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第2章 帝国騒乱 編

7.酒は進めど会議は進まず

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「・・・と、まあ、冗談はこれくらいにして真面目な話し合いをしましょうか」

 エキドナがパン、と手を叩いて場を改める。
 酒とつまみをテーブルの上に並べて、メイドと執事達が部屋から出て行く。ここから先の話し合いは、使用人には聞かせられないものである。

「し、失礼します~~~~~!」

「あ・・・」

 シャロンに酌をしていたメイドが飛ぶような勢いで部屋から逃げ出していく。その背中を少しだけ未練がましく見送った後で、シャロンは自分でボトルを取って手酌でワインを飲みだした。酒を飲まないという選択肢はないらしい。

「ふむ、それでいったい何を話し合うのかね?」

 先ほどまで妹のことで大騒ぎをしていたバロン先輩が、椅子に座って口火を切った。
 この四人の中でもっとも年長なのはバロン先輩である。話し合いの舵を取ってくれるのはありがたかった。

「・・・ん、うまい」

「お前は話を聞いているのか? シャロン・ウトガルド」

 いまだワインを飲むことをやめないシャロンに、バロン先輩が眉をつり上げた。
 ちなみに、この中でもっとも年下なのはシャロンである。今年16歳になる彼女は、王都にある学園には通わずに実家で教育を受けている。
 これはシャロンに限った話ではなく、ウトガルド家は「四方四家」の中ではかなり閉鎖的で、他の領地との交流を制限している部分がある。戴冠式のような特別な式典でもない限り、めったに領地から出ることはなかった。

(この独自の空気は世間知らずが原因なんだろうな。戴冠式のときはあんなに剣吞な空気を出してたのに)

 式典のときにはいかにも軍人というオーラを出して他の貴族を威嚇していたシャロンだったが、今は酒のせいか年相応に幼く見える。

(まあ、飲んでる酒の量は16の少女じゃないけどな)

 12本に増えた空瓶を見ながら、俺はしみじみと思った。

「そうですね。まずは・・・この国がこれからどのようになっていくのか、皆さんの考えを聞きたいですね」

 このままでは話し合いが進まないと思ったのか、シャロンを無視してエキドナが話題を提示する。
 エキドナの質問にバロン先輩が頷き、

「む・・・そうだな、宮廷での権力争いが激化していくのは間違いないだろうな」

「同感だな。スレイ殿下・・・もとい陛下は王妃様が生んだ子供だから王位に就く大義名分はもっているようだけど、やっぱり先王の実子じゃないって噂が大きいよな」

 先王が倒れる直前に口走った爆弾発言。スレイが実の子供ではないという発言は、いまも宮廷を混乱させていた。

 現在の宮廷は一枚岩ではなく、いくつかの派閥に分かれている。
 スレイ陛下を支えて王権を維持しようとしている主流派。摂政であるロサイス公爵とその寄子の貴族を中心としている。混乱を嫌い、地方貴族との衝突を避けている穏健な派閥である。
 スレイ陛下を傀儡にして貴族の実権を強化しようとしている貴族派。ロサイス公爵と敵対する貴族達からなるこの派閥は、なんとかロサイス公爵を追い落として宮廷の権力を握ろうとしている。地方貴族の力を削ごうとしているため、注意が必要だ。
 宮廷での争いに関わろうとしない中立派。スレイ陛下の正当性が明らかでない以上、必要以上に王家に関わるべきではないと距離を置く派閥。地方貴族との付き合いはあったりなかったりだ。

「ロサイス公爵が貴族のかがみであることは認めるけどな。さすがにせきを切ったようなこの流れを止めることはできないだろう。良くても水面下での権力闘争、悪ければ国を割る反乱だ。どちらにしても、俺達、地方貴族は決断を迫られることになるだろうな」

 このまま王国に従属するか、独立して新しい道を探すか。中央に勢力を伸ばして王国の実権そのものを握ろうとする手もある。

「やっぱりそうなるわよね。困ったわ」

「・・・南は王家に反逆するつもりなの?」

 ひたすら酒をあおっていたシャロンがエキドナに質問する。

(・・・話、聞いてたのか)

ようやく話題に入ってきた少女に、俺は見当違いの感想を抱いた。

「まさか。サンダーバード家は海軍中心だから王家と戦っても勝てないわよ。ただ、王家がこれからもお客様として付き合っていけるか不安なだけよ」

 海洋貿易で栄えたサンダーバード家にとって、王家も他の有力貴族もただの取引相手である。彼らは貴族というよりも商人なのだから。

「金の切れ目が縁の切れ目。王家の経済状況が悪くなったら、さすがに付き合いを変えないといけないわね」

「やれやれ、金の亡者め」

「あら、そういうスフィンクス家はどうなのかしら? 統制力を失くした王家に忠誠を誓い続けるおつもり?」

 エキドナが訊ねると、バロン先輩はふん、と鼻を鳴らした。

「王家のことなどどうでもいい。そんなことよりも、我々には戦うべき敵がいるじゃないか。中央でどんな混乱が起こったところで、眼前の敵を切り伏せることだけを考えるべきだ。それが護国の武人としての務めであろう」

「俺もおおむね同感。目の前に敵がいるうちは、その敵に集中するべきだろうな」

 バロン先輩の意見に俺も賛同した。もっとも、その言葉に含むところはだいぶ違いがあるのだが。

「目の前に敵がいるうちは、ね。ディンらしい意見ね」

 俺の言いたいことを正確に察して、エキドナが頷いた。
 彼女に対して自分の野心を語ったことはない。それでも、長い付き合いから俺がマクスウェル領を独立させたがっていることを察しているのだろう。

「ウトガルド家の方針は私の口からは語れないわ」

 シャロンがさらに一杯、ワインを飲み干して話し出した。

「私は武人じゃなくて軍人だから。信念なんて持っていないし、斬れと命じられれば誰でも殺すわ。王家とウトガルド家が敵対するかどうかを決められる立場に私はいない」

「そうなの? 次期当主としての意見はないのかしら?」

「ナンバーツーに意見なんて必要ないわ。自分の考えを口にする人はトップだけで十分よ」

 ただし、とシャロンはそこで言葉を切って、またワインを飲み干す。

「美味しいお酒を出してくれる人とは争いたくはないわね。もしもサンダーバード家が王家と敵対することになったら、私個人は貴女の味方をすると約束するわ」

「あら、嬉しい。東国の珍しいお酒があるから、お土産に持たせてあげる」

「大好き・・・結婚しましょう」

 嘘か本気か、エキドナの手を握ってシャロンが言う。予想外の反応に戸惑うエキドナを見ながら、俺は顔を背けて嘆息した。

(四方四家、立場は同じでも考え方はだいぶ違う。結束して王家に立ち向かう、なんて空気じゃないな)

 おそらく、それを確認するためにエキドナは俺達を集めたのだろう。

(もともと他家の力を借りるつもりなんてなかったけど・・・他の辺境伯家も王家と敵対するうえでの仮想敵として考えておいたほうがいいな)

 南方のサンダーバード家は利益優先。こちらが相応の利益を用意してやれば敵に回ることはない。
 西方のスフィンクス家は西の砂漠に『忌まわしき軍勢』が存在する限り、こちらに手を回す余裕はない。

(残る一つは、ウトガルド家か)

 俺はちらりとシャロン・ウトガルドへと目を向ける。
 帝国が倒れると、マクスウェル家と同じく帝国を敵とするウトガルド家も自由に動けるようになる。そのとき、果たして彼らはどのような行動に出るのだろうか?

 珍しい酒の話題に花を咲かせる少女の実家こそが、王家と並ぶ、国内最大の仮想敵勢力だ。

(エキドナに感謝だな。改めて、俺の野望がいかに険しい道か確認できた)

 それでも、俺は不思議と落ち込む気持ちにはならなかった。
 厳しく、遠大な道の先に何が待っているのか。それが楽しみですらある。

「俺も一杯、いただくとしよう。このワインは温めたほうが美味いからホットワインにしてもらおうかな」

「それ、すごく良い考え。私もちょうだい」

 俺は使用人を呼んで、ワインを手渡した。
 目を輝かせる軍人の少女に、本当に彼女が敵になるのかと内心で首を傾げながら。
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