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第2章

92両手に聖

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 グリフィン局長の声が、徐々にかすれ力がなくなってきた。
 さすがに疲れてきたのか、撒くのもやめてぐったり墓石に懐くように頬を置いた。

「ゲホッ。ゴホッ。アナタに会うとしばらく喉が痛くなるからイヤなんだ」

 ぷらぷらと鉄鍋を揺らしながら、やる気なさげにボソボソと告げる。
 勝手に騒ぎ立てていた張本人が、随分勝手なことを言っている。黒い服で赤い液体を撒き散らす人物は墓石が似合いすぎて、ここにいる魔物と同様地上に出るべき姿ではない。

「叫ばなければいいだけのことだよ」
「アナタの存在自体がワタシにとって毒そのものなのだヨ。これじゃ、研究に支障ガ出てしまう」
「相変わらず自分本位だね。ジャック」
「ギャアァァァァー、また名前。耳が潰れるぅゥゥゥゥッ」
「はぁ。本当に相変わらずひどいな。ちょっと黙っておこうか?」

 カシュエルがにこりと微笑み、来るなと言っていた相手に容赦なく移転魔法で目の前に立つと、両肩をぽんっと叩いた。
 本気で嫌がる相手に容赦がない王子。

 横にいた黒リボンオークはカシュエルが目の前に現れると、飛び跳ねるように牢屋に自ら入りガチャリと鍵を閉めた。
 自分で鍵の開け閉めできるって、それ牢屋の意味があるのだろうか。

「レオラム、今の見た?」
「うん」
「魔物ってあんなに賢いの?」
「ああいった動作をするのは見たことはないし、あれは特別だと思う」
「そう、良かった。身体能力が優れているうえに知能とか高かったら恐ろしすぎるわ。そういえば、私たちが来た時に騒いでいた他の魔物は随分静かね」
「カシュエル殿下が来てから、ぴたっと静かになったよ。騒いでたのは局長と黒リボンオークだけだった」
「そうなんだ? 殿下の美貌を拝むのと、あの人たちの騒ぎで他を見てる余裕なかったわ」

 牢屋の隅っこでぶるぶる震えているオークの様子を見ながら、ミコトが話しかけてくるのに答える。
 レオラムがこんな魔物は初めて見たなとちょっぴり興味を持って見ていると、グリフィン局長はごちっとものすごい音を立てて墓石におでこをぶつけ、カンカラカンと鉄鍋を放り投げた。

 そして、地下の主はどこからともなく持ち出してきた、これまた黒い仮面をすちゃっと装着した。
 それから、すぅー、はぁーと深く深呼吸をしだす。

「また変なのが出てきた」
「…………」

 すっかり異様さに慣れたのか、ミコトが横で普通に突っ込んでいる。
 本当、ミコトは逞しい。彼女を知った今、もうその逞しさは頼もしい限りであるが、慣れるの早すぎないだろうか?

「ねえ、レオラム。あの仮面、口元だけ真っ赤とか意味不明なのだけど。これであの人、黒と赤だけになっちゃったじゃない。しかも、なぜ口角下がってるの? すっごい情けない表情に見えるけど、黒いし異様だわ」
「…………気分とか?」
「なら、他にもあるのかしら。当然仮面は黒だろうけど、ちょっと気になるわね」

 ミコトさん。好奇心旺盛過ぎない?

 レオラムからしたら黒仮面が出てきた時点でお腹いっぱいだ。
 そもそも、目元は前髪でよく見えないのだ。なのに、顔を隠すって、黒へのこだわりや白手袋のことといい、グリフィン局長の独自ルールは強烈だ。

 そんな会話をしていたら、なぜかとてつもなくキラキラとした笑顔でカシュエルが戻ってきた。
 自分たちの前に立ち駄目押しとばかりににこっと微笑を浮かべると、再びレオラムとミコトの手元を見て、レオラムの空いている方の手をそっと繋いできた。

「えっ? 殿下?」
「二人が仲良さそうだから、私も仲間に入れてもらおうと思って」
「でも、これはミコトが不安だったからで」
でも・・、先ほどから愉快な会話をしていたよね?」
「愉快?」

 だったかな、とミコトを見ると、なぜかニマニマしたミコトがさっきより距離を詰めてきた。

「うん。レオラムといるのは安心するし話すのは楽しいから、できたら地下にいる間はこうしてくれていると嬉しいわ」
「……いいけど」

 王子に見惚れてるにしては微妙な顔にレオラムが首を傾げながら、やはり魔物がいたのは気持ちに響いているのかと了承すると、今度はぐいっとカシュエルに手を引かれる。

「私もあの男のせいで疲れるから、レオラムで安心させて欲しいな」

 ふわっと微笑みながら言われ、レオラムは王子らしくない弱気の言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返す。
 しかも、顔を覗き込まれて息がかかるほどの近さで甘い声でささやかれ、無性に恥ずかしくなってレオラムは顔を赤らめた。

「ぶふっ」
「優しいレオラムは聖女様だけとか男女で差別しないよね?」

 左側ではミコトが吹き出し、右側ではカシュエルにおねだりされている。

「平凡クンが、ぜんぜん平凡クンではなかった……。失望したヨ」

 そして、墓石に懐いているグリフィン局長に、なぜか幻滅された。


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