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第三十九話【限界】前

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 Subの保護施設、そこな全国各地に存在し、DomだけでなくUsualやSubにも場所を知らされていない。知っているのはダイナミクス専門の医者かSub向けのカウンセラーぐらいだろうと言われている。
 場所がわかっていても入れなきゃ大丈夫などという甘い考えはDomには通用しない。だからこそ、門が叩きにくくても厳重な警護の元、そこは存在している。
 特にDomには厳しく、例え監視つきだとしても面会もかなわない。

「はじめまして、クレイム前ですが力也のパートナーの鍵山冬真といいます」
「初めまして、Subのカウンセラーしている青木と言います。鍵山冬真さんは力也君のお母さんとWeb通話をしたいとのことですが……」

 向かい合う温和そうなカウンセラーの男は丸眼鏡越しに、冬真の顔をみた。誕生日の日、力也は母に会いたいという冬真の願いを聞き、このカウンセラーに相談をした。
 いつか力也と共に迎えたい、少しでも力になりたいという冬真の希望を聞いた青木は、直接会ってから答えを出したいと言った。そして今日がその初の面接だ。

「はい、画面越しならグレアもコマンドも意味を成しません。なので、まずはそれで慣れていき、いつかは直接話したいと思っています」
「彼女が会話もままならない状態でもですか?」
「はい、例え今は会話も無理でもただ声を聞かせるだけでも、顔を見るだけでもなんでも構いません。できると思う範囲から始めたいと思っています」
「そうですか……」

 回復までに時間がかかると力也から聞かされているだろうに、それを知った上でのその真摯な言葉に青木は考えるように答えると、ひと呼吸おきそれを口にした。

「……華は王の為に咲き乱れ」
「王は華を愛で守る、ただそれだけの為に存在せよ」

 その言葉に反応し、次の瞬間ピシッと背筋を正し冬真は続く言葉を言った。

「………やっぱり王華学校の卒業生ですか」
「青木先生もそうなんですね」

 互いに頷き二人は表情を崩し笑いあった。そう、先ほどの言葉は王華学校の校訓だった。ここでいう王とはDomのことを差し、華とはSubの事をさす。つまりは互いに一対となり、互いを想うという意味を込めている。とはいえ、少々Sub寄りに聞こえるが。
 ともあれ、これを王華学校ではつねに口にしていた。

「力也君から話を聞いた時にそうじゃないかと思ったけど、実際見るまではわからないからあえて聞かずにいたんだよ」
「俺もカウンセラーの先生がDomって聞いて学校関係者だろうなと思ってました」

 テーブルの上に肘をつき、口調を崩した青木に冬真も合わせ、先ほどまで手を出さずにいた飲み物に手を付けた。

「冬真君は奉仕型だね?」
「はい、先生は?」
「私は飼育型だよ」

 飼育型は本当に動物を飼育するかのように、Subを飼うタイプだ。このタイプが一番複数を相手にするのに向いていると言われている。逆に冬真の、奉仕型はあまり多頭飼いに向いていない。力也はそんなことは知らないだろうが、奉仕型は決めてしまうとその相手に徹底的に想いをぶつけ続ける傾向にある。
 つまり、常に相手が中心になり他は二の次になる為、二人目三人目となると、Dom自身ではなく一人目の気配りが必要になってくる。
 今回のように、家族も一緒にということならありえなくもないが、全然違うタイプのSubたちを一度にとなると、難しい。冬真本人が口にするなら“自分はそんなに器用ではない”というだろう。

「それで力也の母さんはどんな感じなんすか?」
「うん、あまりよくないよ。彼女はどうやらSubの低ランクの崇拝型だったらしいからね」
「あー、崇拝型か。なんでよりにもよってあんなDom選んじゃったんですかね~」
「そこは言っても仕方ないところだと思うよ。とにかく、彼女の中にはまだ相手を崇拝する気持ちが残ってるみたいなんだ」

 崇拝型はSubのタイプの一つだ。SubにもDomと同じように、五つのタイプがあり、それぞれサポート(補佐ともいう)、愛玩、隷属、犠牲、崇拝がある。さらにもう一つ、パートナーに作り替えられた場合のみに使われる従属というものもあるが、基本は先ほどの五つだ。なかでも、サポートは珍しいとされていた。
 このタイプというものは検査でわかるものではない為、ダイナミクスについて深く勉強した者しか知らない。力也も自分がサポートといわれる珍しいタイプだと知らない。

「力也がサポートなのに凝り固まってるのもそれが原因ですか」
「よほど、強制的な相手だったんだろうね。いまだ行方がわからないことが残念でしかたないよ」
「学校が動いてるんですか?」
「SubをあんなふうにするDomにはなんの価値もないからね。私たちがSubたちと生きていくためには野放しにしておくわけにはいかない」

 実は王華学校は一つではなく、兄弟校が全国にいくつかある。学校はそれぞれ強いネットワークでつながっており、更には卒業生たちもあらゆる業種につき、なにかあればいつでも動ける体制をとっている。
 
「同意見です。もし見つかったら俺にも連絡ください」
「もちろんだよ。もっとももう死んでいるかもしれないが」
「そういう情報があるんですか?」
「いや、情報はないけど。私をはじめ多くのDomの恨みを買っているんだよ? ありえるだろう?」
「確かに」

 人の生死について話すにはあまりに、軽い言い回しは傍から聞けば冗談にしか聞こえない。だがしかし、二人は本心からそう思っていた。二人にとって、男はそれほどなんの価値もない、害にしかならないものだった。

「そんなことより、力也のお母さんのこともっと聞かせてください。施設の中ではどんな感じなんですか? 俺にできることってあります?」

 身を乗り出し、尋ねてきた冬真に、青木は笑い“まぁまぁ”と押しとどめた。そうしてスマホの画面を見せた。そこには瞳に光を宿していない、痩せた女性が一人写っていた。

「彼女が力也君のお母さんだ。名前は力也君に聞くといい、捨てられたショックかいまもサブドロップからまだ帰ってきていない。施設にはいった当初は放心していてなんの反応も示さなかった。その後意識がはっきりとしてきたら今度は自殺を図り、不意に叫びだしたり泣き出したりする症状が続いている。拘束されていると落ち着くが……」

 うつ病のようでいて、うつ病とは違うその症状は冬真も聞いたことがある物だった。学生の頃に、見せられ聞かされた内容が思い出される。
 壊れていくSubの映像に、まだ思春期のDomの生徒たちは、心を痛め自らの力に恐怖と嫌悪を抱いた。中には涙し、なにもしていなくとも罪悪感を味わったものもいた。
 それほどまでに、その内容は残酷でつらい物だった。

「食べ物は食べれるんですよね?」
「それが、一つずつ強制しないと食べてくれなくて、最近床式に切り替えたところなんだ」
「床式ですか」
「床に置いた状態なら私が離れても残さず食べてくれるんだよ。体力だけは食事で何とかなるからね」

 こんな状態の人が床に這いつくばり、食事をしていると聞いて嫌そうに顔を顰めた冬真に青木は言いたいことはわかると頷いた。

「ただ力也君の時は、口元に差し出されたら素直に食べているんだよ。この前もエクレアを持ってきたときには、いつもより手が早い気がしたよ」
「ハハッ、そういうとこ似てるんすね。あいつも好物があると夢中になって食べるんで」
「力也君は、施設の他のSubとも仲が良くてね。職員以外の患者とも話しているのを見かけたよ」
「アイツ、どこでもそれやってんですね」

 どこでもモテてると言えば、そうだがこの場合自然に集まってくるというほうが正しい。別に何をしたわけでもないのに、周りに人が集まってくるのはよくDomに多いと思われがちだが、いかにも力があると見せる者より生き物は結局安全な人の傍に集まってしまう。
 気を遣わなきゃいけない人より、なんの気兼ねなしに向かい合える相手を選ぶのは当然だ。
力也の場合、それが天性の才能として備わっており、相手を気遣える能力もある。傷ついた人からすれば、一番安心できる場所だろう。

「実はね、何度か力也君を施設に迎い入れたいと思ったんだよ。そうすれば、彼は生活にも困らないし、入所者にもいい影響になりそうだし。でも、できなかった」

 そういうと青木の表情がせつなそうな表情へと変わり、彼は首を振った。

「力也君は優しすぎる。施設にいたら、彼のほうが疲れてしまう」
「わかります。いまも抱え込めるだけ抱え込もうとしてます」
「そういうときこそ、君の出番だろう?」

 その言葉に、冬真は困ったような苦笑を返した。

「そのはずなんですけど、取り上げようとしてもなかなか渡してくれなくて」
「いっそのこと奪い取ったらどうかな?」
「嫌ですよ、奪っても俺がどうにかできる物とは限らないのに。下手するとアイツは自分を責めます」
「なら共に持つしかないね」
「いまは必死に手を差し出している最中ですよ」

 その手に抱えきれるものじゃないと思ったときに、隣にたまたま丁度いい置き場があったと思ってくれればいい。渡せと言っても、離せと言っても、力也はためらうだろう。
 力也には自分が抱え込んでいる自覚などなく、ただできることをしているつもりなのだ。
 そうしていままで生きてきたから、これからもそれでいいと思っている。でも、それは無理だと冬真は思っていた。
 限界はかならず訪れる。そう人生のセーフワードは必ず存在する。その前に、頼ってほしい、重荷を押し付けるように渡してほしい。できれば気楽に笑いながら……。
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