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第3章 魔術講義
魔術理論
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「私に魔術を教えてほしい……と?」
パタンと読みかけの本を閉じ、フリッツは顔を上げた。
噂によると……フリッツは二年生の中でも成績首位、そして魔術の名手だという。
そこでノーラは自分の魔術を改善するべく彼に申し出をしてみた。
フリッツはいつも教室に残って勉強している。
放課後、クラスNの教室を覗けば大体フリッツがいるのだ。
勉強の邪魔をしてしまうのは忍びないが、彼くらいしか頼れる人が思いつかない。
「ご迷惑じゃなければ……ですけど」
「フッ……迷惑などと。誰かが学びを得ようとするならば、私は喜んで手を貸しましょう。セヌール伯爵家の中でも稀代の天才と謳われたこの私にかかれば……基礎の魔術など簡単に修めることができるはず。よい先輩を持ちましたね、ピルット嬢」
「は、はい! 頼りにしています!」
自信に満ちた表情を浮かべてフリッツは周囲を見渡す。
彼の視線の先には、講義後にそそくさと帰ろうとするエルメンヒルデの姿があった。
「レビュティアーベ嬢は大丈夫ですか? あなたもピルット嬢と同じく一年生……魔術でもなんでも、授業でつまづいている点はありませんか?」
「エルンについてはご心配なく。頭はあんまり良くないですけど、魔術はだいじょぶです!」
「そうですか。何かお困りでしたら遠慮なく」
「はーい。それじゃ、エルンは失礼しますね。お疲れさまでーす!」
教室にはノーラとフリッツ、そしてヴェルナーだけが残る形となった。
いつもならヴェルナーは早々に帰るのだが、今日は何やら席に座ったまま渋い顔をしていた。
しかし気にしても仕方ない。
フリッツは期待に逸る様子で、さっそく黒板の前に立った。
「ふふ……人にモノを教えた経験はあまりありませんが、なんだか教師になったようでワクワクしますね。ではピルット嬢、魔術の講義を始めましょうか。天才フリッツの魔術理論を」
「はいっ! よろしくお願いします!」
一言も聞き逃すまいとノーラは気合を入れた。
コルラードや先生に迷惑をかけないためにも、早いうちに魔術を習得したい。
フリッツは黒板に大きな四角形を書く。
それからその中に小さな丸をいくつも描いた。
「まずですね、俗人は魔術を『魔力によって事象を創ること』と考えがちなのです。ですが実際は違う。単純な事象の創出では、化学変化の領域に留まってしまいます」
「は、はぁ……い?」
フリッツは黒板の丸に矢印を描き、そこに波のようなものを足していく。
「魔法・魔術とは『質量を与えること』。魔力による原子の形成とはすなわち、エネルギーを創出して陽子内のクォーツに質量を与えることなのです。様々な属性が存在する中で、光属性の魔法だけが存在しないと提唱されているのは光のクォーツが質量を持たないから。魔法の発動過程を理解しなければ、うまくエガック場に作用して質量を付与することもままならず、魔力の出力もデタラメになるでしょう。それゆえ……」
「?????」
いきなり何を言っているのかわからない。
フリッツが謎の言語をしゃべっている。
ノーラはなんとかノートに文字を書こうとしたが筆が動かず、瞳をぐるぐると回すだけ。
彼女が混乱している間もフリッツの講釈は続く。
続く、続く、続く。
「……であるからして、詠唱式の祖ベーテ・グリュックは言いました。『魔法とはすなわち世界を生み出すことなのだ』と。身近な現象おいてのみ確立される創造――神族が神気を、魔族が邪気を操るように、我々ヒトもまた魔力を……」
「チッ……おい、フリッツ。口を閉じろ」
ノーラが気絶しかけたその瞬間、別の音が割って入った。
これまで様子を静観していたヴェルナーが立ち上がり、黒板に書かれていた謎の図を抹消していく。
「あ……ああっ!? なな、何をしているのですかヴェルナー先輩!? 私の美しき図解がッ……!」
「お前の話は聞くに値しない。たしかにお前は魔術の名うてだが、他人にも同じ理解力を求めるな。ノーラを見ろ……あの呆けた面を」
「ピルット嬢……まさか私の説明に感激するあまり、言葉を失っているのですか?」
精神が彼方へ飛び出している。
ノーラは瞳をあらぬ方向へ向けて絶句していた。
ヴェルナーは呆れたように彼女へ歩み寄る。
「おい」
「…………」
返答がないのはもちろんのこと、意識すらヴェルナーへ向ける様子はない。
ヴェルナーは舌打ちして腕を振り上げた。
「……! ヴェルナー先輩!」
――叩くのはマズい。
フリッツは慌てて飛び出し、ヴェルナーを制止しようとしたが……
「……あ、ヴェルナー……様?」
ぽん……と彼の手はノーラの頭の上に乗った。
瞬間、ノーラは意識を取り戻す。
自分が壮大な理論に包まれ、宇宙の一部になったことは覚えている。
ヴェルナーは頭から手を放して踵を返す。
それから黒板の前に立つフリッツを追いやった。
「どけ。俺が代わりに説明する」
「え、ヴェルナー様が……? でもヴェルナー様、剣士では……」
「魔術は好かん。だが使えないというわけではない。基礎程度なら教えられるだろう」
ヴェルナーには魔力がない。
魔力がないにも拘わらず魔術を使えるという能力で、クラスNに所属しているのだ。
今ノーラが求めている程度の知識なら授けられる。
しかし、教壇を追い出されたフリッツは不満顔だ。
「ちょっと待ってください。ピルット嬢は私に対して魔術の教示を頼んだのです。まだ何も教えていませんよ?」
「それが問題だと言っているんだ。お前の話は迂遠が過ぎる。簡潔に、素人にもわかりやすく手ほどきしろ」
「あ、あの……わたしは魔術が使えるようになればそれでいいので」
「……だそうだ。文句があるのなら……フリッツ、お前も俺の話を聞いていけ」
「っ、わかりました。剣術サロン長の教導がどの程度のものか……見極めさせていただくとしましょう」
フリッツは後方の席に座り、ヴェルナーの講義を拝聴し始めた。
代わりに教壇に立ったヴェルナーは改めてノーラへ解説を始める。
「魔法や魔術の定義なんかは無視していい。ノーラ、お前が知るべきは現象の引き出し方だ。魔術の初心者ならば、規模は小さくてもいい。とにかく現象を起こすこと」
「なるほど……」
「先のお前の話を聞く限り、一度に魔力を放出しすぎる性質があるようだ。その原因が魔力を暴走させやすい体質によるものなのか、あるいはお前の適正属性が魔力を多く必要とするものなのか。場合によって対処法は変わってくる」
「ふむふむ」
「とにもかくにも、絶対的に必要なのが魔力の放出量を調節する能力。呼吸するとき、空気を吐き出す量を調節するように……魔力の『弁』を使いこなせ」
「わたし、魔力の放出だけなら普通にできたんです。でも、魔術として事象を形にしようとすると上手くいかなくて……」
ヴェルナーの説明はわかりやすい。
初心者のノーラにはこれでも理解が追いつかない部分があるものの、フリッツの説明よりは百倍理解しやすかった。
後ろのフリッツも納得した様子でうなっている。
「そうか。では、決まりだな。お前の魔力が暴走気質なわけではない。お前の適正属性が何かわからんが……その魔術に必要な魔力量が多いということだ。たとえば炎の基礎魔術で必要な魔力が10だとして、風の基礎魔術で必要な魔力は40くらいだな。お前のソレは……おそらく100以上必要になるかもしれない」
「ひえぇ……き、きついっすね。わたしも魔力は平均よりもある方みたいなんですけど、それでも欠乏状態になって気絶しちゃいました」
「頭の中で思い浮かべた具現イメージが大きすぎると、多くの魔力を持っていかれる。魔術の発動形式のひとつである『視覚式』は、詠唱式や陣式と違って基準があいまいだ。とにかく小さい規模の事象を起こすことを目標にしろ」
うんうんとうなずき、ノーラはメモを記していく。
聞けば聞くほどヴェルナーの解説はすんなりと頭に入り、講義を終えたころには一人前の魔術師気分に。
フリッツも悔しいながらもヴェルナーの実力を認めたようで『さすがヴェルナー先輩ですね……私も精進します』とぼやいていた。
明日、さっそく教わったことを実践してみよう。
パタンと読みかけの本を閉じ、フリッツは顔を上げた。
噂によると……フリッツは二年生の中でも成績首位、そして魔術の名手だという。
そこでノーラは自分の魔術を改善するべく彼に申し出をしてみた。
フリッツはいつも教室に残って勉強している。
放課後、クラスNの教室を覗けば大体フリッツがいるのだ。
勉強の邪魔をしてしまうのは忍びないが、彼くらいしか頼れる人が思いつかない。
「ご迷惑じゃなければ……ですけど」
「フッ……迷惑などと。誰かが学びを得ようとするならば、私は喜んで手を貸しましょう。セヌール伯爵家の中でも稀代の天才と謳われたこの私にかかれば……基礎の魔術など簡単に修めることができるはず。よい先輩を持ちましたね、ピルット嬢」
「は、はい! 頼りにしています!」
自信に満ちた表情を浮かべてフリッツは周囲を見渡す。
彼の視線の先には、講義後にそそくさと帰ろうとするエルメンヒルデの姿があった。
「レビュティアーベ嬢は大丈夫ですか? あなたもピルット嬢と同じく一年生……魔術でもなんでも、授業でつまづいている点はありませんか?」
「エルンについてはご心配なく。頭はあんまり良くないですけど、魔術はだいじょぶです!」
「そうですか。何かお困りでしたら遠慮なく」
「はーい。それじゃ、エルンは失礼しますね。お疲れさまでーす!」
教室にはノーラとフリッツ、そしてヴェルナーだけが残る形となった。
いつもならヴェルナーは早々に帰るのだが、今日は何やら席に座ったまま渋い顔をしていた。
しかし気にしても仕方ない。
フリッツは期待に逸る様子で、さっそく黒板の前に立った。
「ふふ……人にモノを教えた経験はあまりありませんが、なんだか教師になったようでワクワクしますね。ではピルット嬢、魔術の講義を始めましょうか。天才フリッツの魔術理論を」
「はいっ! よろしくお願いします!」
一言も聞き逃すまいとノーラは気合を入れた。
コルラードや先生に迷惑をかけないためにも、早いうちに魔術を習得したい。
フリッツは黒板に大きな四角形を書く。
それからその中に小さな丸をいくつも描いた。
「まずですね、俗人は魔術を『魔力によって事象を創ること』と考えがちなのです。ですが実際は違う。単純な事象の創出では、化学変化の領域に留まってしまいます」
「は、はぁ……い?」
フリッツは黒板の丸に矢印を描き、そこに波のようなものを足していく。
「魔法・魔術とは『質量を与えること』。魔力による原子の形成とはすなわち、エネルギーを創出して陽子内のクォーツに質量を与えることなのです。様々な属性が存在する中で、光属性の魔法だけが存在しないと提唱されているのは光のクォーツが質量を持たないから。魔法の発動過程を理解しなければ、うまくエガック場に作用して質量を付与することもままならず、魔力の出力もデタラメになるでしょう。それゆえ……」
「?????」
いきなり何を言っているのかわからない。
フリッツが謎の言語をしゃべっている。
ノーラはなんとかノートに文字を書こうとしたが筆が動かず、瞳をぐるぐると回すだけ。
彼女が混乱している間もフリッツの講釈は続く。
続く、続く、続く。
「……であるからして、詠唱式の祖ベーテ・グリュックは言いました。『魔法とはすなわち世界を生み出すことなのだ』と。身近な現象おいてのみ確立される創造――神族が神気を、魔族が邪気を操るように、我々ヒトもまた魔力を……」
「チッ……おい、フリッツ。口を閉じろ」
ノーラが気絶しかけたその瞬間、別の音が割って入った。
これまで様子を静観していたヴェルナーが立ち上がり、黒板に書かれていた謎の図を抹消していく。
「あ……ああっ!? なな、何をしているのですかヴェルナー先輩!? 私の美しき図解がッ……!」
「お前の話は聞くに値しない。たしかにお前は魔術の名うてだが、他人にも同じ理解力を求めるな。ノーラを見ろ……あの呆けた面を」
「ピルット嬢……まさか私の説明に感激するあまり、言葉を失っているのですか?」
精神が彼方へ飛び出している。
ノーラは瞳をあらぬ方向へ向けて絶句していた。
ヴェルナーは呆れたように彼女へ歩み寄る。
「おい」
「…………」
返答がないのはもちろんのこと、意識すらヴェルナーへ向ける様子はない。
ヴェルナーは舌打ちして腕を振り上げた。
「……! ヴェルナー先輩!」
――叩くのはマズい。
フリッツは慌てて飛び出し、ヴェルナーを制止しようとしたが……
「……あ、ヴェルナー……様?」
ぽん……と彼の手はノーラの頭の上に乗った。
瞬間、ノーラは意識を取り戻す。
自分が壮大な理論に包まれ、宇宙の一部になったことは覚えている。
ヴェルナーは頭から手を放して踵を返す。
それから黒板の前に立つフリッツを追いやった。
「どけ。俺が代わりに説明する」
「え、ヴェルナー様が……? でもヴェルナー様、剣士では……」
「魔術は好かん。だが使えないというわけではない。基礎程度なら教えられるだろう」
ヴェルナーには魔力がない。
魔力がないにも拘わらず魔術を使えるという能力で、クラスNに所属しているのだ。
今ノーラが求めている程度の知識なら授けられる。
しかし、教壇を追い出されたフリッツは不満顔だ。
「ちょっと待ってください。ピルット嬢は私に対して魔術の教示を頼んだのです。まだ何も教えていませんよ?」
「それが問題だと言っているんだ。お前の話は迂遠が過ぎる。簡潔に、素人にもわかりやすく手ほどきしろ」
「あ、あの……わたしは魔術が使えるようになればそれでいいので」
「……だそうだ。文句があるのなら……フリッツ、お前も俺の話を聞いていけ」
「っ、わかりました。剣術サロン長の教導がどの程度のものか……見極めさせていただくとしましょう」
フリッツは後方の席に座り、ヴェルナーの講義を拝聴し始めた。
代わりに教壇に立ったヴェルナーは改めてノーラへ解説を始める。
「魔法や魔術の定義なんかは無視していい。ノーラ、お前が知るべきは現象の引き出し方だ。魔術の初心者ならば、規模は小さくてもいい。とにかく現象を起こすこと」
「なるほど……」
「先のお前の話を聞く限り、一度に魔力を放出しすぎる性質があるようだ。その原因が魔力を暴走させやすい体質によるものなのか、あるいはお前の適正属性が魔力を多く必要とするものなのか。場合によって対処法は変わってくる」
「ふむふむ」
「とにもかくにも、絶対的に必要なのが魔力の放出量を調節する能力。呼吸するとき、空気を吐き出す量を調節するように……魔力の『弁』を使いこなせ」
「わたし、魔力の放出だけなら普通にできたんです。でも、魔術として事象を形にしようとすると上手くいかなくて……」
ヴェルナーの説明はわかりやすい。
初心者のノーラにはこれでも理解が追いつかない部分があるものの、フリッツの説明よりは百倍理解しやすかった。
後ろのフリッツも納得した様子でうなっている。
「そうか。では、決まりだな。お前の魔力が暴走気質なわけではない。お前の適正属性が何かわからんが……その魔術に必要な魔力量が多いということだ。たとえば炎の基礎魔術で必要な魔力が10だとして、風の基礎魔術で必要な魔力は40くらいだな。お前のソレは……おそらく100以上必要になるかもしれない」
「ひえぇ……き、きついっすね。わたしも魔力は平均よりもある方みたいなんですけど、それでも欠乏状態になって気絶しちゃいました」
「頭の中で思い浮かべた具現イメージが大きすぎると、多くの魔力を持っていかれる。魔術の発動形式のひとつである『視覚式』は、詠唱式や陣式と違って基準があいまいだ。とにかく小さい規模の事象を起こすことを目標にしろ」
うんうんとうなずき、ノーラはメモを記していく。
聞けば聞くほどヴェルナーの解説はすんなりと頭に入り、講義を終えたころには一人前の魔術師気分に。
フリッツも悔しいながらもヴェルナーの実力を認めたようで『さすがヴェルナー先輩ですね……私も精進します』とぼやいていた。
明日、さっそく教わったことを実践してみよう。
応援ありがとうございます!
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