旅するコロボックル2 ~天と地の磐戸開き~

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◆episode4

~案内人現る~

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 固く閉ざされた地の磐戸。
 これを開く手段を考える為にピリカとエルは磐戸に触れながらはるか高い場所にある天井付近を見上げていた。
「ほんとこれおっきいよね…上の方なんて暗いし遠いし…」
 巨大な一枚岩にしか見えないそれを前に、いかに自分がちっぽけな存在であるのかという事を思い知らされたのか、ピリカの言葉の語尾が小さくなっていく。
「これ動くとは思えねぇよな…本当にこれ扉?」というエルの素朴な疑問にアオは苦笑いを浮かべる。
「そう思うのも無理はない…これが本当の千曳岩——伊弉諾と伊弉冉の間を隔てたものと同じなのだから」
「…あれ、それって夫婦喧嘩をした神様の話だよね? 仲直りしたって言っていなかった?」
 あの世と言われている精神世界に来る時に聞いた話を思い出してピリカが首を傾げた。
「仲直りはしたが、千曳岩が無くなったとは言っておらぬが?」
 さらっとそう答えるアオの言葉を聞いてエルが困惑顔になる。
「仲直りしたって言っていたから、てっきり二人の間を隔てていたなんとか岩ってのも無くなったもんだと俺、思い込んでたよ」
 そんなエルの言葉を聞いてアオが笑う。
「それじゃよ――思い込みが物事の判断を狂わせる」
「あ~…」
 正しい判断が自分は出来ていると思っていても、そうではなかった事を知ってエルはバツが悪そうな顔になる。
「千曳岩を挟んで伊弉諾と伊弉冉の話し合いが行われ仲直りをする事となったが、千曳岩を動かすには様々な条件が揃わないといけなかったので、その条件が揃った時には二人で力を合わせて千曳岩を動かしましょうという事になっておる」
「でも千曳岩ってあの世とこの世の間に置かれたものなんでしょ? それがどうしてここにあるの?」
 理解できないといった様子ピリカにアオが説明を続ける。
「神話というものは精神世界での出来事と物質界での出来事の話が混ぜこぜになっておるので、象徴として考えれば理解しやすいかもしれぬ…」
 神話の巨大な岩——それは相反する存在を分断する存在として登場する事が多い。伊弉諾はこの世であり物質界の象徴で伊弉冉はあの世であり精神界の象徴、天の磐戸の話は光と闇の象徴。
「…では、この地の磐戸が隔てている相反するものは何じゃ?」
 思わぬ問いかけにピリカは頭を捻る。
「んと…全然悪くなかったスサは閉じ込められちゃってて、悪い事をした子達は自由にしているんだよね…」
「正直者と嘘つきとか」
 ピリカの呟きにエルが笑いながら茶々を入れた。
「そんな感じだけど、ピンとこないなぁ…」
「スサは調和をさせる仕事をしてたって言ってたよな…んじゃ、調和と不調和とか」
「ん~、それも違う感じ…」
 そんな会話をしながら考え込むピリカとエルにアオが「今、それが判らなくとも、磐戸を開けてしまえばわかる事だと思うがの」と言って笑う。
「そりゃそうなんだけどさ…アオはこの磐戸を開ける事が出来なかったって言ってたよな?」というエルの問いにアオは頷く。
「何らかの力が働いておるのか、地の磐戸そのものに我が干渉する事は全く叶わず、我の力では磐戸の横の空間を捻じ曲げて小さな勝手口を作るのが精いっぱいで、スサ様ほどの強大なエネルギーを持つ思念を通す程の大穴を開ける事は我の力では出来なかった」
「アオでも出来ない事があるんだ…」
 意外そうな表情を浮かべたエルにアオは笑う。
「我の事を神の化身などと言う者もおるが、我も古き存在のひとつではあるが、創造の力は持ち合わせておらぬ、しがないエネルギー体でしかない」
「創造の力か…」
 そう呟くとエルは考え込む。
「ええっと――巨人族は古き者と辺境の星の生き物で作り出した生き物で、その巨人族と銀河の生命体をさらに掛け合わせたのがオニ…でいいんだよな?」
 さまざまな話の内容を整理する為にエルが確認するように尋ねる。
「さようじゃ」
 アオが肯定するのを確認して、エルは自分の考えをまとめるように口を開く。
「…って事は、オニたちも古き者の子孫って事になるんだから、あいつらにも創造する力があるんじゃないのか?」
「言われてみればそうだよね~、巨人さん達はここまで来るのは無理そうだし、この場所の事を話しても信じてくれそうにないけど、オニさんはここにいっぱい集まって来ていたんだから、オニさんたちがこのおっきな岩を動かす何かを作り出しても良さそうなのに…」
 それをオニたちが何故やらないのか? という新たな疑問にピリカは首を傾げた。
「創造の力と言っても想いを形にする事であるからのう――「あやま知」に捉われている限りは本来持っている力を正しく使う事は出来ぬであろうな」
「そう言えば、スサもそんな事言ってたよね…やり方を間違っているから磐戸を開ける事が出来ないんだって」
 何がどう間違っているのか詳しい事はわからないが、スサやアオがそう言うのだからそうなんだろうと納得したらしく、オニたちが残していった火櫓の残骸を見ながらピリカは考え込む。
「…ねぇアオ。オニさんたちって何処に住んでるの?」
「?」
 ピリカの質問の意図を理解出来なかったのか、アオはきょとんとした顔になる。
「たくさんのオニさんたちはみんな何処かに行っちゃったんだから、住んでいる所があるって事だよね?」
 それに前に来た時には火櫓など無かったので、どこかから運んできたとしか考えられないとピリカは言う。
「…そうだよな、この火櫓の柱はかなり長いし大きいから、オニたちが簡単に運んでこれるような大きさじゃないし」
 オニたちをすぐそばで観察した訳ではなかったが、遠目からでもオニたちのシルエットより火櫓の方が数倍大きかったのを思い出してエルは頷く。
「オニの住むところ…我は直接関わる事がなかったので詳しい場所は知らぬ」
「サタンがいた高次元の時もアオはそんな事言ってたよな」
「我の管轄はあの世とこの世であるからな――次元違いの世界の事となると解らぬことばかりじゃ」
 サタンの時の件では、高次元に入ってすぐに銀河連合で使われているタイプと同じようなシステムの端末を見付ける事が出来たので、そこから位置情報を引き出すことが出来たので、迷うことなくサタンの所まで辿り着く事が出来たのだと言ってアオは肩を竦める。
「…って事は、あの世でもこの世でもない場所にオニさんたちが住んでるって事?」
「ここに出入りしておるという事は、精神世界を住処にしておるのであろうな――王仁としての役割を担っていた頃は物質界にも多く住んでおったが、「あやま知」の世となってから物質界で見かける事はほとんどなくなってしもうたからの」
 今はどの空間に身をひそめているのか、見当がつかないとアオは言う。
「オニさんたちに、やり方が間違っているからスサが出てこれないんだって事教えてあげようと思ってたのに、住んでいる所がわからないんじゃあ…」とピリカが困った様子でいると、エルはどこからか自分たちが誰かに見られている様な感覚を覚える。
「…誰だ?」
 地の磐戸の前の大空間を見回しながらエルは警戒した面持ちで誰何すると、エルの声に反応するように磐戸正面の奥の方で影の様なものが集まり、人の形を取り始めた。
「影?」
 目の前で起きている怪異にピリカが不思議そうに見詰める。
「これはまた面妖な…」
 のんびりとした口調でアオはそう言いながらも、ピリカ達を守る様に影との間に入った。
 人の形をとった影はその影の密度を変え濃淡が出来たと思うと、それはやがてツバの有る黒い帽子に黒いスーツ姿の老紳士の姿となる。その姿を見たピリカが怪訝そうな表情を浮かべた。
「…あれ? どっかで…?」
 それを見るのは初めてであるはずなのに、最近何処かで見た様な気がしてピリカは首を傾げる。
「小龍が探しておった者ではないか?」
「あ!」
 アオの言葉に記憶が一致したのか、ピリカとエルは声を上げる。
 アオが言う様に小龍のワッカが、探している者の姿だとピリカ達の思考に送ってきた老紳士像と、目の前に現れた人物の特徴は同じであった。
「このような場所に面妖な現れ方をしたのであるから、ただ者ではあるまい…」
 アオはピリカ達にそう言うと、老紳士に向き直る。
「我らに用か?」
 そんなアオの問いかけに老紳士は被っていた帽子を取ると、その帽子を胸に当てながら慇懃に会釈をした。
「大変失礼いたしました。わたくしはとある方にお使いするフヨウと申す者——主の命によりお迎えに参りました」
「…主?」
 怪訝な表情を浮かべるエルに老紳士は頷く。
「今ここでその名を言挙げする事ははばかれますのでご容赦を…」
「…」
 フヨウと名乗る謎の老紳士の言葉にエルは疑問を口にする。
「お迎えって、どこに俺たちを連れて行くつもりなんだ?」
「ここで奉りを執り行っておった者達の所へご案内させて頂きます」
「…って事は、オニたちの所へって事だよな?」
「さようでございます」
 老紳士の言葉を聞いてエルは助けを求めるようアオを見る。
「オニたちの所へ案内してもらえるのは助かるが、何故そのような事を?」
 老紳士の言葉の意図を探る様にアオが口を開く。
「主の命でございます――その理由までは存じ上げておりません」
「…」
 フヨウと名乗る老紳士の返答にアオは思案する様な表情を浮かべていると、ピリカが「連れて行ってもらおうよ」と言い出した。
「わからぬ事ばかりであるのに、この者のいう事を信じるというのか?」
「オニさんの所に連れて行ってくれるって言ってるんだから、この案内人さんいい人なんだよ」
 人を疑うといった事など微塵も感じさせないピリカの言葉に、アオは思わず苦笑いを浮かべる。
「ピリカらしい考え方じゃな――ピリカがそうしたいと言うのであれば、そうしようではないか」
 そんなアオの言葉を聞いたエルは驚愕した様子で声を上げる。
「…ちょっ…アオまで、何を言いだすんだよ!」
 いくら何でも怪しい事この上ないこの老紳士の話にアオまで乗るとはエルは信じられなかった。
「手詰まり感があったのは確かであるし、ピリカがそうしたいと言っておるのであるから、構わぬでないか――何の為に我がついてきたと思うておる。一緒に行くのが嫌ならお前はここで待っておっても構わぬのだぞ?」
 アオにそう言われてしまうと返す言葉が見つからなかったのか、エルは肩を竦めて渋々といった様子ではあったが、自分も一緒についていく事に同意をする。
「…じゃあ、案内人さん、案内よろしく」
 エルの心配をよそにピリカは明るく笑顔でそう言うと、老紳士は「承知いたしました。ではこちらへ…」と言うと、ゆっくりと歩き始めた。

 地の磐戸から老紳士に誘われるまま、妙につるつるした素材で出来た人工的な通路の緩やかな登り坂を歩きながらずっと何かを考えていた様子のアオが口を開いた。
「案内人…おぬし、フヨウと名乗っておったな」
「…はい」
「ずっとどこぞで見かけた気がしておったが、もしや芙蓉仙人か?」
「…さようでございます」
「——やはりそうであったか」
 アオはようやく腑に落ちたといったな表情を浮かべたので、何が何だかわからないといった様子のエルが怪訝な顔でアオに尋ねる。
「知り合い?」
「この者とは知り合いといった仲ではないが、この者の主とは所縁があってな――その縁者の側に控えておったのがこの者じゃった」と言って、アオは「大昔の事だったのですっかり失念しておった」と言って笑う。
――アオが忘れるほどの大昔って…とエルが思っていると、ピリカが「仙人ってなあに?」と訊く。
「仙人とは心身ともに厳しい自己鍛錬をした巨人族の事じゃ――これらは巨人族ながら我らに近い力の使い方を会得しておる」
「巨人族⁈」
 思いもしなかった話にエルが驚いたように老紳士を見る。
「影が集まってこの体が現れてたよな…そもそも肉体を持っていない巨人族なんているのか?」
 そんなエルの疑問に老紳士が答える。
「私もかつては肉の衣を纏っておりましたが、千年近く経ちますと劣化が激しくなりましたので肉の衣は土に還しました。ただ、まだまだ修行中の身ゆえ、こうしてこの地に留まっております」
「…は?」
 何を言っているのか解らないといった様子でエルが聞き返す。そんなエルの様子がおかしかったのかアオが笑う。
「この者は肉の衣を脱ぎ捨てた後も、自らの意思と力で今のお前と同じような状態になったのじゃよ」
「…って事は半霊半物質?」
「物質界でも高周波数高エネルギー体であれば、自らの力で精神体に空間に存在する分子を集めて実体化させる事が出来る。物質界が長かった生命体は肉の衣を纏っていた時の姿を取っていた方が魂を個として安定させやすいし、他者に認識させやすいのでそのような形態をとっておる――という事で良いな? フヨウ」
「恐縮でございます」
 アオの解説にフヨウが小さく頭を下げた。
「ねえ、どうして仙人になろうと思ったの?」
 興味津々といった様子でピリカは質問を続ける。
「世界の不条理な事や無常さに疑問を感じ、そもそも我々は何の為に生きておるのかという疑問を持っておりました」
 古い文献を調べていくうちに、世界は物質だけで構成されているのではなく、その根底には精神世界があり、肉の衣を纏って物質界で暮らすことは学びであり、修行をする事によって魂を成長させる事だと知りましたので、俗世から離れ山に入って自然の中で魂の修業をしようと思ったのだという。
「…へぇ、かなり変わった巨人だったんだ」
 素直な感想をエルが口にすると、フヨウは「それはもう最初は大変でございました」と笑う。
 文明の利器に囲まれ便利で快適だった生活から、野山を駆け回り、滝に打たれ瞑想し、木の実や草、時には木の根をかじりって飢えと戦い、山の斜面の窪みで雨風をしのぐ毎日。厳しい自然環境の中で修業を続けているうちに、ふくよかだった体からみるみる肉が削ぎ落ちていった。
「元の巨人さん達の暮らしに戻ろうとは思わなかったの?」
 そんなピリカの問いかけにフヨウはゆっくり左右に首を振って「肉が落ちていくにつれ不思議と頭は冴え、力がみなぎり感覚が研ぎ澄まされて、さまざまなモノの気配を感じ取れるようになり、やがて肉の衣を持たない者たちの姿が見えたり声が聞こえるようになってきたのが嬉しくなりまして、更なる境地を目指すようになったのです」言って微笑んだ。
「新たな境地?」
 不思議そうなピリカにフヨウは微笑む。
「風と語らい、花を咲かせ、自在に雨を降らせる不思議な力を持つ方と出会ったので、その方に教えを乞うたのです」
「精霊さんとお友達って事は、私みたいなの?」
 そんなピリカの質問にフヨウはどう答えればいいのかといった戸惑いの表情を浮かべる。そんなフヨウにアオが「それがサクヤであったのだな」と助け船を出した。
「サクヤ?」
 初めて耳にする名にピリカとエルが顔を見合わせる。
「花の精霊王の名――植物を創生した際に管理者となった宇宙の種の一つじゃよ」
「おう? それ食べられる?」
 そんなピリカの反応にフヨウが小さくプっと噴き出す。
「コロボックルで例えるならば、この宇宙全部のコロボックルを代表する長みたいなものといえば、想像ができるかの?」
 ピリカ達に「王」という概念がない事を思い出したアオが補足すると、「え~、村とかじゃなくて、そんなに広い世界のたくさんを取りまとめる長? うわ~、大変そう」と、何となくではあるが「王」という存在の意味を理解したようであった。
「この小さなお方はコロボックルでございましたか…」
 アオ達の話を聞いていたフヨウはそう言うと、噂では聞いた事があったが本物のコロボックルと会ったのは初めてだという。
「コロボックルの波動の周波数がここまで精霊に近いとは…」
 驚きを隠せない様子のフヨウにアオが笑う。
「コロボックルは妖精族じゃからな」
「妖精族…でございましたか…」
 アオの説明を聞いてフヨウは小さく呟く。
「コロボックルも隠れ里の様な所で暮らしていると聞いておりますが、オニたちもまた普段は隠れ里で暮らしておりますよ」と言って優しい笑みを浮かべた。
「サクヤの命によってオニたちの所へ案内すると言っておったが、サクヤとオニたちはどういう関係であるのだ?」
「オニたちの隠れ里は主が護りし山の中にございますので…」
「そう言う事であったか…」
「はい――隠れ里はその扉の向こうでございます」
 フヨウはそう言うと、通路の突き当りにあった古びた木製の扉を恭しく開け放った。
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