俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第2章 帝国騒乱 編

5.美女の誘い、ただし幼馴染

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 戴冠式は滞りなく終わった。スレイ・ランペルージ王太子は戴冠の儀式を終えて、無事に第5代ランペルージ国王へと就任した。
 予定外の事態があるとすれば、次期国王の頭に冠をのせる役目を行うのが、病床の前・国王に代わって摂政であるロサイス公爵が務めたこと。儀式で次期国王が身につける腕輪が『豪腕英傑ヘラクレス』ではなく、宝石をちりばめた金の腕輪になっていたことくらいだ。

「サリヴァンが盗難した国宝はいまだに見つからず・・・ま、当然だけどな」

 あの事件から、サリヴァン・ノムスは正式に王国全土で指名手配されることになった。罪状は国家騒乱罪と、国宝盗難の罪。俺に対する暗殺行為に対して公式発表では伏せられていた。
 失われた国宝について王家からは色々と聞かれることになったが、その国宝をサリヴァンに手渡したのは他でもない前・国王である。
    箝口令を敷いて口止めしたその事実をこちらが知っていることをほのめかすと、王家側はそれ以上は追及してこなくなった。

「さてと、さっさと領地に帰るかな」

 最近、帝国の方が騒がしくなっている。すぐに何か起こるとは思っていないが、長く領地を開けるのは避けたいところだ。
 そんなことを考えながら宮廷を出口に向けて歩いていると、後ろから声をかけられた。

「ディン、もう帰るのかしら?」

「うわ・・・エキドナか」

「そんなに嫌そうな顔をしないでよ。一応、幼馴染でしょう?」

 後ろに立っていたのは南方辺境伯の娘、エキドナ・サンダーバードである。大胆な赤いドレスを着た彼女は、小首を傾げて呆れたように言う。俺はわずかに眉をしかめつつ、

「幼馴染だからこそ、気を遣う必要がないんだろ?    それに、南の連中とはあまり関わりたくないんだよ」

「失礼なことを言うのね。あまり酷い態度をすると、グレイスおば様に言いつけるわよ?」

「ぐっ・・・だからお前と話したくないんだよ。あのクソババアの話が出るからな」

 俺は半眼になってエキドナを睨みつける。長い付き合いの少女はやれやれとばかりに首を振って、

「おば様がからむと本当に子供ね・・・まあいいわ。ところで、ディン。貴方は舞踏会に参加しないのかしら?」

 戴冠式が終わり、この後は王家主催の舞踏会が開かれることになっている。

「出ないよ。王家と必要以上に親しくするつもりはないからな」

『戴冠式に出席するが、舞踏会には出席しない』

 それはマクスウェル辺境伯家からランペルージ王家に対する一つの意思表示だった。

 元・王族であるサリヴァンがマクスウェル辺境伯家の次期当主に対して暗殺未遂を働き、国王が国宝を渡して関与していた。
    声高に非難はしていないものの、マクスウェル家はそれを許したわけではなかった。
 マクスウェル家はスレイ・ランペルージが国王に就任することは認めてやる。しかし、決して心を許すことはないし、馴れ合いはしない。それを伝えるためにも、舞踏会には俺も寄子の貴族達も欠席することにしていた。

「なんだ、ディンも欠席なのね。私もなのよ」

「ん? サンダーバード家は別に王家と揉めてるわけじゃないだろ?」

「舞踏会にはお母様が出席するからいいのよ。まったく、面倒な式典は私に押し付けた癖に、舞踏会にはちゃっかり参加するんだから勝手よね。
    私は男がまとわりついてきて鬱陶しいから出ないわ」

「はっ、そうだろうな」

 俺はエキドナの身体を見下ろしてしみじみとつぶやいた。
 10年以上の付き合いになる彼女も、子供の頃と比べて随分と成長している。脚はスラリと長く、胸は見るからに豊満に膨らんでいる。おまけに胸元や背中が大胆に開いた服を着ているのだから、パーティーで男達が放っておかないだろう。

「貴族の男が相手となると、どうしても結婚とか家同士の付き合いが前提になるから面倒よね。私はやっぱり、後腐れのない男の方が好きだわ」

「だからって船乗りや海賊を相手に、とっかえひっかえ寝るのはどうかと思うけどな。一応は貴族の娘だし、多少は慎みを持ったらどうだ?」

「貞操観念に関しては貴方に口出しされる筋合いはないわよ。貴方も私と同類でしょう?」

 俺が複数の女性を愛人にしているように、エキドナもまた多くの男性との恋を楽しんでいた。つまりは同類である。
 違いがあるとすれば、俺は気に入った女性を愛人として囲うのを好んでいるのに対して、エキドナは酒場などで名前も知らない男をひっかけて、そのまま一夜限りの恋に持ち込むことを好んでいる点だろう。

 そんな身持ちユルユルの仲間である俺達だったが、奇跡的なことに肉体関係はない。
 磁石の同極が弾き合うように、なぜかお互いに相手を異性とは見れないからだ。

「あら? 私は一応、ディンのことを男性として見ているわよ?」

「はあ!?」

 エキドナの口から放たれた爆弾発言に、俺は足をもつれさせて転びそうになった。

「私が知る限りでは一番いい男だし、結婚とかは無理だけど、いつか子供を産むのなら父親は貴方にしたいと思っているわよ? お家のためにも、跡継ぎは産まなきゃいけないしね。私としては少し検討してもらいたいのだけど・・・」

「うん・・・んー、えーと・・・そうだな・・・いや・・・やめとく・・・」

 わりと長い時間、悩んでからそう返答しておいた。
 若干、後ろ髪を引かれる思いがないわけではなかったが、今さらエキドナを女性としてどう扱ってよいかわからなかった。

「そう? 考えが変わったら教えて頂戴ね」

「・・・はい」

 俺はさっさとその場から立ち去ることにした。これ以上、彼女と話していたら、大切な何かが取り返しのつかない方向に変わってしまいそうな気がした。

(・・・他人のくせにやたらと距離が近すぎる。だから幼馴染ってのは嫌なんだよ!)

 女性に対しては百戦錬磨の浮名を流す俺にだって、苦手な女はいるようだ。
    そういう相手とは関わらないにかぎる。

「あ、ちょっと待ってよ。ディン!」

 早足で逃走をはかる俺の腕を引いて、エキドナが呼び止めた。

「この後、王都にあるサンダーバード家の屋敷で集まりがあるから、貴方も参加してくれないかしら? もちろん、食事とお酒も出すわよ」

「・・・王家主催の舞踏会を蹴っておいて、いったい何の集まりだよ」

 出来れば参加したくない。そんな思いを込めて尋ねるが、エキドナの口から出たのは参加せざるを得なくなる言葉だった。

「四方四家の次期当主の集まりよ。他の二人はどちらも参加して下さるそうよ?」

 どうやら、王都の夜は長くなりそうである。
 日が傾きつつある空を窓から見つめて、俺は溜息をついた。
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