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◆episode5

~サクヤとオニの隠れ里~

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 オニたちの隠れ里。
 そこは深い森に囲まれ、家々と手入れが行き届いた田畑が混在する集落であった。
 フヨウに案内され地下通路を出た場所は、山の斜面で村を一望できる場所だったので、興味津々といった様子でピリカが周囲を見回していた。
「イトが住んでいた場所に似ているね」
 黄昏の国の里山といった集落の様子にピリカはそんな感想を口にする。
「確かに似ているけど、物質界でもないし精神世界でも違う雰囲気…何だ? ここ?」
 黄昏の国——物質界とはどこか違う様な感覚を感じ取ったエルはそう言いながらアオの方を見ると、アオは「相変わらずエルはいい勘をしておる」と言って笑い「ここはサクヤの結界の中だと我は思うが?」と言ってフヨウを見た。
「さようでございます」
 フヨウはアオの言葉を肯定すると、ついてくるように言って集落に続く道を歩き出した。その後を歩くアオにエルが訊ねる。
「誰の結界とかわかるんだ?」
「結界には術者の波動で満たされておるからの。術者によって微妙に周波数が違うので大体誰が張ったものか察しはつく」
 そんなアオの説明にエルは感心した様な表情を浮かべた。
 オニたちの集落に入り中心部に向かって歩くが、家の外にいる者の姿は全くなくシンと静まり返っている。
「家の中から生き物の気配は感じるんだけどな…俺達警戒されてる?」
 建物の中から外の様子を伺っている様な気配を感じてエルが呟く。
「見慣れない者達が隠れ里であるはずの集落にやって来たのだから、そりゃあ、警戒もするであろう」
「え~、お話したいのにぃ」
 ピリカの抗議の声を耳にしたフヨウが「御心配なく――お連れするのはオニたちの世話役の所ですので、お話はそちらでなされるのが良かろうかと」と言って、集落の真ん中付近に建っている少し大きめの建物を指し示した。
「先に知らせをやっておりますので、こちらへ…」
 フヨウはそう言うと躊躇する事無く建物の中へ入って行くので、アオ達もその後に続く。
 太い木の幹を組んで作られた建物の中には、全身を覆い隠す様な麻で織られた大きなフードの様な布を纏った数人のオニたちが待っていた。
「この者達は知らせの者——これにて私は失礼」
 フヨウはオニたちに手短にそう伝えると、アオ達に一礼してその場から立ち去った。
「…え、ちょ…」
 まさかフヨウが案内をするだけして、すぐにいなくなってしまうとは思わなかったのか、エルが面食らった様な表情を浮かべながら狼狽える。
「…」
「…」
 双方、口火を切るタイミングを計っている様な奇妙な沈黙が流れる。その沈黙を破る様にピリカがオニたちの前へ進み出た。
「私はピリカ。北の地のコロボックル。貴方たち地の磐戸を開けようとしていたオニさんたち?」
 前振りもなにも無い、いきなりのド直球のピリカ質問にオニたちは驚いたのか、お互いの顔を見合わせる。
 そんなオニたちに構うことなくピリカは言葉を続ける。
「貴方たちが間違ったやり方をしているから地の磐戸は開かないんだって」
「…間違っている?」
 ピリカの言葉にオニのひとりが驚いたように小さな来訪者に訊き返した。
「うん。何が間違っているのかまではピリカ知らないけど、磐戸の中にいるスサがそう言ってたよ」
「!!」
 ピリカの言葉を聞いていた他のオニたちの間に衝撃の様なものが走る。
「あの中に封じられているお方がだと⁈」
「その方がそう言ったとはどういうことだ⁈」
「そもそも何故あの場所をお前が知っている⁈」
 オニたちは動揺を隠すことなく口々に疑問の声を上げた。そんなオニたちの動揺を気にする事なくピリカは言葉を続ける。
「前にあの中でスサと会った時、ひとりぼっちで可哀想だったから、あそこから出してあげるって約束したの」
「約束⁈」
「中でだと⁈」
「どういうことだ⁈」
 硬く封印され、一向に開く事がない地の磐戸の中に入ったという事自体、とてもではないが信じられないといった様子でオニたちは小さな妖精に疑いの目を向けた。
「——北の地から来た客人…ピリカ殿であったな。一体どういう事なのか、きちんと説明をしてくれぬか?」
 オニたちの真ん中に座って黙ってピリカの話を聞いていた一人がおもむろに口を開くと、ピリカは大きく頷く。
「…んとね、巨人さん達が悪い子になっちゃっていたから、いい子に戻す為にサタンちゃんの所に行く途中、ついでだからスサの所に寄ったの」
「…?」
 要領の得ないピリカの説明にオニたちは困惑したのか、再び顔を見合わせる。
「——そもそも、あの場所を普通の者は知らぬはずだし、行きつく事も出来ぬはず…貴殿は何者なのだ?」
「さっき北の地のコロボックルのピリカだって言ったよぉ~」
「そもそもコロボックルとは何だ?」
 どうやらオニたちはコロボックルの存在自体知らなかったらしく、怪訝そうに問い直す。
「え~と…え~と…」
 コロボックルが何かという事から説明しなければならないとピリカは思わなかったらしく、言葉に詰まる。そんな会話を傍で見守っていたアオが口を開いた。
「——横から失礼。我が代わって説明をさせていただく」
 アオはオニたちに一言断わりを入れると、コロボックルは北の地に住む妖精族である事や、青龍であり古い時代からスサの縁者であった自分が、ピリカ達を地の磐戸に案内した事等を手短に説明をする。
「なるほど…。青龍であれば地の磐戸に辿り着けた事に納得は出来るが、あの方が磐戸の中に封印されてもう数千年…貴殿が神代の世界から生き通しの古い龍であるとは失礼ながら思えぬ…」
 そんなオニの言葉を聞いたアオは口元に笑みを浮かべて言葉を返す。
「どう思おうがそれはそなたたちの自由じゃからな――信じたくなければそれはそれで構わぬ。そなた達が巨人族と銀河の生命体を掛け合わせて作られた種の末裔である事すら、いまや伝承として聞いておる程度であろうしな」
「!!」
 アオの指摘は図星であったらしく、オニたちの間に緊張の様なものが走った。
「そなたたちの王仁としての使命は形骸化したまま隠れ里で細々と命を繋ぎ、今や祈る事しか出来ぬ事になっておるのは誠に残念な事じゃ」
 アオはそう言うと、ピリカに「何故、伝承通り儀式をやっているのに地の磐戸が開かないのか? …と疑問を持たない事が問題であるという事にこの者たちが気が付かない限り、いくらやり方が間違ってると言っても無駄であると我は思うぞ」とオニたちに聞こえる様に皮肉を口にした。
 そんなアオの言葉を聞いたエルが納得の表情を浮かべる。
「そういえば、オニたちは「あやま知」を信じ切って、何かがおかしいと思う事すら出来なくなってるって言ってたもんな…」
 来訪者たちの間で交わされていた話を聞いて、オニたちが怒り出した。
「お使いから大切な客人だと聞いておったのに、こやつらは混乱をもたらす戯言を口にしたばかりか、我らを侮辱するとは!」
「我らは選ばれし一族! 聖なる存在である我らに対して失礼であろう!」と叫ぶオニたちにアオは冷ややかな視線を向ける。
「今や力も徳も失っておるというのに、気位ばかり高くて性根は臭き者となりはてておるとは情けない」
アオの辛辣な言葉に、他のオニ達も血相を変えた。
「あ~あ、怒らせちゃった…」
「心当たりがあるから本当の事を言われて腹が立つのであろう」
 話をする為にこの隠れ里へ来たはずなのに最悪な状態になってしまった事に戸惑うピリカに、アオは涼し気に応える。そんなアオの言葉がさらにオニ達の怒りに火を注いだ。
「この様な無礼な者は客人でも何でもない! 生かして返してなるものか!」
 不穏な言葉がオニたちから上がり、それに対してアオが「…上等」と嘲笑で返す。
オニたちとアオの一触即発といった険悪な空気を突然外から吹き込んだ桜吹雪がかき消した。
「…!」
 怒り狂っていたオニたちであったが、桜吹雪を目にした瞬間、その表情は驚きに変わり、慌ててその場にうずくまり頭を垂れる。
「?」
 怒り狂っていたオニ達の急変ぶりに、エルは訳が分からないといった様子で困惑していると、そよ風に乗って舞い散る花びらと共にふわりと一人の女性が姿を現した。
「——相変わらず、厳しいお方…」
 突如現れた女性は少し笑いを含ませ優しくアオに言うと、アオは無言で肩を竦める。
「…お知り合い?」
 不思議そうな顔で訊くピリカに、現れた女性は微笑みを浮かべながら頷いた。
「初めまして、コロボックルさん。わたくしこの青龍の古い知人のサクヤと申します」
「サクヤ? …んと、お花の精霊さんの偉い人だっけ?」
 小首を傾げるピリカの問いかけにサクヤはにっこりと微笑む。
「わたくしは喜びの花を咲かせる為のお手伝いをさせていただいているだけですわ」
「ああ、お花の精霊さんたちはいつもみんな嬉しそうだもんね」
 故郷の村で仲の良かった花の精霊たちの事を思い出したのか、ピリカは笑顔でそう答える。
「北の地は花たちにとって厳しい環境だけど、コロボックル族はお花たちを大切に扱ってくれているという話は聞いています…仲良くしてくださってありがとう」
「みんな森に暮らす仲間たちだもん。仲良くするのは当たり前」とピリカは屈託のない笑顔を浮かべた。
 そんな和やかな会話が交わされている間も、オニたちは頭を垂れたままで、その様子を横目で見ながらアオが口を開いた。
「御自らがお出ましになるとは、どういう風の吹き回しなんだか…」
「――わたくしが一番嫌いなものは、不調和だとよく知っているはずですわよね?」
 ピリカと話している時とは違い、若干咎める様な口調でサクヤはアオを見る。
「そなたの結界内で調和の波動を乱した事は詫びるが、我は血筋に胡坐をかいておったり、慢心しておる者が嫌いじゃ――それはそなたも承知しておろう?」
「だから、相変わらず厳しいお方と申し上げたのですわ」
 少し拗ねた様なアオにサクヤは朗らかに笑いそう言うと、頭を垂れて控えているオニたちに視線を移した。
「…私の結界内での争いは厳禁であるのを承知しているはずなのに、どういうつもりでしたの? ——ヲキ」
 サクヤにヲキと呼ばれたオニのひとりが地面に這いつくばるように平伏する。
「…申し訳ございません」
「全ての命は特別なのです――より良き者となる為に様々な経験を通して皆学び合っているのですから、何があっても自分の都合で他の命を殺してはなりません」
 サクヤは優しく穏やかに諭すようにそう言うと、オニたちに頭を上げるように告げた。
「この客人たちを王仁の末裔である貴方たちの所に案内させたのは、この星の地下深くに封じられたスサ様に磐戸からお出ましして頂く為なのです…その意志については双方異論はないはずですわよね?」
 念を押す様なサクヤの言葉にピリカ達もオニたちも頷く。
「お互いがいがみ合っていては、永遠にそれは叶わぬ事——それぞれが持つ情報も違えば能力も違う。それぞれの得意を持ち寄って協力しあえば、今まで不可能であった事も可能になるのではないかとわたくしは思うのです」
「うんうん、私もそう思う~」
 サクヤの意見にピリカは同意すると、アオに「アオだけじゃスサをあそこから出してあげられなかったんだから、みんなで仲良く協力した方がいいと思うの…だからオニさんたちに喧嘩を売る様な事言っちゃダメ」と釘を刺した。
「ピリカにそう言われては仕方がないのぉ…」
 アオは苦笑しながら肩を竦める。
――ほんとアオってピリカに甘いと言うか、弱いよなぁ…。
 ピリカとアオのやり取りを聞いていたエルは、そんな事を思いながら小さく笑う。
 小さな妖精に神の化身と言われている龍が従っている光景は、時に滑稽に見える事もあるが、できるだけ彼女の願いをかなえてやりたいと思うのは、純真無垢なピリカが持つ不思議な魅力なのかもしれないとエルは感じていた。
――そう言う俺も似た様なものだから人の事は…言えない…か。
 そんな考えを巡らせてエルは自嘲気味に小さく笑っている間にも、話し合いは続く。
「我々が間違っているから、地の磐戸が開かないのだと言っておられたが、それはいったいどういう意味なのだ?」
 ヲキと呼ばれていたオニは世話役の代表らしく、ピリカの話していた事が気になっていたのか、仕切り直しとなり話し合いが始まると、真っ先にその疑問を口にした。
「——お恥ずかしい話ではありますが、地の磐戸開きの儀は古くからの伝承に従って忠実に執り行っているだけなので、我々では何がどう間違っておるのか全く見当がつかぬのです」
 オニたちの隠れ里がある結界の主であるサクヤが仲介に入ったせいか、先ほどの不穏なやり取りなど無かった様に、ヲキは穏やかな口調で地の磐戸の前で行っていた儀式について補足を加えた。
「そうであろうな――王仁が知恵と能力を持って巨人達を指導していたのは一万年近く昔の話であるからのう。その頃にはまだ地の磐戸を形成している銀河連合の技術やノウハウといったものを王仁たちも学び駆使する事が出来たんじゃが…」
 ヲキが正直に現状を認めたからか、アオもわざと相手を刺激する様な事は口にせず古い記憶を口にする。
「一万年…って、この星ってそんな昔から宇宙人が関わっていたのかよ…」
 野ネズミであるエルの寿命は十数年である事を考えると、一万年は永遠にも感じられる古い時代からこの星に宇宙人が関わっていた事にエルは衝撃を受けて絶句する。そんなエルにアオは笑う。
「この星は辺境にある若い星じゃぞ――銀河中央に行けばこの星よりもずっと古い星々がごまんとある」
 アオの話を聞いて目を丸くしているエルにサクヤが「貴方のご先祖様は銀河中央の小さな星の種ですわよ」と微笑む。
「銀河中央って言われても…」
 想像を絶する話にエルが困惑していると、ピリカが「そんな古い話を知っているって事は、二人ともその頃から生きているんだね~」と感心したような表情を浮かべた。
「…時というものは状態を表しているものだから、時空を行き来する事ができる私達にはあまり意味あるものではないですけどね」とサクヤがコロコロと笑う。
「その頃は銀河連合と王仁たちとの交流も密接であり、この星に集められ、住まう全ての生き物たちが協力し穏やかな時代であったから、その時代の事を巨人達は神代の時代だとか、エデンの園の時代と呼んでおるようじゃがな」
「んと…その穏やかに暮らしていた人たちに悪い事を教えたのがサタンちゃんだったって事でいいんだよね?」
 さまざまな勢力の思惑が入り乱れている為、どのような時系列になっているのかが把握できていないピリカが訊ねる。
「神代の時代は数千年続いたので、サタンが「あやま知」を植え付けたのはここ最近——七千五百年ほど前ぐらいの話だと思うが…」
「ここ最近で七千五百年前とか、俺達とは時の感覚が違い過ぎて理解できねぇや」
 お手上げといった様子でエルがぼやくように呟く。
「…ねぇねぇ、スサがあそこに閉じ込められたのはいつくらいの話なの?」
「今から九千年前…ぐらい前になるかしら?」
 ピリカの質問にサクヤは小首を傾げながら答えた。
「宇宙人たちが世界のバランスを取る為に子の星に雛型…を作って、雛型作戦は上手くいったけど、それを気に入らなかった宇宙人さんが邪魔をして、スサが責任を取らされたのが九千年前。サタンちゃんが関わって来たのが七千五百年前でしょ? スサがいなくなってるのに、その間の王仁さんや巨人さんたちはどうしてたの?」
「スサ様と一緒に雛型計画を運営していた者達や王仁たちが各々の仕事を続けていたから、この星自体の穏やかな暮らしに影響が出る事はなかったの」
 サクヤの説明にピリカは「そうだったんだ」と納得したようだった。
「サタンの入れ知恵で巨人達は好き勝手するようになったが、この星の様々な場所に散らばった巨人達を再び取りまとめようと王仁たちが活動をした事によって、各地に様々な文明が花開いたが、巨人達に植え付けられた「あやま知」のせいで、どれも滅びの道を歩むことになってしもうた」
 無念極まりないといった様子のアオにサクヤが小さなため息を吐く。
「スサ様の幽閉により雛型計画が中断された後も、銀河連合が王仁と共に巨人族の発展の為の指導をしておりました…ですが、それも新しい文明が生まれては不調和の響きが広がり、欲を律する事が出来ずに最終的に欲を暴走させて滅びるという事を繰り返してしまったので、二千年ちょっと前にこの星から介入をやめて撤退を決定しましたの――この星で活動を続けていたわたくしたちは、この星に留まり、陰からこの星の生き物たち見守る事としたのです」
 この隠れ里は、この星に留まる事を決めたサクヤが、巨人達の指導から手を引く事を決めた王仁たちの住まう場所として提供したのだという。
「欲に忠実な獣の霊性となった巨人達と接していれば王仁たちも穢れてしまうので、隔離して穏やかに暮らしてもらう為に隠れ里に結界を張ったのですが…」
 銀河連合との交流は途絶え、巨人族と一緒に長い時を重ねてきた結果、時すでに遅し――王仁達もまた「あやま知」に汚染され、かつての様な知恵や能力は失われてしまっていた。
「宇宙の雛型であるこの星の不調和を再びスサ様にその手腕を発揮していただき、調和のとれた世界に戻して頂きたいのです」
 サクヤたちがスサを地の磐戸を開きたいと思い願っていた理由を聞いてピリカは大きく頷く。
「スサは何も悪くないのにあそこにずっと閉じ込められているけど、あの中でずっと調和の世界になりますようにって祈り続けてるって言ってた! そんなスサをこのままにしていちゃダメだと思うの! ——スサを助ける為にみんな力を貸して!」
 真剣な様子のピリカの訴えに一同強く頷いた。
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