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RESTART──先輩と後輩──
崩壊(その四十一)
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バキィッ──視界の端から端に映り込んでは、凄まじい勢いで溶けて流れて過ぎ去っていく、無数の景色を尻目に。宙を滑るようにして飛ぶクライドは、そのまま『大翼の不死鳥』の扉に激突し。瞬間、扉は破砕され幾つかの木片と化し、彼はそれらと共に外へと放り出される。
木片が次々と地面に落下していく最中、クライドだけは依然として宙を飛び続け。だがそれも永遠ではなく、徐々にその高度も落ち、彼の身体もまた地面へと落下した。
「ごえッ、おぼッ」
が、それでクライドが止まることはなく。地面に叩きつけられては跳ね上がり、また叩きつけられては跳ね上がることを数回、繰り返し。
次第にその勢いも死に始めるが、今度は何度も翻筋斗打っては為す術もなく、受け身も取れずに、クライドはボールになってただただ、地面を転がり続けて。
そうして数分の時間をかけ、ようやっとクライドの身体は完全に止まり、その場に留まるのだった。
また言うまでもなく、今は日中。往来の人通りの真っ只中を、クライドはこのようにして宙を吹っ飛んでいた訳だが。奇跡的に彼の射線に街道を歩く人々が重なることはなく、しかし翼を持たない人間がそのように宙を飛ぶ様を、数多くの者が目撃した。
「お、おわっ?何だあ!?」
「きゃあッ!」
「と、飛んでる……冗談みてえに人がぶっ飛んでらぁ……」
「凄えな。地面に落ちてもまだ、ボールみたいに転がってるよ、あいつ。は、ははは……」
そうして多くの人々に驚愕と奇異の眼差しを向けられながら、ようやっと静止したクライドだが。そのまま、地面に倒れ込んでうつ伏せになったまま、彼は全く微動だにしない。
「……え、あ……?し、死んじゃった……?」
と、今この場にいる誰かが、そう呟いた瞬間。
「…………あっ、がぁ、お゛え゛っ……ぼ」
クライドはガクガクと肩をひっきりなしに震わせながら、グラグラと左右に揺れながら、やっとのことで上半身だけを地面から起こして。直後、その口からどろりとやたら粘っこい血を吐き出した。
ボタボタと血が汚らしく垂れ落ちる音に混じって、コツコツと硬くて軽い何かが地面に落ちる音もする。それは一体何なのだろうと、まるで目の前の現実から逃げるように、クライドは焦点が一向に合わず、使い物にならない視界でその正体を探った。
眼下に広がる、自らの吐血の跡。その血の中に、数個の白い欠片のような物体が沈んでいるのを見つけ。それは人間の歯で、それが自分の歯なのだと。クライドはまるで他人事のようにそう気づく。
「が、ががっ……ぎ、ぃ、おげぇあ、あぎっ」
鼻腔の中がひたすらに血生臭い。口腔の至るところから、鉄の味がする。というより、それしかしない。
やっとのことで肺に取り込む空気が、まるで幾重にも夥しく積み重なった、まだ鮮度を保っている死体から流れ込んでくる、血と鉄の臭気に満ちているようで────呆然とそれを感じていると、不意に顔面全体が痺れ。束の間、想像を絶するような。否、想像すらしたくもない程の鈍痛にクライドは見舞われ。堪らず、彼は悶絶してしまう。
──い゛っ、いた、いいたいいたいたい……痛い痛い痛い痛い痛い…………ッ!?
「あ゛あ゛ッ、ぎぎ、がぁっ……い゛い゛い゛い゛ッッッ」
終わりの見えない、極まったその鈍痛に。クライドはその場に転げ回りそうになるが、そうするだけの体力も残されておらず。結果、彼は尋常ではない様子で小刻みに身体を揺らし、震わせ。再度その口から唾液混じりの血と共に、不鮮明にくぐもった呻き声を漏らすことしかできない。
──た、助けっ……誰か助けて、くれ……っ!
と、もはや堪えられそうにないと悟ったクライドが、周囲に助けを求めようとした、その時。
「クラハのああいうとこ……別に嫌いじゃねえけど、好きでもねえんだよな」
クライドの助けを求める、その心の声に応えるようにして。しかし、彼にとっては今一番耳にしたくない声が頭上から降りかかって。彼が咄嗟に顔を上げる────よりも早く。
「てな訳で。クラハに免じて、今回は小突くだけで勘弁してやるよ」
突然前髪を掴まれ、そのまま引き千切られる勢いで。無理矢理に、クライドは顔を上げさせられた。無論言うまでもなく、彼のすぐ目の前にいるラグナの手によって。
「お前、今度またクラハに小っちぇことやってみろ」
わざわざ腰を下ろし、律儀にクライドとの目線を合わせながら。ラグナがそう言った瞬間、クライドは息を呑む。呼吸を止める。呼吸の仕方を忘れてしまう。
「そん時はあいつが何言っても」
そしてクライドは見る。見てしまう。彼には見える。見えてしまう。
先程の竜種など比にならない、否比べることですら、もはや馬鹿らしくなるまでに。あの竜種など、小さな蜥蜴でしかなかったと思い知らされる程に。
言葉などでは到底言い表すことも、形容すらできない。それをすること自体烏滸がましく、そして憚られてしまうような────化け物。或いは、怪物。どちらにせよ、とてもではないが生物風情が立ち向かえるはずもない、歯向かっていいはずがない存在であることだけは、確かで。
ただひたすらに悍ましく、ただひたすらに恐ろしい。千里、万里離れた場所から視界の端の隅に映したとしても。それでも総毛立つような恐怖に駆られ、忽ち精神を崩され壊されてしまうような────そんな存在が。
ぼっかりと大口を開け、その底はおろか一寸先ですら見通せない、深淵が如きその口腔を。此れ見よがしに見せつけながら、ゆっくりと迫り。そして、こちらの頭を徐に咥え込み────
「潰す」
────ブチン、と。喰い千切るのだった。
木片が次々と地面に落下していく最中、クライドだけは依然として宙を飛び続け。だがそれも永遠ではなく、徐々にその高度も落ち、彼の身体もまた地面へと落下した。
「ごえッ、おぼッ」
が、それでクライドが止まることはなく。地面に叩きつけられては跳ね上がり、また叩きつけられては跳ね上がることを数回、繰り返し。
次第にその勢いも死に始めるが、今度は何度も翻筋斗打っては為す術もなく、受け身も取れずに、クライドはボールになってただただ、地面を転がり続けて。
そうして数分の時間をかけ、ようやっとクライドの身体は完全に止まり、その場に留まるのだった。
また言うまでもなく、今は日中。往来の人通りの真っ只中を、クライドはこのようにして宙を吹っ飛んでいた訳だが。奇跡的に彼の射線に街道を歩く人々が重なることはなく、しかし翼を持たない人間がそのように宙を飛ぶ様を、数多くの者が目撃した。
「お、おわっ?何だあ!?」
「きゃあッ!」
「と、飛んでる……冗談みてえに人がぶっ飛んでらぁ……」
「凄えな。地面に落ちてもまだ、ボールみたいに転がってるよ、あいつ。は、ははは……」
そうして多くの人々に驚愕と奇異の眼差しを向けられながら、ようやっと静止したクライドだが。そのまま、地面に倒れ込んでうつ伏せになったまま、彼は全く微動だにしない。
「……え、あ……?し、死んじゃった……?」
と、今この場にいる誰かが、そう呟いた瞬間。
「…………あっ、がぁ、お゛え゛っ……ぼ」
クライドはガクガクと肩をひっきりなしに震わせながら、グラグラと左右に揺れながら、やっとのことで上半身だけを地面から起こして。直後、その口からどろりとやたら粘っこい血を吐き出した。
ボタボタと血が汚らしく垂れ落ちる音に混じって、コツコツと硬くて軽い何かが地面に落ちる音もする。それは一体何なのだろうと、まるで目の前の現実から逃げるように、クライドは焦点が一向に合わず、使い物にならない視界でその正体を探った。
眼下に広がる、自らの吐血の跡。その血の中に、数個の白い欠片のような物体が沈んでいるのを見つけ。それは人間の歯で、それが自分の歯なのだと。クライドはまるで他人事のようにそう気づく。
「が、ががっ……ぎ、ぃ、おげぇあ、あぎっ」
鼻腔の中がひたすらに血生臭い。口腔の至るところから、鉄の味がする。というより、それしかしない。
やっとのことで肺に取り込む空気が、まるで幾重にも夥しく積み重なった、まだ鮮度を保っている死体から流れ込んでくる、血と鉄の臭気に満ちているようで────呆然とそれを感じていると、不意に顔面全体が痺れ。束の間、想像を絶するような。否、想像すらしたくもない程の鈍痛にクライドは見舞われ。堪らず、彼は悶絶してしまう。
──い゛っ、いた、いいたいいたいたい……痛い痛い痛い痛い痛い…………ッ!?
「あ゛あ゛ッ、ぎぎ、がぁっ……い゛い゛い゛い゛ッッッ」
終わりの見えない、極まったその鈍痛に。クライドはその場に転げ回りそうになるが、そうするだけの体力も残されておらず。結果、彼は尋常ではない様子で小刻みに身体を揺らし、震わせ。再度その口から唾液混じりの血と共に、不鮮明にくぐもった呻き声を漏らすことしかできない。
──た、助けっ……誰か助けて、くれ……っ!
と、もはや堪えられそうにないと悟ったクライドが、周囲に助けを求めようとした、その時。
「クラハのああいうとこ……別に嫌いじゃねえけど、好きでもねえんだよな」
クライドの助けを求める、その心の声に応えるようにして。しかし、彼にとっては今一番耳にしたくない声が頭上から降りかかって。彼が咄嗟に顔を上げる────よりも早く。
「てな訳で。クラハに免じて、今回は小突くだけで勘弁してやるよ」
突然前髪を掴まれ、そのまま引き千切られる勢いで。無理矢理に、クライドは顔を上げさせられた。無論言うまでもなく、彼のすぐ目の前にいるラグナの手によって。
「お前、今度またクラハに小っちぇことやってみろ」
わざわざ腰を下ろし、律儀にクライドとの目線を合わせながら。ラグナがそう言った瞬間、クライドは息を呑む。呼吸を止める。呼吸の仕方を忘れてしまう。
「そん時はあいつが何言っても」
そしてクライドは見る。見てしまう。彼には見える。見えてしまう。
先程の竜種など比にならない、否比べることですら、もはや馬鹿らしくなるまでに。あの竜種など、小さな蜥蜴でしかなかったと思い知らされる程に。
言葉などでは到底言い表すことも、形容すらできない。それをすること自体烏滸がましく、そして憚られてしまうような────化け物。或いは、怪物。どちらにせよ、とてもではないが生物風情が立ち向かえるはずもない、歯向かっていいはずがない存在であることだけは、確かで。
ただひたすらに悍ましく、ただひたすらに恐ろしい。千里、万里離れた場所から視界の端の隅に映したとしても。それでも総毛立つような恐怖に駆られ、忽ち精神を崩され壊されてしまうような────そんな存在が。
ぼっかりと大口を開け、その底はおろか一寸先ですら見通せない、深淵が如きその口腔を。此れ見よがしに見せつけながら、ゆっくりと迫り。そして、こちらの頭を徐に咥え込み────
「潰す」
────ブチン、と。喰い千切るのだった。
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