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第1章

63呼吸さえ(カシュエルSIDE)②

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 レオラムが、遠くを見つめながら言う。

「お兄さん、最初寂しいかもって言ってたけど」
「言ったね」
「なんかいろいろ知らない間に溜まってたとかじゃない?」
「溜まる?」
「そう。そのコートの下から見える服もだけど雰囲気も高貴なできる人って感じだから、周囲に合わせることが多くて自分を出し切れる場所がないのかもね。そういったことが気づかないうちに溜まっててふと寂しいって思って、知らない子どもと話したくなったとか? こういうのよくわかんないけどそんな感じ?」

 あくまで初めて出会った年下の子の推測で、本人も首を傾げながら出した言葉であったが、カシュエルの中にストンと落ちた。

 別に合わせることなど苦ではない。頭の回転が速いせいか周囲が追いつくことを待つことも多く、常に合わせている現状に文句もないけれど、先導し待つだけの日々は刺激もないのは正直なところだ。
 そのうえ、魔力のこともあって、常に抑えながら周囲の動きを気にしていたのは確かだ。

「そうかもしれない。物心ついた頃から魔力が人に影響を及ぼすこともあるから常に抑えているし、仕事以外で自分が何かをしたいと思ったことはないな」

 そう告げると、わずかにこちらを向いた。それでも視線は合わないが、レオラムなりに関心があるような態度にカシュエルは小さく笑みを刻んだ。
 自分のことを少年が気にしてくれている。それがとても胸を温かくした。

「魔力、今も抑えてる?」
「そうだね」
「それってしんどいよね」
「別にしんどいと思ったことはないけど」

 そんな風に言われたこともなく考えたこともなく首を傾げると、おおっとレオラムは声を上げた。

「すごいね。お兄さんとっても優秀なんだ。だけど、俺は無理かな。だって、魔力って持って生まれたもので空気と同じようにそこにあるのに、それを加減しろって呼吸を調整しろって言われているようなものだし。ええー、本当それって面倒っていうかやっぱりしんどい」
「呼吸」
「うん。しんどそう」
「そういうものかな」
「今の状態が当たり前すぎてわからないのかな。あっ、俺、あまり人の魔力わからないんだ。だから、ちょっと解放してみる?」
「わからない?」
「…………体質なんだって。だから、俺なら大丈夫かも」

 いざ、意図的ではなく、普段抑えているものを自然な形で出せと言われ戸惑っていると、そこで昼を知らせる鐘がなる。
 レオラムはその音にびくっと身体を震わせ顔を一瞬引きつらせたが、唐突に口調だけは明るく告げた。

「あっ、やばっ。もう行かなきゃ。話の途中でごめん。手当てありがとう」
「えっ」
「じゃ」

 急な展開に目を見開いていると、レオラムは小さく笑って手を振り、何事もなかったかのようにあっさりと去っていった。
 彼にとっては、寂しいといった年上の男の話に少し付き合った程度だったのだろう。

 最後まで大事なものに触れさせてもらえなかったのに、視線さえ合わせてもらえなかったのに、こちらは大事なものを持って行かれたような感覚に襲われた。
 それだけ、レオラムとの会話はカシュエルにじわりじわりと衝撃をもたらしていた。

 抑えることが当たり前の魔力。
 それを呼吸に例えられて、そこでようやくカシュエルは己が息をできていないのだと知った。生命維持である息ではなく、己が己のリズムで作り出す呼吸を忘れていた。
 周囲に合わせすぎていて、どの状態がカシュエルにとっての正常なのかがわからないことに気づいたのだ。

 見えなくなったレオラムの姿を追うように、今は誰もいない道とも言えぬ木々の合間を見つめる。

「もっと、話したかったな」

 ぽつりと漏れた言葉はカシュエルの本心で、誰にも聞き取られることなく消えていった。


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