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第五十九話【独占欲と我儘】前

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 Subはご主人様であるDomの事を美化していると聞く、主人だと思っているのだから仕方ないともいえるが、常に完璧で素晴らしい人だと思いがちだ。
 実際はそんなことはなく多くのDomが嫉妬深く、横暴でわがまま、子供のような性質を持っていることが多い。
 それでもSubはDomの言葉を信じてしまう。例えば、Domが黒を白だと言えば、そう言われればそんな気がしてくるのだ。
 それはありえないと思っていたことでも、至極あっさりと流されてしまう。
 自分の母はその傾向が強かったように思う。家具や、食べ物、服装、価値観、すべてがパートナーに影響されていた。
 しかし、それは母だけであり、力也には興味が薄かった所為か影響を及ぼすほどの物ではなかった。そこは不幸中の幸いだろう。
 ともかく、そんなご主人様至上主義のSub達とは自分は違うのだろうなと、力也は思っていた。

「はぁ?セーフワードが【不出来な僕をもっと愛して】!?」
「そうだったんだよ。もう、セーフワードなのか、ねだってんのか」
「どおりで焦ってた筈だ。せっかくならそのままにしとけばよかったな。そしたら思いしっただろうに」
 
 咄嗟に口にしなければならないセーフワードにしては長く、制止の意味で使うには不釣り合いだ。
  Subの青年がバカなDomのせいで言葉を失うと思い、力也に聞き出して貰ったのに、むしろDomが望む言葉だったことに、冬真は舌打ちした。

「くっそ! あのガキの所為で余計な時間くったし」
「どうどう」

 いきなり飛び込んできたゴタゴタで、予定していた以上の時間を取られてしまい、苛立ちが収まらないのかブツブツ文句を続ける冬真を力也はなだめる。
 基本的に力也といれば機嫌がいい冬真だが、気に食わないDomがいた時など、なかなか切り替えられない時もある。

「先生もなんで俺と力也を巻き込んだんだよ」
「それは俺が前に出ちゃったからだろ?」
「んなわけねぇ。あのくらいっていうのも変だけど、先生たちならどうにでもなるんだよ。だてにあの学校まとめてねぇよ」

 Domの青年を落ち着かせようとわざわざ前に出て行ってしまった所為で、同席させざる得なくなったのかと思っていたのに違うらしい。言われてみれば、いかに他校の生徒であっても日々相手をしている生徒たちと同じ年ごろの相手だ。あの学校の教師なら、手玉にとるぐらい余裕でできるだろう。

「じゃあ、あのSubの子もあのままでもどうにかできたのか」
「あ、そっちは無理。あの場合、SubはSub同士隔離で正解ってか他に方法ない」
「でも、先生たちSubの生徒も見てんだろ?」

 Sub科があるのだから、それなりに色々経験しているはずだと思っていたのに否定され驚いたように聞き返した。

「見てるけど、先生たちもSubにはべた甘だし、どうしてもDomを批判しちゃうから余計心を開いてくれなくなんだよ」
「歪みねぇな」

 それは先ほど、Domの青年相手に怒りをあらわにした冬真と全く同じ内容だった。それが教育方針なのは知っているが、あの状況でもそれが関係あるなどどこまでもブレない。

「お前がいなければSubの先生呼ぶか、Subルームの一番高ランク連れてきたと思う」
「ってことは俺は余計な事しちゃったのか」
「それとこれとは別、力也があの子からセーフワードを引き出せたのはすごいし、あの状態で落ち着かせることができたのもお前だからできたんだよ」

 そう微笑みを浮かべると、冬真はいつものように“いいこ”と、頭を撫でた。

「仲間を助けて偉かった。アイツを止めた力也、すごいかっこよかった。アイツのグレアきつくかっただろ?」
「そうでもなかったけど?」

 確かに不快か不快じゃないかと問われたら、不快だった。それでも耐え切れないというほどではなく、恐怖も感じなかった。かなり苛立ってグレアの制御ができなくなっているのはわかったが、普通に前に立てた。

「多分、冬真がいたから全然平気だったんだよな」

 やっぱり、クレイムまでしたDomが傍にいると安心感も違うと、嬉しそうな力也の横で冬真は少し考え込むようにしていた。

「あれAランクだろ? グレアシールドあればなんとかなるかなって感じだったのに、あのままでも行けたし。今日はCollarもタグもあるし、気が大きくなるってこういうことなんだな」
「そっか。なんにしろ、具合悪くなってなくてよかった。じゃあ、俺のご褒美もいらないな」

 無茶をしたわけではなく、余裕があった状態でなんとかなったのは冬真のおかげだと、本気で思い込んで嬉しそうな力也に、予想外の意地の悪い言葉がかけられた。
 確かに、冬真の力があってこそなら、ご褒美をもらうのもおかしいのだが、いらないと言い切れる物でもない。
 褒められなくても、ケアしなくとも大丈夫だと思っていた自分はどこにいってしまったのだろうかと思うほどに、目の前にチラつかされると欲しくなる。
既に先ほど褒めてもらっているのに、どうしても期待してしまう。

「少しだけでもいいから欲しいです」
「少しだけ?」

 その素直なおねだりに気を良くしたのだろう、冬真はにっこりとどこか面白がるような笑みを浮かべ力也に迫る。

「……少しでいいし、後でいい」

 迫られ、壁際に押されてしまった力也はその鍛えられた体と強気の態度に似合わない、弱弱しい要求を口にした。

「却下」

 主人らしい雰囲気を浮かべ、否定されてしまえば逆らう気も起きず、ただ受け入れるしかないという想いだけが頭をしめる。
 脳裏にいやな予感がよぎるがそれは、言葉通り褒めてもらえないと消失感とは違う。

「後なんて無理! 少しだけもなし、たっぷりあげる」

 にこっと満面の笑みを浮かべられ、逃げる前に両手で抱きしめられる。小学生たちが帰ってくる時間になり、人通りも増えた道で抱きしめられ、恥ずかしさのあまり暴れようとするが体が動かない。

「いいこ、力也。Good Boy、本当にすごい、かっこよくて優しい。お前は俺の自慢のSubだ」

 ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でたかと思えば頬へキスをした。チュッ、チュッとまるで外国の挨拶でみるような、両方の頬へキスをする。
 同時に暖かな愛情の籠ったグレアが力也を包み込む。愛していると一心に伝えてくるその感覚に身を任せる。
沢山耐えた訳でも辛い目にあったわけでもないのに、こんなに幸せな気持ちにさせてもらっていいのだろうかとも思うが、それよりも幸福感を手放したくない。

「力也、俺が幸せにする。沢山沢山甘やかすし、大事にするから」
「冬真?」
「愛してる。よく頑張ったな」

 先ほどのことだけとは思えない、慈しむような口調にどうしたのかと不思議に思い顔を上げた力也は自分たちに送られる視線に気づいた。

「やばっ、冬真いこう」

 向けられていた小学生の子供たちや、道行く人々からの目線から逃げるように手を引っ張り川沿いの道に入る。

「冬真、なんかあった?」

 自分の知らないところでなにかがあったとしか思えない。それも、冬真本人のことではなく、恐らく自分自身に関係する物だと思えた。

「俺に関係する事だろ?」

 自分から口にする前に問いただされ、気まずそうに目線を反らした冬真は、問い詰めるような視線を向けられため息を吐いた。

「お前、昔ここに来た時に輪姦されたって言ってただろ?」
「それがどうしたんだ?」

 確かにそれは癒してくれると言っていたが、それだけとは思えず続きを促すように見つめ返す。

「で、そんときサブドロップしたんだろ?」
「うん、気づいたらなんか病院にいた」
「そのサブドロップを起こした時に病院に運んだ人達がさっき職員室にいたんだ」
「え?」
「うちの新任の教師だって。お前の事覚えてた」

 そう正直に話した冬真に一瞬理解ができずに固まっていた力也だが、次の瞬間珍しいほどの低い怒りを込めた声をだした。

「はぁ? なにそれ、なんでもっと早く言わなかったんだよ!」

 記憶ははっきりしないが、好き放題されていたあの時誰かに助けてもらったのはなんとなく覚えている。助けようとしてくれたのに、サブドロップを起こしてしまったのも申し訳なく思っていた。
 起きた時にその場にいた医師に話を聞いたが、どこの誰かまではっきりと教えてくれることはなかった。
 あの後、学校に行っても誰も手出しをしてこなくなったから、よほどのことをしてくれたのだとわかっていたが、お礼を言うこともかなわずにいた。

(お礼、言わなきゃなんねぇのに!)
「なんでって、それどころじゃなかったし。会わせたくなかった」
「会わせたくなかったってなんだよ。俺まだお礼も言えてないのに」
「悪かった。でも、お礼なら俺が言っておいたから」

 散々問い詰めたうえで、言ったのは伏せて、怒る力也をなだめるように言えば、睨まれてしまった。

「いつか自分でお礼を言うんだって思ってたのに」
「悪かったって」
「俺、会ったからって思い出してパニックになったりしねぇよ?」
「それはどうかわかんねぇだろ」

 力也は思い出しても耐えられるつもりでいるが、実際に耐えられるかはその時になってみないとわからない。そしてそんな危険な賭けをするつもりも冬真にはなかった。

「お前を助けたのは当時王華学校の一年だった二人の生徒だって、祭りの日にたまたま見つけて助けに入ったんだけど、その時に出したグレアが最後の一押しして、お前をサブドロップさせちゃったこと気にしてた」
「俺、謝らなきゃ」
「力也はそんなこと気にしなくていい。確かに、気にしてたけど、元気そうなお前の様子見てすごい安心してたから」
「けど、せっかく助けてくれたのに」
「どうせ、いいかっこしたかっただけだからいいんだよ。それに……」
「それに、なんだよ?」

 せっかく助けてくれたのに自分でお礼を言わないなんて失礼すぎると焦る力也へ、仕方なさそうに冬真はため息をついた。
 こんなこと言いたくなかったと聞こえてきそうな態度に、何を言われるのかと身構えたが続く言葉に思考が止まった。

「お前のヒーローは俺だろ?」

 それはあきれるほど単純な、嫉妬と独占欲だった。

「恩人二人に会ったら、嬉しい、かっこいい! 好き! ってなるかもしれないだろ」
「……」
「向こうもお前の様子見てすり寄ってくるかもしれないだろ!? だからダメだ」

 説明すればするほど、呆れる力也の様子には気づいているがこれが本心だった。確かに力也を救ってくれたことは感謝しているが、それとこれとは話が別だった。

「……わがまま!?」

 わかりやすく言えば八つ当たりと嫉妬、更には独占欲、まさにただの我儘だ。
 つらかった過去も全て救いたい、癒したいと言っていた冬真の優しさが予想外なところに落ち着いてしまっている。
 ご主人さまとしての意地もあるのかもしれないが、過去に救ってくれた恩人にさえ、警戒心をあらわにするのはいかがなものか。

「因みにあの時いた?」
「いた。若いジャージ着てた二人」
「あー、あのしっかりしててカッコいい二人……なんてな、覚えてねぇよ。あの時俺、冬真と押しかけてきた二人にしか目に入ってねぇよ」

 一瞬如何にも好印象として覚えていたように言った力也だが、あっさりとそれを否定した。

「そう簡単に、冬真の位置は揺らがねぇよ」

 自信満々にニヤッと笑い返した力也へ、先ほどまで不機嫌そうにしていた冬真も参りましたと笑い返した。
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