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第1章
65ままならない(カシュエルSIDE)②
しおりを挟むレオラムにとっては出会って10日なのだろうが、カシュエルにとっては6年という長い月日をかけてずっと話せる日を、過ごせる日を心待ちにしていたのだ。
だから、相談もなくされたことが、悲しいし悔しいし、怒りすら湧いてきて。
それらはレオラムからしたら理不尽であることもわかっているが、愛おしいと思うからこそあっさりと自分を切り離すように行動出来てしまうレオラムが憎くもある。
カシュエルは唇を噛み締め、ふっ、と息を吐くと、意識的にそれらを閉じ込め公務に集中した。
大部分では切り替えたが意識の端でレオラムを気にしながら、聖女の相手をしたり、公務に没頭している間に辺りは暗くなり始めていた。
寄り道をしながら勇者とともにようやく城に帰ってきたと連絡を受け、カシュエルは今日はこれで仕事は終わりと決め、足早にレオラムの元へと向かう。
今まではもっと遠いところにいて、会えなかったし話せなかった。それでも、我慢できていたし、元気なことが確認できるだけで満足だった。
なのに、話せる今の方が焦がれている気がする。
一緒にいない時に何をしているのかとか、何を考えているのかとか、レオラムに触れたことでさらにもっと知りたいと思う欲求が抑えられない。
宵闇の中、恋い焦がれるレオラムの姿が見える。
「レオラム」
勇者と話しているレオラムの背中が落ち込んでるような気がして、背後から腕を回す。
だけど、揺れる感情からどこまで抱きしめていいのかわからなくなって、すぐに腕を解いた。それでも離れたくなくて、逃げてしまわないように腰を抱く。
勇者と会話の応酬をした後、レオラムと一緒に過ごしたからかやけにすっきりした顔の勇者がにやりと笑い、レオラムの頭を小さな子をなだめるようにぽんぽんと叩く。
それにレオラムは嫌そうに顔をしかめたが、特に言葉で咎めるとかはしなかった。
「では、私はこれで失礼します。聖女のことは、まあ、お互いになんとかしていくしかないでしょうし」
「そうだな」
「はい。私たちの方でも対策を考えます。レオラム、何か力が必要な時は言えよ」
勇者はカシュエルに頭を下げると、レオラムに視線を向けた。
その双眸には、いつか見たレオラムに対する苛立ちが薄れているどころか情のようなのも見て取れて、カシュエルは言いようのない不安を覚える。
それに気づかないというか、やはり視線を合わせるのは苦手なようで、それでも向けられる柔らかい情には根が真面目で優しいレオラムは態度を崩す。
続く言葉も、そっけなくもあるがどこか今までと違うように思えた。
「そんな日は来ないです」
「本当、可愛げがないな」
「もとからです」
「そうだったな。ま、用がなくてもまた美味しいところ連れて行ってやる」
「……タイミングが合えば」
「おう。じゃあな」
「はい。……アルフレッド、いろいろありがとうございました」
勇者の名を自然と呼び、名を呼ばせている。それがとても引っかかっり、カシュエルの身体に力が入る。
他人とのやり取りをここまで気にして、不快に思ったことはなかった。
──ああ、我慢ができない。
レオラムの抱えているものだとか、気持ちだとかを尊重したい。そう思う気持ちは嘘ではないが、本当はもっともっと彼の中に踏み込みたいし、触れさせてほしいとずっと思っていた。
まだ早いと自分に言い聞かせ抑えてきたものが、じわじわと滲み出て今にも飛び出してしまいそうだ。
……もう、いいだろうか。
カシュエルにとって、言葉は物事を誘導するためのもので台詞だ。本音を偽り、打算的な欲で嘘だってつけて、本心なんてわからない。
気持ちがこもった言葉も受け止め方で変わるし、万能でもない。
それでも、大事なものというのはわかっている。言葉で示し伝えることで、変わることの方が大きく影響力は計り知れない。
だからこそ、思いを言葉にすると真面目で優しいレオラムを縛ってしまうと思った。
だけど、もう、いいだろうか。思いを言葉に出してレオラムを縛っても。
レオラムが辛い過去を抱えているだろうこと、それも含めて愛おしい。
癒される場所はここであり、守ってあげたい。泣くのも笑うのも、自分のそばでと強く願う。
愛したいし、愛されたい。
自分に相談もなしに出て行くというのなら、逃げるというなら、その中に入れないというのなら……。
言葉で、身体で、一刻も早く自分の色に染め縛り付けたいといった強い衝動にカシュエルは支配された。
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