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第2章

91騒がれる聖君

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 今までの比ではないくらいの音量と反応に、レオラムとミコトはびくりと肩を揺らした。
 

「ギャァァァーーーーーーッ」

 ギエェーーーーーーッ


 まだ叫んでいる。
 カシュエルは特に動じた様子もなく、よく通る美声で男の名と役職を呼んだ。

「ジャック・グリフィン魔物研究局長」

 男は赤い髪を振り乱し、墓石の周囲にある白手袋をどこから出してきたのかナイフとフォークでぶっ刺していく。


「ギャアァァァーーーーーー。名を、その声で名を呼ぶナー。耳ガー、眼球ガ潰れるゥーっ」

 ギエェェェェーーーーーッ


 叫ぶ魔物の横で、魔物研究局長という肩書きを持つ男の乱れっぷりにレオラムは唖然とした。
 肩書きを知ることで、だから魔物が王城にいるのかと納得することもあったが、局長と言われる人物の行動とは思えない目の前の光景は、しばらく脳裏から離れていかないだろう。

「相変わらずだね。ジャック」
「ギャッ。だから名を呼ぶナと言っているじゃないかァ。アナタの存在が迷惑でしかないのがわかっていないのカ?」
「それは私の台詞だよ。私たちの方が迷惑しているのにね」

 カシュエルがゆっくりとこちらを振り向き、ねぇ、とにこっとレオラムに向かって笑う。
 レオラムはちらりと奇怪な行動を続ける男を見て、小さく頷いた。

「……はい。そう思います」

 どうやらミコトを噂で釣ろうとしたようであるし、それに巻き込まれたレオラムはただただ緊張と疲労が積み重なっただけだった。
 今回のことがあったから本当のミコトのことを知り仲良くなれそうなのは良かったとは思うが、男に関しては徹頭徹尾てっとうてつび迷惑行為しか感じない。

 カシュエルは「だよね」と頷き、ミコトの方に向くと、国の至宝とも呼ばれるほどの美しさを誇る美貌で微笑んだ。
 その際に銀髪がゆるりと揺れ、光を放っているのではと思うくらい輝いて見えた。

 また、男がギャーギャーと叫んで魔物とともに異様さを放っている。
 それでも、そんな仕草だけでも華やかさをもたらすカシュエルがいるだけで、暗いイメージが付きまとう地下が随分明るく感じる。

「ミコト様、大丈夫でしょうか? この者が大変失礼いたしました。これでもれっきとした立場あるものですので危害は加えていないはずなのですが、多大な迷惑をかけたことかと思います」

 ミコトはうっとりと頬を染め、誰をも魅了する神秘的な紫の瞳を持つカシュエルをガン見していた。
 このような状況でも見惚れる余裕があるなんて、ある意味感心する。


 ──やっぱり、豪語するだけ顔が好きなんだな……。


「ミコト」

 レオラムがしっかりしろと名を呼ぶと、はっと表情を改めぶんぶんと首を振った。

「ええ、レオラムが守ってくれたから大丈夫です」
「……そう、ですか。ご無事でなによりです」

 返事の途中、ちらりとレオラムとミコトが繋いでいる手を見たが、完璧な笑顔でカシュエルは微笑んだ。
 その視線で、あっ、手と思ったが、離すタイミングもわからないし、不安が解けたらミコトから離すだろうとそのままにしておいた。
 その間も男は騒ぎ続け、今度は鉄鍋を持ち出した。

「そこで話していないで、早く退散シロォー」
「そもそもあなたが仕掛けたのでしょう? ジャック」
「ギャァァー。また呼んだァァァー。ええい。クルナァァ。眩しいぃぃぃぃ。えいっ。エイッ」

 カシュエルが名を呼んだだけで、さらにヒートアップした男は、聖水ならぬ、なにやら赤いものを撒きだしだ。
 場所的に、……それは、血? 血なのだろうか?
 やめてほしい。

 そして、鉄鍋からおたまですくって撒くとは、いろいろ突っ込みどころが満載だ。
 ここに来るまでの囃し立てるような鉄がぶつかった音も、きっとこれだったのだろう。

 というか、カシュエルが登場してからさらにカオス過ぎる。
 だが、さすがミコト。状況に慣れると、本来の率直さで思わずとばかりに突っ込む。

「うわぁー、こんな人初めて見たわ」
「……確かに。どちらかといえば、真っ黒な服装とか魔物と一緒とかグリフィン局長の方が恐れられる方だと思うのだけど」
「闇は光が苦手を象徴するようなやり取りね。黒を好む局長は、神々しいカシュエル殿下が苦手なのね。それにしても取り乱しかたが尋常ではないし独特よね……。悪霊退散ならぬ、神退散みたい」
「神を退散? それは嫌な言葉だね」
「そうね。相手は重症なのよ。信者は盲信すぎて自分の信じたいものしか信じない。この患者の症状は、聖君を見たら眩しく感じてパニックを起こす。つまり、聖君パニック症候群ってところかしら」

 とっくりと眺めるように見ていたミコトの、妙なネーミングに苦笑する。
 そもそもなぜ患者風? ミコトに乗せられるように会話をしてしまうが、真面目な顔をして話す内容ではない。

 ここの主のせいでいろんなことがまとまりがなくなるなと、レオラムは騒ぎたてる男とどんな場所でも変わらぬ存在感を放つカシュエルを見つめた。


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