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第8章 砂銀の日
それは呪いか
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『いやだ……こわいよ……』
暗い。
何も見えない。
『たすけて、おかあさま……』
全身に迸る苦痛。
焼けるような痛みに喘ぎながら、虚空へ手を伸ばした。
『お前の母はもう死んだのよ。助けなんて誰も来ないの』
だが、指先に触れたのは。
悪意の結晶、侮蔑の邪悪。
救いを求めて差し出した手を、ソレは奈落へと突き落とした。
『さあ、お前の可能性を潰してあげる』
◇◇◇◇
「っ……!」
意識が裂かれる。
ノーラは咄嗟に身を起こした。
「嫌な夢……見てた気がする」
全身に激痛が走っていたのは夢だ。
苦しみに喘いでいたのも夢だ。
どんな夢を見ていたのか……思い出せない。
窓の外を見れば、まだ早朝。
起きるには少し早い時間だ。
「起きるか……人の快眠を邪魔しやがって」
普段ならば二度寝している局面。
だが、今ばかりは起床を選んだ。
また悪夢を見てしまう可能性を考えると、とてもじゃないが二度寝する気にはなれない。
痛みを伴う悪夢を見ていたということは。
それとなくノーラは腰をさすってみた。
「うーん……体のどこにも痛い箇所はねぇな。一応病気の検査とかした方がいいんだろうか」
不養生に日々を送っている自覚はある。
最近は演劇の練習で喉が枯れたりしたし、他にも健康の問題があるかも。
どうせならエルメンヒルデにでも診てもらおうか。
大体の病気は治せるそうだし。
「そういえば……今日はわたしの発表か」
本日はクラスNの講義。
そしてノーラが研究の発表担当だ。
書棚の分厚い本を手に取る。
世界魔眼大全……サンロックの賢者から譲り受けたものだが。
ノーラの右目に似た性質を持つ魔眼は、あまり見つからない。
本当に自分の研究は進んでいるのか?
季節は秋。
ペートルスとヴェルナーもあと半年も経たずに卒業してしまうし、そろそろ本気で向き合うべきかもしれない。
◇◇◇◇
「魔眼大全を読みふけった結果ですね、わたしはひとつの気づきを得てしまったんです」
クラスNの生徒たちが解説に聞き入るなか、ノーラは研究の進捗を報告していた。
机上には何枚もの紙が広げられ、各魔眼の特徴の図解が描かれている。
「魔眼って、その名の通り『魔力を流して特殊な力を起動する』目なんですよ。……合ってますよね?」
ノーラのあまり自信のない言葉に、フリッツがうなずく。
「そうですよ。私の知己にも魔眼を持つ者がいます。魔眼の行使は、魔術の行使に近いですね」
「ですよね。でも、わたしの右目は出力の調整に魔力を必要としないんです。つまりこれって、やっぱり魔眼じゃないのでは? 振り出しに戻る形になってしまうんですけどね」
右目が魔眼ではないという結論は早々に出ていた。
改めて魔眼について深く学んで、また最初の結論に戻ってきたという形だ。
「無駄な歩みではなかっただろう。しっかりと精査した上で、ひとつの結論を得たのだから」
「……ペートルスの言う通りだな。仮定から確たる結論への昇華だ」
ペートルスを肯定するようにヴェルナーもうなずいた。
三年生たちは結論を出すために参考資料を集めることの意義を知っている。
学生としての三年間だけではなく、生涯をかけて向き合っていく可能性すら視野に入れているのかもしれない。
「……で? 次はどう舵を取るんだよ」
「それなんですよねー。マインラート様、なんかいい案ないすか?」
「いや知らねえよ。サンロックの賢者でもお手上げなのに、俺が助言できるわけないだろ」
投げやりなマインラートだが、彼の言葉はもっともである。
他人の得体の知れない力について、具体的な知識を求められれば助言することはできる。
しかし正しく口出しすることはできない。
談義の様子を見て、エルメンヒルデが口を挟んだ。
「ノーラちゃんはさ、結局何がしたいの?」
「何がって……」
「最終的にどこを目指してるのかな。力を解明して、それで終わり? それとも意義を見出すの? 呪いを治療したいの?」
「うーん……みんなは自分の力で被害を受けていないけど、わたしの場合は片目で日常生活を送らなきゃいけないっていう弊害があるから。やっぱり最終的には呪いとお別れしたいかな」
たまに自衛手段にはなるが、それでも右目はデメリットの方が多い。
眼帯をつけての生活には慣れたものの、奇異の目で見られることもあるし。
「それなら目にまつわる文献よりも、解呪とか医術とかを探った方がいいかもね」
「なるほどなー。学園にはいろんな分野の教授がいるし、頼ってみるのも悪くないか」
己の力について、研究成果を報告する論文は三年次に提出する。
結論の形は様々だ。
純粋に成果を報告するだけでもよし、力の意義を示すのもよし。
そろそろ最終的な着地点を検討しながら、研究を進めるべきかもしれない。
「…………」
この右目は呪縛だ。
そう語るノーラを見て、ペートルスは静かに瞳を伏した。
暗い。
何も見えない。
『たすけて、おかあさま……』
全身に迸る苦痛。
焼けるような痛みに喘ぎながら、虚空へ手を伸ばした。
『お前の母はもう死んだのよ。助けなんて誰も来ないの』
だが、指先に触れたのは。
悪意の結晶、侮蔑の邪悪。
救いを求めて差し出した手を、ソレは奈落へと突き落とした。
『さあ、お前の可能性を潰してあげる』
◇◇◇◇
「っ……!」
意識が裂かれる。
ノーラは咄嗟に身を起こした。
「嫌な夢……見てた気がする」
全身に激痛が走っていたのは夢だ。
苦しみに喘いでいたのも夢だ。
どんな夢を見ていたのか……思い出せない。
窓の外を見れば、まだ早朝。
起きるには少し早い時間だ。
「起きるか……人の快眠を邪魔しやがって」
普段ならば二度寝している局面。
だが、今ばかりは起床を選んだ。
また悪夢を見てしまう可能性を考えると、とてもじゃないが二度寝する気にはなれない。
痛みを伴う悪夢を見ていたということは。
それとなくノーラは腰をさすってみた。
「うーん……体のどこにも痛い箇所はねぇな。一応病気の検査とかした方がいいんだろうか」
不養生に日々を送っている自覚はある。
最近は演劇の練習で喉が枯れたりしたし、他にも健康の問題があるかも。
どうせならエルメンヒルデにでも診てもらおうか。
大体の病気は治せるそうだし。
「そういえば……今日はわたしの発表か」
本日はクラスNの講義。
そしてノーラが研究の発表担当だ。
書棚の分厚い本を手に取る。
世界魔眼大全……サンロックの賢者から譲り受けたものだが。
ノーラの右目に似た性質を持つ魔眼は、あまり見つからない。
本当に自分の研究は進んでいるのか?
季節は秋。
ペートルスとヴェルナーもあと半年も経たずに卒業してしまうし、そろそろ本気で向き合うべきかもしれない。
◇◇◇◇
「魔眼大全を読みふけった結果ですね、わたしはひとつの気づきを得てしまったんです」
クラスNの生徒たちが解説に聞き入るなか、ノーラは研究の進捗を報告していた。
机上には何枚もの紙が広げられ、各魔眼の特徴の図解が描かれている。
「魔眼って、その名の通り『魔力を流して特殊な力を起動する』目なんですよ。……合ってますよね?」
ノーラのあまり自信のない言葉に、フリッツがうなずく。
「そうですよ。私の知己にも魔眼を持つ者がいます。魔眼の行使は、魔術の行使に近いですね」
「ですよね。でも、わたしの右目は出力の調整に魔力を必要としないんです。つまりこれって、やっぱり魔眼じゃないのでは? 振り出しに戻る形になってしまうんですけどね」
右目が魔眼ではないという結論は早々に出ていた。
改めて魔眼について深く学んで、また最初の結論に戻ってきたという形だ。
「無駄な歩みではなかっただろう。しっかりと精査した上で、ひとつの結論を得たのだから」
「……ペートルスの言う通りだな。仮定から確たる結論への昇華だ」
ペートルスを肯定するようにヴェルナーもうなずいた。
三年生たちは結論を出すために参考資料を集めることの意義を知っている。
学生としての三年間だけではなく、生涯をかけて向き合っていく可能性すら視野に入れているのかもしれない。
「……で? 次はどう舵を取るんだよ」
「それなんですよねー。マインラート様、なんかいい案ないすか?」
「いや知らねえよ。サンロックの賢者でもお手上げなのに、俺が助言できるわけないだろ」
投げやりなマインラートだが、彼の言葉はもっともである。
他人の得体の知れない力について、具体的な知識を求められれば助言することはできる。
しかし正しく口出しすることはできない。
談義の様子を見て、エルメンヒルデが口を挟んだ。
「ノーラちゃんはさ、結局何がしたいの?」
「何がって……」
「最終的にどこを目指してるのかな。力を解明して、それで終わり? それとも意義を見出すの? 呪いを治療したいの?」
「うーん……みんなは自分の力で被害を受けていないけど、わたしの場合は片目で日常生活を送らなきゃいけないっていう弊害があるから。やっぱり最終的には呪いとお別れしたいかな」
たまに自衛手段にはなるが、それでも右目はデメリットの方が多い。
眼帯をつけての生活には慣れたものの、奇異の目で見られることもあるし。
「それなら目にまつわる文献よりも、解呪とか医術とかを探った方がいいかもね」
「なるほどなー。学園にはいろんな分野の教授がいるし、頼ってみるのも悪くないか」
己の力について、研究成果を報告する論文は三年次に提出する。
結論の形は様々だ。
純粋に成果を報告するだけでもよし、力の意義を示すのもよし。
そろそろ最終的な着地点を検討しながら、研究を進めるべきかもしれない。
「…………」
この右目は呪縛だ。
そう語るノーラを見て、ペートルスは静かに瞳を伏した。
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