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第三十九話【限界】中

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どうもおかしい。力也はここしばらく原因不明の不調を感じていた。主な症状は吐き気と食欲不振、熱や頭痛はしないから風邪じゃない。
 既に力也にはこの症状になるきっかけはわかっていた。グレアだ。いままでは風のように感じていたほどの弱いグレアでも、当てられると気持ちが悪くなる。
 おかげで、現場などでたまに一緒になるDomたちのグレアにも反応してしまう。ただの戯れなのだろう、それほど長い時間で当てられることはない為、すぐに収まるが困る。
 こんなこといままでなかった。修二にさりげなく聞いたが経験したことないと言われてしまい、結局相談できなかった。
 一番相談するべきなのは冬真だとわかっているが、もし冬真のグレアさえ気持ち悪く感じでしまったらと思うと怖くてそれもできない。
 冬真のグレアでそんなことになるわけないと思っても、もしそうなったら傷つけてしまう、そんなのは耐えられない。
 
(会いたいのに)

 冬真とは誕生日以来会っていない、会える機会は確かにあったのに自分の体調の所為ですべて流れてしまった。冬真は優しいから、それでも怒らないし逆に心配してくれる。
 撮影が予定より長引き外泊した次の日、マンションに帰ってきて冬真が泊まりに来ていたことに気づいた時はショックだった。
 なんで、メッセージを見た時に気づかなかったのか。例え遅くとも、タクシーで帰れば会えたのにと思えば悲しくなった。
 なにも約束していなかったからか、朝のL●NEでもいつもと同じメッセージでそのことを一言も言ってはくれなかった。マンションに帰って、流しの横に置かれたコップや乱れたベッドや畳まれた洗濯物を見た時は驚いた。
 慌てて電話したが、逆に冬真が仕事中だったらしく、仕方なく“ごめん、昨日来てた?”と送れば少ししてから“バレた?”と笑う絵文字つきのメッセージが返ってきた。
 即座に通話に切り替えると笑いながら冬真が通話に出た。

『ごめん!』
『いいって、鍵使いたかっただけだし』
『うそだ』

 責めるわけでもなく、冗談めかして言われ、胸の痛みを覚えながら言い返す。

『じゃあ、お前がいないうちに家探ししたかっただけ』
『え!?』
『ハハッ、ベッドの下のあれ持って帰ったから。後で確認しろよ』 
『あれって!?』
 
 ベッドの下と言われ、慌ててマットレスを持ち上げようと片手にスマホを持ちながら、戦っているのが冬真に伝わったのだろう。また笑われた。

『なんだろうな~。じゃあ、俺まだ仕事あるから、またな』
『え……そうなんだ』
『おやすみ』

 急激に心が萎みその言葉に“おやすみ”としか返すことができなかった。通話を切って、改めてマットレスを上げて調べてみれば麻縄がなくなっていて、DVDの入った箱も開けた形跡があった。
 無修正ものや冬真以外のDom役者がでているDVDをみてどう思ったのか、考えると少し罪悪感がわいた。怒っていないことはわかっていても、嫌な気分にはなっただろうと思うと胸が苦しい。
 怒っていいのに、なんであんなにやさしいのかいくら考えてもわからない。

「力也君、どうしたの大丈夫?」

 その時のことを思い出していたら、声をかけられ慌てて顔を上げると、不思議そうな孝仁が力也のことを見ていた。
 この前呼んでもらえたドラマにスタントシーンがあるからと呼んでもらったのに、別のことを考えていたことを申し訳なく思う。

「大丈夫です。ちょっと考え事してて」
「ほんと? なんか元気ないよ? 冬真君と喧嘩した?」
「違いますよ」

 喧嘩ならよかったのかもしれない、そう考えてしまい、怒らせたいわけじゃないと否定する。冬真が怒ってないのに、自分の気分が軽くなるから怒ってほしい、なんて自分勝手な考えなのだろう。

「冬真は優しいから」
「ふーん、まあ、この前も怒らなかったみたいだしね」

 誕生日の時も怒られなかったし、孝仁さんの練習相手をしても怒らなかった。思い出せば、怒られた記憶がない。不意に怒られないのは諦めているだけだという言葉を思い出す。
 もし、そうなら自分はいつから飽きられていたのだろう。そう思うが、冬真の様子からはそんなことは考えられない。結局、堂々巡りのようになってしまう。

「力也君は冬真君が優しいから好きなの?」
「え?」

 不意に真剣なまなざしで聞かれ、思わず聞き返すと孝仁はさらに距離を詰めてきた。

「前に聞いた時はコマンドが好きだって言ってたよね?僕のとなにが違うの?」
「孝仁さん?」

 いつもと違うと頭のどこかで思うが、孝仁相手になぜそんなことを思うのかと否定する。

「僕がSwitchだから?僕のグレアが力也君に効かないから?」
「あ、あの……」
「答えてよ。演技の参考にしたいんだ」

 そう言われても、なぜか心臓音が上がる。グレアを出されているわけでもないのに、孝仁の人を魅了する瞳から目を反らせない。答えを探し、頭が混乱する。

(孝仁さんは、演技の参考にしたいだけなんだから答えなきゃ……)
「……ふっ、力也君緊張しちゃってかわいい」

 こらえきれなくなったかのように笑い、そう言った瞬間先ほどまでの緊張感はどこかに行っていた。

「もう、やめてくださいよ」
「ごめん、ごめん。ちょっとそれっぽくしただけだけど驚かせちゃったね」

 さすが、ずっと役者をしているだけあり、流石の演技力だと力也は改めて感心しながら息を吐いた。どうやらからかわれていただけのようだ。

「ほんとですよ」
「ごめんって。でもね、どこが違うのか聞きたいのは本当だよ?」
「どこって……うまく言えないんですけど……」
「うん、それでもいいから聞きたいかな?」

 いつも通りの雰囲気に戻った孝仁に、純粋に聞かれ力也は考え込んだ。
 冬真のコマンドが好きだ。優しいとこも、一緒にいて楽しいとこも、沢山褒めてくれることも、多くを許してくれるとこも好きだ。
 でも、力也が最初に心惹かれたのは、画面の向こうの冬真だった。画面の向こうではグレアもコマンドもDom特有の強制力などない。
 それでも、気分だけでもその気になればとやっていたのだ。
 でも、冬真はなにかが違う気がした。それがなにかと言われるとわからない。
 パーティの時だって、あんなことがあって呆れていたはずなのに、また会ったときはそんなことどうでもよくなっていた。
 Subは怒るのが苦手なのだと、冬真は言っていたが果たしてそれだけが原因なのだろうか。

「力也君?」
「すみません、また考えこんじゃってました」
「僕そんな難しい質問した?」
「いえ、聞き比べたことがなかったので……」

 そう答えながら、考えを巡らす。違うと感じることは多いけど、それはどこだっただろう。

「あ、そうだ。えっとうまく言えないんですけど、冬真の場合淡々としてないんですよ」
「淡々?」
「抑揚があるっていうか、気取ってないっていうか」

 力也にコマンドを口にするDomたちは、多くが尊大な態度で抑えつけるように命じていた。別にそれが嫌だったわけじゃないけど、改めて比べてしまえば自分は物足りなかったのかもしれない。
 冬真はいかにもコマンドだというように一言ずつ切っていうこともなく、流れるように口にする。

「それって慣れているってこと?」

 確かに、勉強もしていたしそれを仕事にもしていたのだから、慣れもあるのだろう。でもそうじゃないと思えた。

「それもあると思うんすけど……コマンドって命令だから、大体強い口調か冷たい口調になりがちじゃないっすか。でもそうじゃないっていうか……」
「つまり気持ちがこもっているってこと?」
「あ、そうそれです」

 命令するコマンドも、褒めるコマンドも流れるように自然でありながら、心はこもっている。特別な物ではなく、当たり前のように口にするが、それはしっかりと力也に届く。
 不思議なことに、冬真が発するコマンドは同じものでも強制的な命令にもなるし、時にはご褒美にもなる。
 心が読めるわけでもないのに、なんであれほどうまく操るのだろうか。そう思えるほどに、自然に望みを読む。

「またそんな……」
「え?」

 考え込んでいたら、孝仁がなにか呟く声が聞こえ聞き返せば、にこっと笑うといじわるな子供のような表情をした。

「ううん。でもさ、冬真君のコマンドに心が籠ってるって、言っても役者なんだから当たり前じゃないの?」
「それはそれで俺見慣れてるんで気づきますよ」
「そんなこと言ってさっきもわかんなかったでしょ」
「うっ……あれは孝仁さんが演技うますぎるから……」

 すぐに言い返され言葉に、詰まれば可笑しそうに笑われてしまう。孝仁はしばらく笑うと、力也の体に手を伸ばし、ほんの少しだけ高い頭を抱え込むように抱き寄せた。

「力也君いいこ、可愛い」

 そのまま、撫でられ振り払うこともできずに力也がいれば、楽しそうに笑う孝仁から少しだけグレアが漏れた。
 途端に気持ち悪さが襲い掛かり、とっさに頭を起こせば、きょとんとした孝仁と目が合う。

「あ、いきなりでびっくりして……」
「ごめん、ちょっとグレア漏れてたね。ちょっと調子に乗っちゃった」

 そう言ってあっさり手を離してくれた孝仁に、どう返事を返していいかわからず、困っていると丁度スタッフが部屋をノックした。
 とっさに返事を返し、“いこう”といった孝仁と共に力也は控室を出ると撮影に向った。

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