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Act・5
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そんな日々の中で、晴海がちょっと頬を赤らめながら、小さな紙袋を蒼子に差し出した。
「これ......。プレゼント」
100均で見かけるような小さな袋だった。
「え? なに?」
蒼子はびっくりしながら受け取って、中を覗き込んだ。
「あっ! 家に帰ってから開けてみて」
晴海はさらに顔を赤らめた。
「? うん。わかった。ありがとう」
蒼子は不思議そうに返礼した。
家に帰ってから、自室で紙袋の中に入っているものを取り出した。10センチ角ほどの小箱だった。リボンがかけてあったが、お世辞にも上手に箱にかけられてるとは言えなかった。さらに包装紙は箱を包むために「これでもか!」というくらいセロハンテープが張り付けられていた。
それを見て、蒼子はえくぼをつくって笑った。
丁寧にセロハンテープを剥がし、そっと蓋を開けると、卵大の白い巻貝が、緩衝材のシュレッダーされたピンク色の紙クズの中に埋まっていた。蒼子はそっとそれを右耳に当てた。遠くで「潮騒」の音がしていた。瞬時にそれは、いつも見ている風景と重なった。蒼子は耳に当てたまま、微笑んでベッドに倒れ込んだ。
その風景の中に、晴海が浜辺を歩き回って巻貝を探してる姿が見えた。
(晴海君と手をつないで、浜辺を歩いてみたかったな......)
両手で巻貝を強く抱き締めた。
M美術館で会えなかった日は、ビデオ電話で2人は他愛のない話をして笑い合っていた。けれど、だんだんと晴れた日でも、蒼子がM美術館へ来る日が少なくなってきはじめた。ビデオ電話の通話時間も、目に見えて短くなっていった。
「最近は具合が良くないの?」
晴海は日曜日、芝生広場から蒼子に電話をした。
蒼子の首筋に細い管が見えた。CVポートを使って、何か薬液を投与しているとすぐにわかった。
「うん。なかなか起きあがれないの。今、栄養剤を入れてるのよ。これだけでも、けっこう身体も楽になるの」
蒼子は管を見せるように摘まんだ。
「残念だわ。今日なんか、とびっきりの青空なのに......。でも、ありがとう。私に見せるために行ってくれたんでしょう?」
蒼子の問いに、晴海は肯定も否定もできなかった。確かに見せたくて、来たのは事実だ。でも、本心は蒼子を連れてきたかった。そうしたい衝動と、それが絶対に許されない行為だと十分理解していたから、言葉が出なかった。
蒼子は晴海が見せてくれている、美術館から見える大きなF灘を眺めながら、再び呟いた。
「また、行かれるようになるかなぁ~」
晴海にはそれが、蒼子の弱音に聞こえた。
もう、この風景を自分の目で見られないかもしれないと、蒼子が考えていることが手に取るようにわかった。でも、晴海は諦める気はなかった。絶対にまた2人でここへ来るんだと、強く願っていた。
「絶対に来られるよ。僕は待ってるから......」
晴海は元気づけるように言った。
「そうね。必ずまた、そこで会いましょうね。またね。晴海君」
蒼子は少し寂しげな表情を浮かべた。
晴海は蒼子が呟いた「またね」が、本当に来るのだろうかと、電話を切る度考えてしまうのだった。
(もう、次はないのかもしれない......)
そう思う日が、どんどんと心の中で重くなっていった。
「これ......。プレゼント」
100均で見かけるような小さな袋だった。
「え? なに?」
蒼子はびっくりしながら受け取って、中を覗き込んだ。
「あっ! 家に帰ってから開けてみて」
晴海はさらに顔を赤らめた。
「? うん。わかった。ありがとう」
蒼子は不思議そうに返礼した。
家に帰ってから、自室で紙袋の中に入っているものを取り出した。10センチ角ほどの小箱だった。リボンがかけてあったが、お世辞にも上手に箱にかけられてるとは言えなかった。さらに包装紙は箱を包むために「これでもか!」というくらいセロハンテープが張り付けられていた。
それを見て、蒼子はえくぼをつくって笑った。
丁寧にセロハンテープを剥がし、そっと蓋を開けると、卵大の白い巻貝が、緩衝材のシュレッダーされたピンク色の紙クズの中に埋まっていた。蒼子はそっとそれを右耳に当てた。遠くで「潮騒」の音がしていた。瞬時にそれは、いつも見ている風景と重なった。蒼子は耳に当てたまま、微笑んでベッドに倒れ込んだ。
その風景の中に、晴海が浜辺を歩き回って巻貝を探してる姿が見えた。
(晴海君と手をつないで、浜辺を歩いてみたかったな......)
両手で巻貝を強く抱き締めた。
M美術館で会えなかった日は、ビデオ電話で2人は他愛のない話をして笑い合っていた。けれど、だんだんと晴れた日でも、蒼子がM美術館へ来る日が少なくなってきはじめた。ビデオ電話の通話時間も、目に見えて短くなっていった。
「最近は具合が良くないの?」
晴海は日曜日、芝生広場から蒼子に電話をした。
蒼子の首筋に細い管が見えた。CVポートを使って、何か薬液を投与しているとすぐにわかった。
「うん。なかなか起きあがれないの。今、栄養剤を入れてるのよ。これだけでも、けっこう身体も楽になるの」
蒼子は管を見せるように摘まんだ。
「残念だわ。今日なんか、とびっきりの青空なのに......。でも、ありがとう。私に見せるために行ってくれたんでしょう?」
蒼子の問いに、晴海は肯定も否定もできなかった。確かに見せたくて、来たのは事実だ。でも、本心は蒼子を連れてきたかった。そうしたい衝動と、それが絶対に許されない行為だと十分理解していたから、言葉が出なかった。
蒼子は晴海が見せてくれている、美術館から見える大きなF灘を眺めながら、再び呟いた。
「また、行かれるようになるかなぁ~」
晴海にはそれが、蒼子の弱音に聞こえた。
もう、この風景を自分の目で見られないかもしれないと、蒼子が考えていることが手に取るようにわかった。でも、晴海は諦める気はなかった。絶対にまた2人でここへ来るんだと、強く願っていた。
「絶対に来られるよ。僕は待ってるから......」
晴海は元気づけるように言った。
「そうね。必ずまた、そこで会いましょうね。またね。晴海君」
蒼子は少し寂しげな表情を浮かべた。
晴海は蒼子が呟いた「またね」が、本当に来るのだろうかと、電話を切る度考えてしまうのだった。
(もう、次はないのかもしれない......)
そう思う日が、どんどんと心の中で重くなっていった。
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