」
「これから家族が増えて……また大変になりそうやなぁ」
「おう」
新しい家族。
その鼓動とイドの温かさを感じながら、私はまた彼の頭を撫でる。
新しい命が私のお腹に息吹いていることに、不思議な感覚を得ていた。
お母さんも私を妊娠した時、こんな気持ちだったのかな?
今は会えない両親のことを思い、感謝し、そして自分の子供に向かって私は言う。
「優しいお父さんと家族が待ってるから。待っているよ。生まれてきてくれることを待っているからね」
掬う機能を省いたスプーンのような形。
割りばしほどの大きさのそれをレンに手渡すと、彼女は柔らかく笑いながらそう言った。
「まさか……そんな……」
私はショックを受けていた。
戸惑い、唖然とし、たが喜びも胸の内にある。
どんな反応をすればいいのか、どんな顔をすればいいのか、自分でも分からない。
「で、身体の調子はどうなんだよ?」
「えっと……気分はまだよくないんだけど……でも、気持ち的には嬉しいかなって……」
「は?」
私がリビングへ戻ると、イドはカリカリ君を食べていたが、心配そうな顔をこちらに向けてくる。
「気分がよくないのに嬉しいって……どういう意味だよ?」
イドは私の気持ちが全く理解できないようで、キョトンとしている。
するとそんなイドに、レンが呆れたような顔で言う。
「リナはんな……妊娠しとるみたいどすわ」
「へー。妊娠ね」
イドはあまり興味無さそうな声でそう言うが……みるみるうちに顔色が真っ青になり、冷や汗を大量にかき、足元がガクガク震え出す。
「なるほど……この前見た映画の話だろ。戦うためにヒーローになる、あれ」
「それは変身だよ」
「雑魚が思い上がることってあるよな……」
「それは慢心」
「見返りを求めないで人に尽くす――」
「それは献身だってば」
イドが手にしているカリカリ君が溶けて床に落ちる。
クマがキッチンからタオルを持って来て、落ちたアイスを綺麗に拭き取り、そしてイドに言った。
「イド様。妊娠だよ妊娠。子供ができたってことだよ」
「…………」
クマはパタパタ翼を動かしながら、私の前まで移動し、そして頭を下げる。
「おめでとう、リナ様。子供ができるだなんて……こんな嬉しいことはないね」
「嬉しい……うん。そうだよね。素直に喜んでいいところだよね」
私はクマの言葉に笑顔になり、彼に頷く。
「おめでとさん、リナはん」
「おう!」
「ありがとう、クマ、レン、ライオウ」
私は三人にお礼の言葉を言い、そしてイドの方に再び視線を向ける。
「イド……私たちの赤ちゃんができたんだって」
「…………」
イドは完全に固まっていた。
石像のように全く動かない。
手元のアイスは完全に溶け切ってしまっている。
これは……喜んでいるようには見えない。
もしかして、迷惑なのかな?
子供なんてできない方が良かったのかな?
私はイドの顔を見て、不安に駆られ始める。
「ごめん……嬉しくなかったんだね」
「あ、ああっ!? え、いや……そんな悲しい顔すんな……そんな顔するなって」
私は今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていたらしい。
正直、本当に泣きそうになっていた。
自分の好きな人の子供ができて、私は嬉しいと感じていたのに。
自分の好きな人は喜んでくれていない。
それが悲しくて、辛くて……とうとう目の端から涙がこぼれてしまう。
「ち、違う! 嬉しくないってことじゃねえんだ!」
「……じゃあどういうことなの?」
複雑そうな表情をするイド。
どんな風に説明すればいいのだろうか。
イドからは戸惑いと不安を感じ取れる。
「お、俺は……俺は、両親から捨てられたんだよ……生まれてすぐな」
「そうだったの?」
「ああ。だから、何と言うか……不安なんだ。俺もあいつらみたいに子供を捨てちまうんじゃないかって……俺みたいに寂しくて、辛い思いをさせるんじゃないかって……」
イドは自分の昔のことを思い出してか、怒りを顔に滲ませていた。
ああ、そうか。
両親から愛されたことがないから、自分の子供に対してどう接したらいいのか分からないんだ。
酷い扱いをされたから、残酷な子供時代を生きてきたから、子供という存在、そしてその人生を思い、素直に喜ぶことができないんだね。
私はイドの頭を抱き寄せ、彼の頭を撫でながら優しく言う。
「大丈夫だよ、イド。私もイドも、イドの両親とは違うんだから。私は子供を捨てることなんて絶対しない。絶対だよ。イドは私たちの子供を捨てようと考えてるの?」
「そんなこと……考えるわけねえだろ。捨てるわけねえ。とことんまで守ってみせる。世界中の奴らを皆殺しにしてもな」
「それは物騒すぎるけど……でも、うん。やっぱりイドなら大丈夫だよ」
イドは安心したのか、体から力が抜き、私の胸に体重を預けてくる。
「子供……子供か……まだ自分が親になるとか想像できねえよ」
「私だってそうだよ。まさかこんなに早く子供ができるなんて思ってなかった」
私たちは笑い合う。
そしてイドは私のお腹に耳を当て、愛おしそうに目を細める。
「俺……ちゃんと親とかできると思うか?」
「うん。絶対にできるよ。だってイドは優しいもん。私にそうしてくれるように、愛情を持って子供に接してくれるはずだよ」
イドは目を閉じ、子供の存在を確かめるように、ずっと私のお腹に頭を預けたままだった。
クマたちがそんな私たちの様子を見て、拍手をしている。
「改めておめでとう、リナ様、イド様」
「これから家族が増えて……また大変になりそうやなぁ」
「おう」
新しい家族。
その鼓動とイドの温かさを感じながら、私はまた彼の頭を撫でる。
新しい命が私のお腹に息吹いていることに、不思議な感覚を得ていた。
お母さんも私を妊娠した時、こんな気持ちだったのかな?
今は会えない両親のことを思い、感謝し、そして自分の子供に向かって私は言う。
「優しいお父さんと家族が待ってるから。待っているよ。生まれてきてくれることを待っているからね」
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