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第2章 帝国騒乱 編
6.曲者四名、一堂に会する
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王都にある貴族の屋敷が集中した区画に、一際目立つその屋敷は立っていた。
海洋貿易によって栄えたサンダーバード家は、経済力だけでいうならば「四方四家」でも最大である。所有する屋敷もさすがの豪勢さで、周りにある他の貴族達の屋敷とは一線を画している。
「他の二人はもう来ているみたいね。さあ、奥まで入ってちょうだい」
「おう」
エキドナの案内で奥の部屋へと廊下を歩いて行き、つきあたりの扉を開けた。
広い応接室の中には、給仕をしているサンダーバード家の使用人の他に、二人の人間がいた。
一人目は式典のときと変わらない黒い軍服を身につけた女性、北方辺境伯家のシャロン・ウトガルドである。
「ん・・・」
ワイングラスを手に持った彼女は、入室する俺とエキドナの方をちらりと一瞥して、無言のままグラスを持ち上げて会釈する。挨拶を終えるとすぐにグラスに口を付けて、
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「あ、はい」
一息にグラスのワインを飲み干して、横に控えたサンダーバード家のメイドへとグラスを差し出す。すぐさまメイドがワインのお代わりを注ぐと、
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「え、あ・・・はい」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「え、ええ!?」
グラスを一息に飲み干してグラスを差し出す。一息に飲み干しては、またグラスを差し出す。それを休めることなく、延々と繰り返していく。
テーブルの上にはチーズや干し肉などが皿に盛られて置かれているが、シャロンがそれに手を付けた様子はない。つまみを食べずに、ひたすらワインだけをグイグイと飲み干している。
もう一人の客人は白い礼服から軽装に着替えた男性、西方辺境伯家のバロン・スフィンクスである。
こちらもワインを飲んでいるが、シャロンのようにがぶ飲みしているわけではなく、一口一口じっくりと酒を味わっている。
「うん、うまい。これは良いワインだね」
「恐れ入ります。南洋産の20年物になります」
「ほう、やはり南のほうでは上質なブドウが育つようだね・・・ん?」
バロンはこちらに気がついて視線を向けてくる。そして、俺と目が合った瞬間、
「貴様、ディンギル・マクスウェル!!」
「おお!?」
突然、椅子から立ち上がって俺を怒鳴りつけてきた。
一つ年上の青年は戸惑う使用人達を置き去りにして、つかつかとこちらに歩いてくる。
「よくも私の前に顔を出せたものだな! 私との勝負から逃げ出した臆病者め!」
「あー、えーと・・・お久しぶりですね、スフィンクス先輩。突然すぎて話が見えないのですが、何のことです?」
「とぼけるな! 貴様、今年の武術大会に出場しなかっただろう! 私との決着はどうしたのだ!?」
「んー・・・?」
毎年、王都で開かれている武術大会のことだろうか? そういえば、今年は出場していなかった。
(今年は婚約破棄騒動の後、領地に帰ってそのままだったからな。そもそも、それどころじゃなかったし)
婚約破棄騒動。サリヴァンによる暗殺未遂事件。サリヴァンとセレナへの断罪。その後の後処理。この半年間は働き詰めで、武術大会の存在自体を忘れていた。
(去年と一昨年は、どちらも決勝でスフィンクス先輩と戦ったんだよな。どっちも俺が勝って優勝したんだっけか?)
ようやく目の前の先輩が怒っている理由がわかった。
俺にしてみれば忙しいから出場しなかっただけなのだが、バロン先輩からしてみれば年下に二度も負けた上に勝ち逃げされた形である。
仕方がなく、俺は頭を下げてきちんと弁明をする。
「すいません。今年はどうも忙しかったものでして。色々と王族の方と揉めてしまいまして」
「む・・・、サリヴァン王子、いや、元・王子に暗殺されかけたとそうだな。無事のようでなによりだ。・・・その、なんだ。妹もお前を心配していたぞ」
「妹さん、ナームちゃんでしたね」
バロン先輩の妹であるナーム・スフィンクス嬢には、2年前の武術大会のとき先輩の控え室に挨拶に訪れたときに顔を合わせていた。
バロン先輩と同じく褐色の肌と黒い髪を持った少女のことは、とても印象に残っている。
「そうだ! せっかく今年の武術大会は私が優勝したのに、ナームはずっと上の空でマクスウェル領に戻ったお前の心配ばかり! 貴様、いったい妹とはどういう関係だ!?」
「・・・どういう関係も何も、去年と一昨年、ちょっと会話しただけですよ。先輩も同席していたでしょうが。
ああ、そのときに誕生日が近いと話していたので、プレゼントは贈らせてもらいましたけど。届きましたよね?」
俺が少し引きながら答えると、バロン先輩はさらに声のトーンを上げる。
「届いたとも! 最近のナームときたら、家でもお前からもらったというガラス細工がついた卓上時計を眺めて、溜息ばかりついているのだぞ!? 何年か前までは「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と私の後ろを付いて回っていたのに! 最近は一緒にお風呂も入ってくれなくなって、話しかけてくれたと思ったら学園でのお前の様子を聞かれたりして・・・妹にいったい何をしたのだ、貴様!!」
「・・・失礼ですが、先輩。妹さんはおいくつでしたっけ?」
「次の誕生日で12歳だ! それがどうした!」
「・・・・・・」
バロン先輩の中で俺がとんでもないロリコンになっていた。
いくら女好きの俺でも、さすがにその年頃の幼女に手を出したことはないのだが・・・。
「あー、えーと・・・今度の誕生日にもプレゼントを贈りますので。よろしくお伝えください」
「誰が伝えるか! うがーーーーーーーーーーっ!!」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「うえーん! もう堪忍してくださいっ・・・!」
ダン、ダン、と屋敷の床で地団太を踏んで叫ぶバロン先輩。
ちなみに、その間もこちらの騒ぎは意に介さず、シャロンはワインのがぶ飲みを続けている。テーブルの上には空きビンが10本近く並んでおり、酌をしているメイドさんも涙目になりつつあった。
「はいはい、それじゃあ皆さん揃ったみたいだし、本題に入りましょうか」
カオスになりつつある部屋の様子を見かねたのか、手を叩いてエキドナが宣言をする。
バン、とテーブルを叩き、こちらに指を突きつけて言い放つ。
「それでは、第1回 辺境伯家ニュー・ジェネレーション会議を始めまーす!」
ぷおーっ
パチパチパチパチパチパチ
エキドナの後ろでメイドがラッパを吹く。執事がそろって拍手をする。
「・・・なんだそれ」
「・・・・・・うむ」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
一人だけ場違いな明るさのエキドナ。白い目をした俺とバロン先輩。エキドナを気にせずワインを飲み続けるシャロン。
かくして、ランペルージ王国の国防の最大戦力「四方四家」の次世代を担う若者達がそろったのであった。
海洋貿易によって栄えたサンダーバード家は、経済力だけでいうならば「四方四家」でも最大である。所有する屋敷もさすがの豪勢さで、周りにある他の貴族達の屋敷とは一線を画している。
「他の二人はもう来ているみたいね。さあ、奥まで入ってちょうだい」
「おう」
エキドナの案内で奥の部屋へと廊下を歩いて行き、つきあたりの扉を開けた。
広い応接室の中には、給仕をしているサンダーバード家の使用人の他に、二人の人間がいた。
一人目は式典のときと変わらない黒い軍服を身につけた女性、北方辺境伯家のシャロン・ウトガルドである。
「ん・・・」
ワイングラスを手に持った彼女は、入室する俺とエキドナの方をちらりと一瞥して、無言のままグラスを持ち上げて会釈する。挨拶を終えるとすぐにグラスに口を付けて、
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「あ、はい」
一息にグラスのワインを飲み干して、横に控えたサンダーバード家のメイドへとグラスを差し出す。すぐさまメイドがワインのお代わりを注ぐと、
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「え、あ・・・はい」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「え、ええ!?」
グラスを一息に飲み干してグラスを差し出す。一息に飲み干しては、またグラスを差し出す。それを休めることなく、延々と繰り返していく。
テーブルの上にはチーズや干し肉などが皿に盛られて置かれているが、シャロンがそれに手を付けた様子はない。つまみを食べずに、ひたすらワインだけをグイグイと飲み干している。
もう一人の客人は白い礼服から軽装に着替えた男性、西方辺境伯家のバロン・スフィンクスである。
こちらもワインを飲んでいるが、シャロンのようにがぶ飲みしているわけではなく、一口一口じっくりと酒を味わっている。
「うん、うまい。これは良いワインだね」
「恐れ入ります。南洋産の20年物になります」
「ほう、やはり南のほうでは上質なブドウが育つようだね・・・ん?」
バロンはこちらに気がついて視線を向けてくる。そして、俺と目が合った瞬間、
「貴様、ディンギル・マクスウェル!!」
「おお!?」
突然、椅子から立ち上がって俺を怒鳴りつけてきた。
一つ年上の青年は戸惑う使用人達を置き去りにして、つかつかとこちらに歩いてくる。
「よくも私の前に顔を出せたものだな! 私との勝負から逃げ出した臆病者め!」
「あー、えーと・・・お久しぶりですね、スフィンクス先輩。突然すぎて話が見えないのですが、何のことです?」
「とぼけるな! 貴様、今年の武術大会に出場しなかっただろう! 私との決着はどうしたのだ!?」
「んー・・・?」
毎年、王都で開かれている武術大会のことだろうか? そういえば、今年は出場していなかった。
(今年は婚約破棄騒動の後、領地に帰ってそのままだったからな。そもそも、それどころじゃなかったし)
婚約破棄騒動。サリヴァンによる暗殺未遂事件。サリヴァンとセレナへの断罪。その後の後処理。この半年間は働き詰めで、武術大会の存在自体を忘れていた。
(去年と一昨年は、どちらも決勝でスフィンクス先輩と戦ったんだよな。どっちも俺が勝って優勝したんだっけか?)
ようやく目の前の先輩が怒っている理由がわかった。
俺にしてみれば忙しいから出場しなかっただけなのだが、バロン先輩からしてみれば年下に二度も負けた上に勝ち逃げされた形である。
仕方がなく、俺は頭を下げてきちんと弁明をする。
「すいません。今年はどうも忙しかったものでして。色々と王族の方と揉めてしまいまして」
「む・・・、サリヴァン王子、いや、元・王子に暗殺されかけたとそうだな。無事のようでなによりだ。・・・その、なんだ。妹もお前を心配していたぞ」
「妹さん、ナームちゃんでしたね」
バロン先輩の妹であるナーム・スフィンクス嬢には、2年前の武術大会のとき先輩の控え室に挨拶に訪れたときに顔を合わせていた。
バロン先輩と同じく褐色の肌と黒い髪を持った少女のことは、とても印象に残っている。
「そうだ! せっかく今年の武術大会は私が優勝したのに、ナームはずっと上の空でマクスウェル領に戻ったお前の心配ばかり! 貴様、いったい妹とはどういう関係だ!?」
「・・・どういう関係も何も、去年と一昨年、ちょっと会話しただけですよ。先輩も同席していたでしょうが。
ああ、そのときに誕生日が近いと話していたので、プレゼントは贈らせてもらいましたけど。届きましたよね?」
俺が少し引きながら答えると、バロン先輩はさらに声のトーンを上げる。
「届いたとも! 最近のナームときたら、家でもお前からもらったというガラス細工がついた卓上時計を眺めて、溜息ばかりついているのだぞ!? 何年か前までは「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と私の後ろを付いて回っていたのに! 最近は一緒にお風呂も入ってくれなくなって、話しかけてくれたと思ったら学園でのお前の様子を聞かれたりして・・・妹にいったい何をしたのだ、貴様!!」
「・・・失礼ですが、先輩。妹さんはおいくつでしたっけ?」
「次の誕生日で12歳だ! それがどうした!」
「・・・・・・」
バロン先輩の中で俺がとんでもないロリコンになっていた。
いくら女好きの俺でも、さすがにその年頃の幼女に手を出したことはないのだが・・・。
「あー、えーと・・・今度の誕生日にもプレゼントを贈りますので。よろしくお伝えください」
「誰が伝えるか! うがーーーーーーーーーーっ!!」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
「うえーん! もう堪忍してくださいっ・・・!」
ダン、ダン、と屋敷の床で地団太を踏んで叫ぶバロン先輩。
ちなみに、その間もこちらの騒ぎは意に介さず、シャロンはワインのがぶ飲みを続けている。テーブルの上には空きビンが10本近く並んでおり、酌をしているメイドさんも涙目になりつつあった。
「はいはい、それじゃあ皆さん揃ったみたいだし、本題に入りましょうか」
カオスになりつつある部屋の様子を見かねたのか、手を叩いてエキドナが宣言をする。
バン、とテーブルを叩き、こちらに指を突きつけて言い放つ。
「それでは、第1回 辺境伯家ニュー・ジェネレーション会議を始めまーす!」
ぷおーっ
パチパチパチパチパチパチ
エキドナの後ろでメイドがラッパを吹く。執事がそろって拍手をする。
「・・・なんだそれ」
「・・・・・・うむ」
「コクコクコク・・・ん、おかわり」
一人だけ場違いな明るさのエキドナ。白い目をした俺とバロン先輩。エキドナを気にせずワインを飲み続けるシャロン。
かくして、ランペルージ王国の国防の最大戦力「四方四家」の次世代を担う若者達がそろったのであった。
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