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第3章 魔術講義
呪われ姫の幻影
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放課後、校舎裏へ足を運ぶ。
手元にわだかまる鈍色の靄。
ヴェルナーから教わった事項を思い出し、頭の中にイメージを浮かべながら……ノーラは魔術の発動を試みていた。
指先にて安定する靄を眺め、コルラードは息を呑んだ。
「おお、いい感じじゃないか!? ノーラに魔術を教えたヴェルナー先輩……だったっけ? かなり魔術が得意なんだろうなぁ。俺みたいな感覚派じゃなくて、相当な理論派みたいだ」
「でも……魔術って、戦闘行為に用いるものだよね? これが護身に使えるとは思えないんだけど……コルラードさんはどう思う?」
「……わっかんないなー。俺、大抵の属性は一瞬で判別できるんだけど。な、ノーラ。俺が強めに魔力抵抗を展開しておくから、その靄をぶつけてみてくれないか?」
提案を受けてノーラは鼻白む。
この靄がどういう魔術か不明な以上、人に打つのは危険だ。
試しに壁や人形に打ってみたが、何も起こらなかった。
だからといって人に対して影響がないとは言いきれない。
「え、えぇ……? コルラードさんに何かあったら大変だよ!」
「ははっ、大げさだなぁ。まあ急所は外してくれると助かるよ。俺、師匠のせいで魔術の的にされるのは慣れてるんだ。ほーら、いつでもこいっ!」
両手をいっぱいに広げてコルラードは仁王立ちした。
彼の周囲にはノーラですら感じ取れるほどの濃密な魔力が満ちており、相当に強固な抵抗を作っているのだとわかる。
あんなに全力で防御してくれているのなら……少しくらい大丈夫かもしれない。
そもそもノーラは魔術のド初心者だし、熟練者のコルラードに傷などつけられまい。
「じゃあ、お言葉に甘えて……い、いきますっ!」
あんまり重症にならなさそうなところに。
肩のあたりに狙いを定め、ノーラは作り出した靄を放り投げた。
靄はふわりと飛び、コルラードの脇腹あたりに命中。
狙いと若干逸れた箇所に当たったが……何も起こらない。
「……ん。何も起こんないなぁ……魔力が俺の体を叩いた感触はあったんだけど。こう、視界が一瞬だけ霞む感じ。やっぱりノーラの魔術は殺傷能力がないのかもしれないな。護身用には使えなさそうだ」
「そ、そうですか……まあ成績はちゃんと評価してもらえるみたいだし、いいかな。コルラードさんも付き合わせちゃってごめんね……」
「いやいや、むしろこっちこそありがとな! 今までにない貴重な現象を見せてもらったよ!」
自分も物語の英雄のように。
好きな小説の主人公みたいに魔術が使えたら……少しは自信がつくかもしれない。
期待を抱いたこともあったが、泡沫の夢に終わる。
才能がないのならばどれだけ努力しても虚しいもので、ノーラは早々に見切りをつけることにした。
諦めて校舎裏を後にしようとした、そのとき。
「――あら、ノーラ。こちらにいたのね」
「え、あ……バレンシア。どうしたの?」
バレンシアが顔を出した。
彼女が目的もなしに校舎裏に現れるとは思えない。
きっとノーラを探していたはずだが。
「明日の社交の授業で使うティーカップ……買いに行くんでしょう? 部屋に行ってもいなかったから、探しに来たのよ」
「あっ、そうだった! ご、ごめんね……忘れてた。もう魔術の訓練も終わるから、今から買いに行こう」
バレンシアと買い物の約束をしていたのをすっかり忘れていた。
まだ約束の時間になってなかったから良かったものの、良好な関係性を崩しかねないところだった。
それじゃあ、とコルラードに別れを告げようとノーラが振り返ると……そこに彼の姿はない。
代わりに声が聞こえたのはバレンシアの近くからだ。
「し、師匠っ!? どうしてニルフック学園にいるんです? も、もしかして俺を監視しに……!?」
コルラードは驚愕した様子でバレンシアに詰め寄っていた。
師匠――たしかにそう言ったコルラード。
噂によれば、コルラードの師匠は『サンロックの賢者』と呼ばれる高名な人で、魔術の達人だとか……?
「え、えぇっ!? バババッ、バレンシアが『サンロックの賢者』様なの……?」
「え、あなた誰……? 今わたくしのことを師匠と呼びました?」
「何をおっしゃってるんですか師匠! 変な話し方やめてくださいよ!」
「あ、あの……ノーラ? いったい何がどうなってるの? この方、あなたのペアだったわよね?」
「???」
意味がわからない。
コルラードはバレンシアを師匠と呼んだが、バレンシアは心当たりがないようで。
コルラードの頭がいきなりおかしくなったのか、あるいはバレンシアがしらを切っているのか。
とりあえずノーラは詰め寄るコルラードを引き剥がした。
「あ、あの……コルラードさん。ちょっと落ち着いて。バレンシアが困ってますよ」
「バレンシア……? いやいや、この人は俺の師匠だよノーラ。ちょっとおっかない人だけど、まさか学園まで俺を監視しに来るなんて、」
「失敬」
刹那。
コルラードの言葉を遮って、乾いた音が響いた。
バレンシア、迫真の平手である。
思いきり振り上げた手のひらをコルラードの頬に叩き込んだ。
衝撃を受けたコルラードは蹈鞴を踏んで後退る。
「いっ……てぇーっ! な、何するんですか師匠! いくらなんでも突然の暴力は……へ?」
「お目覚めになりまして? あなたの師匠はここにはいませんわ」
「「…………」」
ノーラ、コルラード共に絶句していた。
状況の理解できていない様子の二人に、バレンシアは淡々と言葉を紡ぐ。
「目に光がなかったもので。これは一種の意識改編、もしくは幻覚を見せられているのかと思い……少し喝を入れてやったのよ。昔、さっきのあなたに似た胡乱げな瞳を見たことがあったもので」
「……なるほど。いやはや、すまなかったな。バレンシア……だっけ? 俺の目を覚まさせてくれてありがとう」
「あの……どういうこと?」
コルラードは理解した様子だ。
しかし、ノーラには何がなんだかわからない。
コルラードは頬を抑えながらノーラに向き直ると相好を崩した。
「やったぞ、ノーラ! あんたの適正……世にも珍しい『幻』属性だ!」
「まぼろし」
「そ。あの靄は何の力も持たない魔力の塊なんかじゃなかった。相手に幻覚を見せて翻弄する術! 二百万人に一人が適正を持つという超激レア属性……たまらねぇーっ! どうりで消費魔力も多いわけだ!」
勝手に興奮しているコルラードをよそに、バレンシアはノーラの手を取った。
「ようやく魔術が使えるようになったのね。よかったじゃない」
「う、うん……いろんな人が協力してくれたおかげで。相手に幻を見せる魔術かぁ……なんか思ってたのと違うけど、珍しいみたいだからいいかも」
「ちゃんと努力が形になったんだもの。誇っていいわ。さて、あの騒いでいる方は放っておいて……早く行かないとお店が閉まっちゃうわ。行きましょう」
「あ、そうだね。でもお礼言わないと」
「ノーラって律儀よね……でもそれがあなたの美徳でもあるのかしら。ほら、言ってきなさい」
気分が高揚しすぎて謎の舞踊すら始めてしまったコルラード。
軽い足取りの彼に恐るおそる近寄り、ノーラは指導してくれた感謝を述べる。
そしてバレンシアと一緒に買い物へと繰り出したのだが……なぜかコルラードもついてくることになってしまった。
手元にわだかまる鈍色の靄。
ヴェルナーから教わった事項を思い出し、頭の中にイメージを浮かべながら……ノーラは魔術の発動を試みていた。
指先にて安定する靄を眺め、コルラードは息を呑んだ。
「おお、いい感じじゃないか!? ノーラに魔術を教えたヴェルナー先輩……だったっけ? かなり魔術が得意なんだろうなぁ。俺みたいな感覚派じゃなくて、相当な理論派みたいだ」
「でも……魔術って、戦闘行為に用いるものだよね? これが護身に使えるとは思えないんだけど……コルラードさんはどう思う?」
「……わっかんないなー。俺、大抵の属性は一瞬で判別できるんだけど。な、ノーラ。俺が強めに魔力抵抗を展開しておくから、その靄をぶつけてみてくれないか?」
提案を受けてノーラは鼻白む。
この靄がどういう魔術か不明な以上、人に打つのは危険だ。
試しに壁や人形に打ってみたが、何も起こらなかった。
だからといって人に対して影響がないとは言いきれない。
「え、えぇ……? コルラードさんに何かあったら大変だよ!」
「ははっ、大げさだなぁ。まあ急所は外してくれると助かるよ。俺、師匠のせいで魔術の的にされるのは慣れてるんだ。ほーら、いつでもこいっ!」
両手をいっぱいに広げてコルラードは仁王立ちした。
彼の周囲にはノーラですら感じ取れるほどの濃密な魔力が満ちており、相当に強固な抵抗を作っているのだとわかる。
あんなに全力で防御してくれているのなら……少しくらい大丈夫かもしれない。
そもそもノーラは魔術のド初心者だし、熟練者のコルラードに傷などつけられまい。
「じゃあ、お言葉に甘えて……い、いきますっ!」
あんまり重症にならなさそうなところに。
肩のあたりに狙いを定め、ノーラは作り出した靄を放り投げた。
靄はふわりと飛び、コルラードの脇腹あたりに命中。
狙いと若干逸れた箇所に当たったが……何も起こらない。
「……ん。何も起こんないなぁ……魔力が俺の体を叩いた感触はあったんだけど。こう、視界が一瞬だけ霞む感じ。やっぱりノーラの魔術は殺傷能力がないのかもしれないな。護身用には使えなさそうだ」
「そ、そうですか……まあ成績はちゃんと評価してもらえるみたいだし、いいかな。コルラードさんも付き合わせちゃってごめんね……」
「いやいや、むしろこっちこそありがとな! 今までにない貴重な現象を見せてもらったよ!」
自分も物語の英雄のように。
好きな小説の主人公みたいに魔術が使えたら……少しは自信がつくかもしれない。
期待を抱いたこともあったが、泡沫の夢に終わる。
才能がないのならばどれだけ努力しても虚しいもので、ノーラは早々に見切りをつけることにした。
諦めて校舎裏を後にしようとした、そのとき。
「――あら、ノーラ。こちらにいたのね」
「え、あ……バレンシア。どうしたの?」
バレンシアが顔を出した。
彼女が目的もなしに校舎裏に現れるとは思えない。
きっとノーラを探していたはずだが。
「明日の社交の授業で使うティーカップ……買いに行くんでしょう? 部屋に行ってもいなかったから、探しに来たのよ」
「あっ、そうだった! ご、ごめんね……忘れてた。もう魔術の訓練も終わるから、今から買いに行こう」
バレンシアと買い物の約束をしていたのをすっかり忘れていた。
まだ約束の時間になってなかったから良かったものの、良好な関係性を崩しかねないところだった。
それじゃあ、とコルラードに別れを告げようとノーラが振り返ると……そこに彼の姿はない。
代わりに声が聞こえたのはバレンシアの近くからだ。
「し、師匠っ!? どうしてニルフック学園にいるんです? も、もしかして俺を監視しに……!?」
コルラードは驚愕した様子でバレンシアに詰め寄っていた。
師匠――たしかにそう言ったコルラード。
噂によれば、コルラードの師匠は『サンロックの賢者』と呼ばれる高名な人で、魔術の達人だとか……?
「え、えぇっ!? バババッ、バレンシアが『サンロックの賢者』様なの……?」
「え、あなた誰……? 今わたくしのことを師匠と呼びました?」
「何をおっしゃってるんですか師匠! 変な話し方やめてくださいよ!」
「あ、あの……ノーラ? いったい何がどうなってるの? この方、あなたのペアだったわよね?」
「???」
意味がわからない。
コルラードはバレンシアを師匠と呼んだが、バレンシアは心当たりがないようで。
コルラードの頭がいきなりおかしくなったのか、あるいはバレンシアがしらを切っているのか。
とりあえずノーラは詰め寄るコルラードを引き剥がした。
「あ、あの……コルラードさん。ちょっと落ち着いて。バレンシアが困ってますよ」
「バレンシア……? いやいや、この人は俺の師匠だよノーラ。ちょっとおっかない人だけど、まさか学園まで俺を監視しに来るなんて、」
「失敬」
刹那。
コルラードの言葉を遮って、乾いた音が響いた。
バレンシア、迫真の平手である。
思いきり振り上げた手のひらをコルラードの頬に叩き込んだ。
衝撃を受けたコルラードは蹈鞴を踏んで後退る。
「いっ……てぇーっ! な、何するんですか師匠! いくらなんでも突然の暴力は……へ?」
「お目覚めになりまして? あなたの師匠はここにはいませんわ」
「「…………」」
ノーラ、コルラード共に絶句していた。
状況の理解できていない様子の二人に、バレンシアは淡々と言葉を紡ぐ。
「目に光がなかったもので。これは一種の意識改編、もしくは幻覚を見せられているのかと思い……少し喝を入れてやったのよ。昔、さっきのあなたに似た胡乱げな瞳を見たことがあったもので」
「……なるほど。いやはや、すまなかったな。バレンシア……だっけ? 俺の目を覚まさせてくれてありがとう」
「あの……どういうこと?」
コルラードは理解した様子だ。
しかし、ノーラには何がなんだかわからない。
コルラードは頬を抑えながらノーラに向き直ると相好を崩した。
「やったぞ、ノーラ! あんたの適正……世にも珍しい『幻』属性だ!」
「まぼろし」
「そ。あの靄は何の力も持たない魔力の塊なんかじゃなかった。相手に幻覚を見せて翻弄する術! 二百万人に一人が適正を持つという超激レア属性……たまらねぇーっ! どうりで消費魔力も多いわけだ!」
勝手に興奮しているコルラードをよそに、バレンシアはノーラの手を取った。
「ようやく魔術が使えるようになったのね。よかったじゃない」
「う、うん……いろんな人が協力してくれたおかげで。相手に幻を見せる魔術かぁ……なんか思ってたのと違うけど、珍しいみたいだからいいかも」
「ちゃんと努力が形になったんだもの。誇っていいわ。さて、あの騒いでいる方は放っておいて……早く行かないとお店が閉まっちゃうわ。行きましょう」
「あ、そうだね。でもお礼言わないと」
「ノーラって律儀よね……でもそれがあなたの美徳でもあるのかしら。ほら、言ってきなさい」
気分が高揚しすぎて謎の舞踊すら始めてしまったコルラード。
軽い足取りの彼に恐るおそる近寄り、ノーラは指導してくれた感謝を述べる。
そしてバレンシアと一緒に買い物へと繰り出したのだが……なぜかコルラードもついてくることになってしまった。
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