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第5話

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 初めてフロンティアに赴いてから一週間後。
 再び俺はギルドにやってきていた。
 
 一週間何をしてたかって? ずっとおじじにしごかれてましたが何か?

 俺のスキルと職業を聞いたおじじは、俺の体つきを見た後、それまでの重たい荷物を背負っての山歩きと一緒に木刀をプレゼントしてくれた。

 ずーっと山を駆け回った後は、夜遅くまで重たい木刀を持ってひたすら素振り。
 剣道をやってた頃なんて目じゃないほどの疲労感だった。
 
 その他にも色々と……おじじガチで凄い冒険者だったんじゃないかなと思うほどの訓練を叩き込まれた。
 いやほんとに。俺がやったわけではないけど、部位鍛錬とかガチでやるものなんだな。格闘技だけどファンタジーの世界の話かと思ってた。
 なんだ鋼の拳って。
 

 そして一週間たって、俺の身体が『最低限出来上がった』となったところで、フロンティアに行って良しと言われたわけである。
 まあ元がそれなりに出来上がってたので、時間が大してかからなかったというのはあるらしい。

 別に無視をしても良かった。フロンティアに行くのにおじじの許可は必要ないわけだし。
 流石に一週間は長いかなー、と俺自身思ったりもした。
 冒険者になると失業手当が貰えなくなるので、早くフロンティアで金を稼ぐ方法を学びたかった。

 けどおじじは俺にとっては先達だし、俺自身、ただ漫然とフロンティアで戦うのではなく考えて訓練を行う必要があるとも考えていた。

 加えて俺は、肉体的、技術的な訓練というのが結構好きなタイプである。
 おじじにしごかれて山を駆けずり回るのとか、腕が上がらなくなるまで素振りをするのとか。
 ぶっちゃけ楽しかったのだ。

 そういうわけで、前回から一週間程期間が空いたわけである。

「というわけなんですよ」
「そういうことでしたか」

 軽く事情を説明すると、先日と同じく受付にいた坂井さんは納得の表情を見せた。

「初心者の方でそこまでする人はほとんどいません。ですが、上に行けば行くほど、レベルだけではない技術が重要になってくるので、ランクの高い方程そういった訓練を意識しているみたいです」
「あ、そうなんですか?」
「はい。今すぐ役に立つというわけではないですが、今後冒険者を続ける上での大きな財産になると思いますよ」

 冒険者のランクは下から順にG、F、E、D、C、B、Aとなっていて、ステータスカードのスキルやレベル、アイテムの収拾量等を総合的に判断して決まるらしい。

 その中でも、上位ランカーと言われるのがCランク以上。
 プロスポーツで言うなら、Cはプロ、Bはレギュラー、Aはエースクラスといったところだ。

 剣を振って殺し合いをするなら訓練が必要では、と思っていたが、坂井さんによると、冒険者がフロンティアで必要とする戦いの技術というのはすなわち『殺し合い』の技術であるため、地球側で大々的に塾や講義のような形で教えることがはばかられるらしい。

 そのため、先日俺が見たように、引率の冒険者が見てる状態でモンスターと戦わせてなれさせたり、あっても上位ランクの冒険者がフロンティアでの冒険の中でアドバイスする程度だそうだ。
 専門学校とか学校のコースでもあるらしいが、座学と簡単なトレーニングを地球でして、後はフロンティアで体験するというのが多いらしい。
 
 え、命がけでモンスター倒して金稼いでるのにそれで良いの?
 いや、弱いモンスター相手なら命とかかからないのか別に。

 そういう覚悟があるのって、本当に一部の冒険者や自衛隊員ぐらいなんだろう。
 サラリーマンが仕事帰りにちょっと1,2時間冒険したり、高校生や大学生が部活、サークル活動で冒険したり。

 決して全ての人がというわけではないが、フロンティアでの冒険は身近なものとして社会に浸透してしまった。
 してしまったからこそ、命がけで挑むという感覚は薄いのかもしれない。

「あ、これ冒険者証です」
「はい、確かに。こちらは一度預かって、ステータスカードと引き換えで再度お渡ししますね。武器は……お持ちですね」
「さっき上のショップで剣を買ってきたのと、前職で使ってた斧持ってきてみました」

 ショップは閑散としていた。棚に収まっている武器とか薬草なんかのアイテムもほとんど空だったし、店員は受付嬢と兼業のようだったし。
 田舎のギルドは寂しいものだ。ショップの充実度とか、パーティーの組みやすさで人が自然と少しでも大きな支部に流れるような構造になってしまっているのだ。

 坂井さんに見送られてゲートまでの通路を歩き、《始まりの森》へと移動する。
 二度目なのにもはや見慣れつつある草原と森。

「さて、参りますか」

 今度はのんびり観察することなく、俺はまっすぐ森へと踏み込んだ。
 まずは適当に歩くのではなく、地図を開いて目印となる杭の確認。

「ちゃんと見やすいな。これは今後必須か」

 思っていた以上に杭が見やすい。足元に埋まってるとかじゃなくて、ガッチリと地面の上に1.5メートル程飛び出しているし、そうそう抜けそうにない。

 ある程度歩き回って大丈夫だと判断出来た後は、いよいよモンスター探しだ。
 
 ネットの情報によると、値段のつくアイテムはモンスターを倒さなくても普通に採集出来ることもあるらしい。
 例えばモンスターからドロップする薬草が、普通にその辺に生えていたりとか。

 ただ、現物を知らない俺がそれを探すことを第一目標にするのは困難なので、まずはモンスター探しだ。
 それでふと思ったが、ゲームである鑑定眼的な、モンスターとかアイテムの情報を見抜けるスキルみたいなのもあるのだろうか。それなりに自分で冒険してみたら、そのあたりも調べてみよう。

「あ、てか《写身》忘れてた。まあ次で良いか」

 ぼやきつつ森の中の道を進んでいると、道の先に青い塊が見えた。

「なん……スライムか」

 ボニョンボニョンと跳ねながらゆっくり近づいてくる様は、まさにファンタジーのスライムらしい。
 まああれみたいな可愛い目や口はついていないが。

「スライムなら普通に斬ったら死ぬか……核があるか」

 流石に魔法でないと殺せない最強の不定形モンスターだったりはしないだろう。

 スライムが近づいてくる前に背負っていたリュックサックを道の脇に放り出す。
 戦闘の時にいちいちリュック下ろすって微妙だな……。何か考えてみるか。
 
 まずは剣を使うことにして、抜いた剣を腹の前の手元から切っ先を腰の後ろに下げるように構え、右足を軽くひく。
 ぶっちゃけて言うと、俺はまだ剣を振るう際の自分に適した構えがわからない。3年ほどやった剣道でやった正眼も何か違う気がしたし、かといってそれ以外の剣の構えをファンタジーでしか知らない。

 だからこそ、もっとも振るいやすい状態で構える。

 そして距離が近づいたところで、それまでゆっくりとボニョンボニョン跳ねていたスライムが、ぐっと身体を沈み込ませ。
 次の瞬間に俺の胸当たりの高さめがけてジャンプして突っ込んできた。

 どの程度の威力があるものなのか気になってしまうが、まずは。

「うん、斬れる」

 足を踏み変えてスライムの直撃コースから動きつつ、踏み込んで剣で斬る。
 真っ二つになったスライムは、ドロップアイテムの小さな石のようなものを残して、小さな光の粒が空中に溶けるように消えていった。

「うーん、ファンタジー」

 モンスターからは血は出ない場合がほとんどだと聞いたが、こういう、魔力か何かが溶けるように消える感じだと確かに血は出ないのかもしれない。

「にしても弱いな。初心者向けなわけだ」

 野球のバットでサッカーボール大のゴムボールを打つようなものだ。
 おそらく子供でも出来る。

 そしてドロップアイテムの確認。
 スライムの落とした石の塊のようなものを拾い、目の前に持ってくる。

「酸化した金属かなにか、か? まあ良いか」

 どうせ後で知れるだろう。
 剣を鞘に収め、放り出したリュックのところまで行ってアイテムをしまう。

 直後、戦闘直後で気の抜けていた俺の耳が、風に揺れる木々の音に交じる異音に気づいた。
 地面に落ちた枝を踏みしめる音、蹴り上げる音。

 咄嗟にそちらに振り向くと、既に4メートルほどの距離に白い塊が迫っていた。

「っそったれが!」

 先程のスライムよりも勢いよく顔に飛びかかってくるそれに、右手を顔の高さに上げて急所をかばう。
 剣を引き抜いている時間はない。

 なればこそ。

「だりゃっ!!」

 腕に噛みつかれると同時に、こちらからも全身を前に出して勢いを乗せ、腕にくらいついた白い犬を地面に叩きつける。 

 そして背中に回した左手で腰の後ろから斧を引き抜き、衝撃で俺の腕から口を離したそいつの顔面に叩き込んだ。
 そいつ、白っぽい灰色のモンスターは、斧の一撃が致命傷だったのかすぐに光の粒子になって消えた。

「今のがウルフか」

 奇襲とはやってくれるなあ。
 まあ気を抜いてた俺が悪いんだけど。

 ただウルフ(狼)という名前とそれなりの大きさから右腕をもってかれるかと思ったが、思った程の痛みはない。
 というかほぼ無傷。

 冒険用に着ている林業で使っていた作業着に穴ぐらい開くかと思ったが、それすらない。

「流石に《始まりの森》のモンスターでしかない、ってことかね」

 地球だと、人は遥かに小さい犬や猫相手でも武器を持ってようやく互角だという。
 それを考えると、ウルフの弱さはフロンティアナイズドされた初心者向けのものなのだろう。

 ウルフが落としていったアイテムは白い塊がいくつか。
 拾い上げると、ウルフの牙、いや爪か。それもリュックにしまっておいて、一度水を飲んで心を落ち着かせる。

 うん。思ってた以上に落ち着けている。
 興奮か、恐怖か。いずれにしろ心乱されるかと思ったが、少なくともまだ理性的な思考が出来ている。

「もうしばらく進むか」

 その後も森の中にある道を歩いていく。
 おそらく先達の冒険者達が通ったのだろう、道は獣道どころではなくしっかりとした道になっていた。

 そのまま森の道を歩いていると、斜め前方の木陰に新しいモンスターを見つけた。
 緑色の肌に尖った耳。鋭く醜悪な表情をした小人。

 ファンタジーど定番のゴブリンである。
 獲物は草の影に隠れて見えないが、そう大きくはないようだ。

 リュックを下ろして剣を抜き、あえてその場で声をあげる。

「ホーォッ!」

 響かせるように発した声に、ゴブリンかこちらに気づいて走ってきた。
 あえて声を出して気づかせたのは、ゴブリンの戦闘力が知りたかったからだ。
 不意打ちも出来たかもしれないが、その場合は純粋な正面からの戦闘力がわからないままになってしまう。

「ィギーッ!!」
 
 ゴブリンは右手に持った短いナイフを突き出して突っ込んでくる。

「いや振り回せよ。なんのために腕ついてんだ」

 俺の腰ぐらいの大きさしかないゴブリンは、必然突き出したナイフと腕は上に向く。
 それに対して俺はまずその腕を切断し、返す刃でゴブリンの上半身を両断した。

「チッ。まーだ首ピンポイントにはとばせんか」

 狙うなら急所の首のつもりだったが、思ったように狙いが定まらずに胴体を両断する羽目になった。
 これは後で特訓だな。

 消滅したゴブリンが落としていったのは、先程持っていたナイフ、とも言い難い金属の塊だ。
 一応形状はナイフだが、ここまで刃が潰れて汚れているとまともに斬れないだろうと思う。

「とりあえずこれでここのモンスターは全部か……弱いな?」

 うん、とても弱い。

 《始まりの森》で出現するモンスターの種類は3種類のみ。その情報だけは事前に入手していた。
 実際に来てみて、スライム、ウルフ、ゴブリンと遭遇した。

 この3種類しかここには出ない。

「まけど、レベルはまだ上がって無いんだよな」

 一応エリアごとに上がるレベルの上限値とでも言おうか。
 一定のレベルになると、それ以上のレベル上昇が極端に遅くなる、というのがあるらしい。

 《始まりの森》はその上限が4らしい。つまり、レベル4までは上がるが、レベル5にはならないということだ。

「進むか続けるか……。続行だな。一歩ずつ段階踏んでいこう」

 《始まりの森》のモンスターは弱いので次に進みたい欲はある。
 だが、まだ俺は冒険者初心者だ。焦って良いことはない。
 1つずつ踏みしめて進んでいこう。
 
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主人公が死に覚えを始めるのはもうちょっと後からです。
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