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第7章 文化祭
約束
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文化祭の成功祝い……ということで。
ノーラは食堂の三階に招かれていた。
他にも演劇の出演者や、裏方で協力してくれた生徒も招かれている。
「それでは……演劇の成功を祝って、乾杯」
デニスがグラスを掲げると、他の面々もグラスを掲げる。
今年の文化祭はフィナーレのおかげでかつてない盛り上がりを見せた。
その熱気にあてられ、生徒たちも浮かれているようだ。
あの怪物がアクシデントであったことを知るのは、演劇に関わっていた生徒のみ。
生徒会の意向で、事件は劇の演出という体で通されることになった。
「今回は思わぬアクシデントもありましたが……誰にも被害が出ずに済みました。きっと神が見守っていてくださったのでしょう」
「何をおっしゃいますか殿下。危難を乗り越えられたのは、殿下の勇気があってこそ。舞台で怪物の気を惹き、華麗に舞った御姿……見事でした」
謙遜するデニスに、セリノが称賛を浴びせる。
他の生徒も同意するようにうなずいた。
デニスの雄姿は何代も先まで語り継がれるだろう。
ガスパルがワイングラスを揺らしながら笑う。
「エンカルナ嬢が病気で倒れたときはどうなるかと思ったけれど……ふふっ。ベストな代役が見つかって何よりだ。そうだろう、ノーラ嬢?」
「えっ? えぇ……まあ、わたしを選んで良かったですね!」
ドヤ顔でノーラは胸を張る。
今ばかりは自分を肯定しても罰は当たらないはず。
劇を成功に導いたのは、自分の活躍もあってこそだと。
「君は本当に歌が上手いね。元は吟遊詩人なんだっけ?」
「は、はい……一応。部分的にそうです」
ルートラ公爵家に滞在して歌を歌っていたのだから、実質宮廷吟遊詩人。
そういうことで強引に言い訳している。
「君のような才能が埋もれていたなんて……なんという悲劇だろう? 殿下もそう思いますよね?」
「え、ええと……そうですね。ノーラさんの歌声はすばらしいと思います。今回の劇のように静かな歌も魅力的ですが、私は庶民で流行しているというラップやロック……」
「おぉーっ!? で、殿下! 髪が乱れています!」
デニスがとんでもないことを口走りそうになったので、ノーラは慌てて話題を逸らした。
自分がデニスに庶民の歌を教えたと知られたら、もう不敬どころの話ではない。
ノーラが指摘した髪の乱れを、セリノがすかさず直す。
櫛だのハンカチだのが瞬時に出てくるのは良質な従者の証だ。
「殿下。髪の乱れは気品の乱れ。文化祭が終わって気が弛んでいるかもしれません」
「セリノは細かいなぁ……そこまで気にしなくても」
楽しそうに進む祝賀会。
だが、ノーラはどことなく違和感を覚えた。
足りないものがひとつだけある。
きっとデニスも、セリノも、ガスパルも気づいている。
この場に影の立役者、エンカルナがいないことに。
それでも彼らが違和感を指摘しないのは、ノーラに配慮してのことだろうか。
あるいは……本人に配慮してのことだろうか。
◇◇◇◇
宴が終わり、ノーラはひとり舞台に足を運んだ。
まだセットは撤去されていない。
夜闇の下、デニスと怪物が戦った跡が残っている。
美しい音色が耳朶を叩いた。
――歌声だ。
歌声は近づくにつれ徐々に大きくなり、しかと聞き取れるまでになった。
これはノーラが劇で歌ったものと同じ歌詞だ。
「……エンカルナ様」
月夜の下、一人の少女が歌声を響かせていた。
まだ本調子ではない。
少し控えめに、それでも聴く者を惹きつけるような。
情熱が籠められている。
「ノーラ・ピルット」
「は、はい!?」
歌声が止む。
こっそり盗み見ていたはずが、名前を急に呼ばれてノーラは情けない声を上げた。
おずおずと足を運び、エンカルナのそばへ歩み寄る。
「こんばんは。その……なんとなく、ですけど。ここに来たくなりまして」
「そう。祝賀会は楽しかった?」
「はい。でも……エンカルナ様がいたら、もっと楽しかったんじゃないかと思います」
「殿下にはお誘いを受けたのよ。でも断った。舞台にすら出ていない私が、祝いの席に出るなどおこがましい」
そんなことない……と言おうとしたが。
これはエンカルナの誇りの問題だ。
他人のノーラがとやかく言う場面ではない。
「ご病気は大丈夫ですか?」
「ええ。小さな歌声で歌えるくらいには回復したわ。まだ全力では歌えないから……あなたに代役を任せたのは正解だったみたいね。私では、あの事故にも対処できなかった」
寂しそうにエンカルナは俯いた。
一生に一度の晴れ舞台だ。
後悔の念は測り知れない。
エンカルナはノーラに向き直り、深々と頭を下げた。
「……謝罪するわ。私の代役が務まるとは思えない……なんて言ってごめんなさい。あなたは私よりも綺麗な歌声で、どんな事態にも臆さず、本気で劇に向き合っていた。演劇をすてきなものにしてくれて……ありがとう」
心からの謝意を受け取り、ノーラの胸が温かくなる。
ここで返すべき言葉は謙遜じゃない。
「どういたしまして。わたし……こんなに多くの人の前で歌うの、初めてで。演技をしたのも初めてで。すごく緊張したけど……そのぶん成長できました。わたしを成長させてくれて、こちらこそありがとうございます」
ノーラは静かにエンカルナの手を取った。
彼女は驚いたようにノーラを見つめている。
「ご病気が治ったら、エンカルナ様と一緒に歌ってみたいです。きっと最高のデュエットができますよ!」
「あなた……ふふ、いいわよ。私の実力を見せてあげる。約束よ?」
「はい、約束です」
重ねた手を離し、今度は約束を重ねて。
二人は笑い合った。
ノーラは食堂の三階に招かれていた。
他にも演劇の出演者や、裏方で協力してくれた生徒も招かれている。
「それでは……演劇の成功を祝って、乾杯」
デニスがグラスを掲げると、他の面々もグラスを掲げる。
今年の文化祭はフィナーレのおかげでかつてない盛り上がりを見せた。
その熱気にあてられ、生徒たちも浮かれているようだ。
あの怪物がアクシデントであったことを知るのは、演劇に関わっていた生徒のみ。
生徒会の意向で、事件は劇の演出という体で通されることになった。
「今回は思わぬアクシデントもありましたが……誰にも被害が出ずに済みました。きっと神が見守っていてくださったのでしょう」
「何をおっしゃいますか殿下。危難を乗り越えられたのは、殿下の勇気があってこそ。舞台で怪物の気を惹き、華麗に舞った御姿……見事でした」
謙遜するデニスに、セリノが称賛を浴びせる。
他の生徒も同意するようにうなずいた。
デニスの雄姿は何代も先まで語り継がれるだろう。
ガスパルがワイングラスを揺らしながら笑う。
「エンカルナ嬢が病気で倒れたときはどうなるかと思ったけれど……ふふっ。ベストな代役が見つかって何よりだ。そうだろう、ノーラ嬢?」
「えっ? えぇ……まあ、わたしを選んで良かったですね!」
ドヤ顔でノーラは胸を張る。
今ばかりは自分を肯定しても罰は当たらないはず。
劇を成功に導いたのは、自分の活躍もあってこそだと。
「君は本当に歌が上手いね。元は吟遊詩人なんだっけ?」
「は、はい……一応。部分的にそうです」
ルートラ公爵家に滞在して歌を歌っていたのだから、実質宮廷吟遊詩人。
そういうことで強引に言い訳している。
「君のような才能が埋もれていたなんて……なんという悲劇だろう? 殿下もそう思いますよね?」
「え、ええと……そうですね。ノーラさんの歌声はすばらしいと思います。今回の劇のように静かな歌も魅力的ですが、私は庶民で流行しているというラップやロック……」
「おぉーっ!? で、殿下! 髪が乱れています!」
デニスがとんでもないことを口走りそうになったので、ノーラは慌てて話題を逸らした。
自分がデニスに庶民の歌を教えたと知られたら、もう不敬どころの話ではない。
ノーラが指摘した髪の乱れを、セリノがすかさず直す。
櫛だのハンカチだのが瞬時に出てくるのは良質な従者の証だ。
「殿下。髪の乱れは気品の乱れ。文化祭が終わって気が弛んでいるかもしれません」
「セリノは細かいなぁ……そこまで気にしなくても」
楽しそうに進む祝賀会。
だが、ノーラはどことなく違和感を覚えた。
足りないものがひとつだけある。
きっとデニスも、セリノも、ガスパルも気づいている。
この場に影の立役者、エンカルナがいないことに。
それでも彼らが違和感を指摘しないのは、ノーラに配慮してのことだろうか。
あるいは……本人に配慮してのことだろうか。
◇◇◇◇
宴が終わり、ノーラはひとり舞台に足を運んだ。
まだセットは撤去されていない。
夜闇の下、デニスと怪物が戦った跡が残っている。
美しい音色が耳朶を叩いた。
――歌声だ。
歌声は近づくにつれ徐々に大きくなり、しかと聞き取れるまでになった。
これはノーラが劇で歌ったものと同じ歌詞だ。
「……エンカルナ様」
月夜の下、一人の少女が歌声を響かせていた。
まだ本調子ではない。
少し控えめに、それでも聴く者を惹きつけるような。
情熱が籠められている。
「ノーラ・ピルット」
「は、はい!?」
歌声が止む。
こっそり盗み見ていたはずが、名前を急に呼ばれてノーラは情けない声を上げた。
おずおずと足を運び、エンカルナのそばへ歩み寄る。
「こんばんは。その……なんとなく、ですけど。ここに来たくなりまして」
「そう。祝賀会は楽しかった?」
「はい。でも……エンカルナ様がいたら、もっと楽しかったんじゃないかと思います」
「殿下にはお誘いを受けたのよ。でも断った。舞台にすら出ていない私が、祝いの席に出るなどおこがましい」
そんなことない……と言おうとしたが。
これはエンカルナの誇りの問題だ。
他人のノーラがとやかく言う場面ではない。
「ご病気は大丈夫ですか?」
「ええ。小さな歌声で歌えるくらいには回復したわ。まだ全力では歌えないから……あなたに代役を任せたのは正解だったみたいね。私では、あの事故にも対処できなかった」
寂しそうにエンカルナは俯いた。
一生に一度の晴れ舞台だ。
後悔の念は測り知れない。
エンカルナはノーラに向き直り、深々と頭を下げた。
「……謝罪するわ。私の代役が務まるとは思えない……なんて言ってごめんなさい。あなたは私よりも綺麗な歌声で、どんな事態にも臆さず、本気で劇に向き合っていた。演劇をすてきなものにしてくれて……ありがとう」
心からの謝意を受け取り、ノーラの胸が温かくなる。
ここで返すべき言葉は謙遜じゃない。
「どういたしまして。わたし……こんなに多くの人の前で歌うの、初めてで。演技をしたのも初めてで。すごく緊張したけど……そのぶん成長できました。わたしを成長させてくれて、こちらこそありがとうございます」
ノーラは静かにエンカルナの手を取った。
彼女は驚いたようにノーラを見つめている。
「ご病気が治ったら、エンカルナ様と一緒に歌ってみたいです。きっと最高のデュエットができますよ!」
「あなた……ふふ、いいわよ。私の実力を見せてあげる。約束よ?」
「はい、約束です」
重ねた手を離し、今度は約束を重ねて。
二人は笑い合った。
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