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第1章
64ままならない(カシュエルSIDE)①
しおりを挟む滞在中は毎日時間さえあれば出会った場所に顔を出したが、結局会えないままその地を離れることとなった。
レオラムの怪我や背後に見える状況を思い浮かべては気になり、人を使って探させたりもしたが見つからず、時間が経てば経つほどレオラムの存在がカシュエルの中で膨れ上がっていった。
最後の引きつった顔だとか、もしかしたらあの後また怪我が増えるようなことが起こっていたのではないのだろうかとか。
小さく最後笑ってくれた姿が可愛かっただとか、気を遣うのにやけにあっさりしていたことだとか。
痛みは慣れたと言い放ち、苦しみには慣れていた方がいいと当然のように言うことだとか。
すべてのことが気になって、カシュエルの意識を引きつけた。
本当の意味で呼吸を教えてくれた、魔力を解放してみたらと、自分なら大丈夫かもなんて言われ、忘れられるはずがない。
会えない時間、見つからない時間、年下の少年が気になって、焦がれるようになった。合図を覚えた心は足りないと告げていた。
レオラムが王城に来るまでのいろんなことを思い出すと、ぎゅっと胸が引き絞られるように痛む。
それさえもレオラムがいる今は愛おしい時間のようで、そして今は王城にいないレオラムを思い、カシュエルは窓の外を眺めた。
──レオラムでないと、レオラムがそばにいないと、もう呼吸さえままならないんだ……。
レオラムと出会ってから、ようやく呼吸とはこういうものだと知った。
そして、さらに苦しいと、もどかしいと思う日々が始まった。
あの時、魔力を解放していたらどうだったのだろうかとか、カシュエルの関心はレオラムに向かうばかりで一向に薄れる気配がなく月日が経っていった。
可能な範囲でレオラムの捜索をし、ようやく出会いから2年後にレオラムを見つけ、見守るうちに芽生える様々な感情に振り回される。
見守るだけが徐々に特別になり、感情に振り回されているうちに情が愛情と執着へと変化するのは、カシュエルにとって必然であった。
その間、他の誰も自分の心を揺るがすことはなかったから。
レオラムだけがカシュエルの心に訴えてくるのだ。そんな相手がいて、もともと感情の起伏が少ないカシュエルが他に関心なんていくはずもない。
ただ、レオラムのことを考えるだけでじくじくとした痛みやもどかしさを覚え、話を聞いたり姿を見ると嬉しかったり心配になったり。
同性だとか異性だとか性別や年齢など関係なく、こんなにも心に合図を送ってくるレオラムだから欲しいのである。
その欲しいに、様々な色合いがついたのはこれだっといった出来事があったわけではないが、気づけばレオラムしか欲しくなくなっていた。
「先ほどギルド長から報告を受けました」
途中、エバンズからそのような報告を受け、カシュエルは視線を向ける。
「なんて?」
「レオラム様が馬車の手配をされたようです」
「へえ……」
冷ややかな声が出た。
周囲がぴたっと一度作業を止めたが気にせず視線で先を促すと、エバンズはゆっくりと眼鏡の位置を直すと続けた。
「その、日にちだとかは決めていないみたいですが、いつでも手配できるようお願いされたそうです」
「わかった」
抑揚のない返答を返し、カシュエルは視線を戻して作業を再開した。
だが、きりきりと胸が痛むのを止められなかった。
レオラムの考えもわかるし、それが悪いわけでもないと頭ではわかっているのに、どうして、といった気持ちが止められない。
待ってと言ったはずだし、こちらも少しでも心を開くタイミングを待っていった。
────……悔しい。
そんなことを思うのは初めてだった。こんなに悩ましく思うのも。
レオラムは、カシュエルに新しい感情を、合図を送ってくる。いない時のもどかしさや苦しみは慣れても、そばにいてからの感情の揺れは慣れない。
どんな時でも全く意識の外から出て行ってくれない。
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