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第五十八話【引き寄せ体質】後
しおりを挟む「望むセリフってのは自然と口にできるように導くもんだろ。自分ができないからってSubに押し付けんなよ。できそこない」
「トオルはできそこないなんかじゃない!」
容赦のないその言葉に、言い返したのはトオルと呼ばれるDomの青年ではなく、先ほどまで震え続けていたSubの青年だった。
彼は先ほどまでの脅えるような様子とは違い、冬真を見るとはっきりと言い切った。
「確かに発言を制限されたけど、それだってPlayのひとつで俺だって合意してた」
「だから尚の事悪いんだよ」
「え?」
そう言い返してきたSubの青年に、冬真はいままでとは違い居心地悪そうなため息をついた。Subを大事にしたい冬真にとって、人のSubであってもSubに責められるのは居心地が悪い。
「望んでなきゃまだマシなんだよ。無理やり言わされてるなら、Play中だけのことにできんだよ。でもな、その言葉を自分が望んでいる本心だと錯覚して、思い込んでしまったら不味いんだ。お前だって最初は気が進まず、それ以外を言ってたはずだ。それが、言い間違えるたびにお仕置きされ、段々何を言えばいいのかわからなくなっていったんじゃないのか?」
発言していいと言われた言葉以外を発言し、その度に怒られお仕置きをされれば、誰もが言われた言葉以外を発することができなくなる。しかし、Dom、Subの行うPlayはお仕置きのほうが割合が高いと言われることもある様に、言われた言葉だけしか言わなくとも更に酷い目にあうこともある。
例えば、肯定しかしてはいけないと言われたのに、望まれたことができなかったときなど、既に発言制限をされている状況にも関わらず、それさえも否定されることもある。
そうなってしまえば、もう何をどう発言したらいいのか、わからなくなり、いくら口にしたくとも言葉が出なくなる。
それでも、Subは主人が満足そうにしていれば、結局のところそれでいいのだと思ってしまう。そうして、気づけばPlayのときは命じられなくても、その言葉しか言えなくなり、その言葉しか頭に思い浮かばなくなる。
「それでも、発言制限を常にしなきゃなんとかなんだよ。でも、こうなったってことはそれもしなかったんだろ?」
次第に自分でもそれを否定できなくなったんだろう、うつむくSubの青年にため息を吐くとDomの青年を睨む。
「常に望む言葉だけを言わせて、望むことだけをさせた。そうしてSubの自尊心を奪って、声を奪って、優越感に浸って、まともな意思表示もできなくさせたんだろ。やりすぎたんだよ、お前は」
蔑むような冬真の視線と指摘に、Domの青年はなにも言えなくなっていた。彼にとって心当たりがありすぎる内容だった。
「この状態は全てお前の考えの甘さが引き起こしたんだよ」
「……どうすればいいんだよ」
「確認なんだけど、セーフワードは言えるんだよね?」
二人の会話を遮る様に、高齢の教師がSubの青年へと視線を向け優しく尋ねた。その質問にSubの青年はコクリと頷いた。
「そうか、じゃあ試しに言ってみてくれるかい?」
そう言われ、彼はセーフワードを口にしようとするも口を開けて何かを発しようとして、首を傾げた。まるで、言葉を忘れてしまったかのように、何度も口を開けるも再び首を傾げ口を閉じてしまう。
「お、おい、どうしたんだよ」
「ロストワードだ」
これこそがロストワード。自分の命綱のセーフワードを口にすることができなくなってしまった状態だ。
「ロストワード?」
「セーフワードを使えなくなる症状だ。それ自体を忘れてしまうとか、頭には浮かぶのに口にはできないとかあるが、こうなると本人がどんなに言おうとしても言えないんだ」
その説明に、なるほどと頷く力也の姿は先ほどとは違い心当たりがないように見えた。力也にもロストワードが存在するはずだと思っていたが、そんなことはないように見える反応だが、これもロストワードの一つの症状でもある。
仮に過去にロストワードを経験していても、今その言葉をセーフワードとして使わなければ、日常的によく使う言葉でもないかぎり気づかないことがある。
中にはセーフワードとして意識しなければ言いにくいだけだという非常にわかりにくいものもある。
力也が他のDomの所為で使えなくなっている言葉があるなど、冬真からすれば許せることではない。それでも、現状問題なくセーフワードを使えているなら掘り下げることもしたくない。そこにはかならず、辛い記憶がついてくるのだから。
「嘘だろ? 冗談だよな?」
いままでセーフワードを言わないから大丈夫だと思っていた。つらく見えても、苦しそうでも、まだ大丈夫なのだろうと思っておいつめていたのに、それが間違っていたのだとわかり彼は焦りの色を浮かべていた。
「言えるんだろ? 言えないなんてあるはずがないじゃないか!」
その怒号にビクッとSubの青年は体を震わせ、身を縮め、何かを言おうと口を開くも再び閉じてしまう。
「なぁ? 冗談やめろよ。言えよ、言えって!」
「もうやめなさい」
そんな青年の肩を掴み、責めるようにゆする彼を止めたのは高齢の教師だった。それ以上は許さないと、高ランクらしい瞳を浮かべる。
「君がそれ以上言っても、彼を追い詰めるだけだ。君では無理なんだ」
まるでパートナーとしてのこれからも否定されるような言葉に、Domの青年は愕然とした様子で項垂れた。それでも、嫌だと言うようにSubの青年にしがみつく。
「とおる……」
「いやだ。失いたくない、なんとか、なんとかならないのかよ!」
「そうだね」
悩むようにそう言うと、教師は力也の方へと視線を送った。意味ありげにこちらを見られ不思議そうな力也ににこりと優しい瞳を浮かべる。
「力也君だったね、君が彼からセーフワードを引き出してくれないか?」
「俺が?」
「私たちDomでは無理でも、同じSubの君なら引き出すことができるかもしれないんだ。頼まれてくれないかな?」
予想外のお願いに、力也はどうしたらいいのかと困ったように冬真を見た。
「力也、俺からも頼む。話を聞くだけでもいいから、彼の言葉を引き出してくれ」
「……わかった」
冬真からもお願いされては断ることなどできるはずもなく、力也は頷くとSubの青年へと近づいた。
「どこで話していいですか?」
「この部屋の向かいにもう一つ、来客用があるからそこを使うといいよ」
そう言うと鍵を渡された力也はSubの青年を立つように促した。促された彼はしがみついたままのDomの青年に、視線を送ると安心させるように笑みを浮かべた。
「ちょっと行ってくるよ」
「俺も」
「君はここに残りなさい」
共に行こうと立ち上がった彼と一緒に立ち上がるが、ついていくことは教師の迫力により叶うことはなく。力也に連れられ部屋を出ていくのを見送ることしかできずに、青年は悲しそうな瞳を浮かべた。
「座りなさい」
力也が出ていき、改めて先ほどまでとは違う強さの籠った声で、高齢の教師はそう命じた。
そして、座った彼へSubの二人がいた時とは比べ物にならないほどの、重苦しい空気と圧がかかる。
「さて、今後このようなことにならないように、話をしようか」
口調だけは穏やかなままに、目の前に立たれただけで震え立っていられないほどの、空気を震わせるようなグレアが漏れだす。
先ほどまでいた部屋をでた力也はSubの青年を連れ、もう一つの来客用の部屋に入ると鍵をかけた。椅子に座る様に促し、自分もその正面に座る。
「えーっと、じゃあ、セーフワードはどんな言葉だったか思い出せる?」
「はい」
「忘れてしまったわけじゃないんだね」
「忘れてません」
「じゃあ、口に出せる? セーフワードじゃなくて普通の言葉として」
もちろんだと言うように頷くも、口を開いた彼は首を傾げると再び閉じてしまう。やはり言葉として口にすることは無理なようだ。
「じゃあ、セーフワード書いてみようか?」
置いてあったメモ用紙とペンを持ってきて、手渡せば彼は少し考えると、そこにその言葉を書き始めた。
(よかった。次はこれを読み上げてもらえば……)
そう思っていた力也は、書かれた言葉に顔を顰めることになる。
二人が出ていて、Domだけが残された部屋はまさに一挙即発という空気が流れていた。自分ではかなわないグレアを全員が持っていることに、気づき体を硬直させる彼へ、教師は声をかけた。
「改めて君のPlayの問題点をはっきりさせていこうか」
そこからは怒涛のダメ出しと、容赦のない見下しの嵐だった。Subを可愛がることだけに全てを注いでいるDom達からの、厳しい言葉に彼は意気消沈していく。
「よし、彼らが帰ってくる前に、第二のセーフワードを決めておこう」
「お願いします」
高齢の教師がそう言いだすころには、意気消沈した彼は今度は巧みに誘導され、自分の責任に気づき真剣な顔つきへと変わっていた。
「まず確認するよ? ひとつ、第二のセーフワードは、Subに知られてはいけない。ふたつ、どんな時でも自分が必ず認識できることにする。みっつ、状況によって変えずに必ず守ること。わかったね?」
「はい」
いま彼らが決めようとしているのは、第二のセーフワードと呼ばれる物だ。Subの自己申告になるセーフワードとは違い、これはDomが自分で決め、自分でPlayを止める合図になる。
Subに知られると、それを気にしてしまい意味がなくなってしまうので、Subには知らせてはいけないとされている。
更に自ら口にしたり、行動に移したりするものと違い、Domが見極める為、必ずDomが認識できることにしなくてはならない。
三つ目の決まり、それはSubが知らないが故に、自分で決めておきながらその時々によって変えたり、無視したりしてはいけないというものだ。
自分の欲を優先しようとする、Domにありがちな内容だ。
「でも、何を第二のセーフワードにしたらいいのか……」
「鍵山も決めているんだろう? 参考までに教えてあげてくれるかい?」
高齢の教師からのその要求に、冬真は頷き誰にも明かさぬまま自分が自分に、自ら課している第二のセーフワードを口にした。
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