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7.元聖女は辺境の地を訪れました。

197.(ステファン視点)

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 父さんの部屋を出てから、僕は自室に行って机の引き出しを漁った。
 そこには昔収集してた、草花の種が保管してある。
 アイザックとヴィクトリアのことで、ちょっとした思い付きがあったんだ。
 それをフィオナやライガやレイラに話すと、「いいんじゃないか」と言ってくれたので、エドラヒルさんに頼んで持って行った種を開花させてもらった。

 ***

「兄上、フィオナ、これは……」

 アイザックを連れて裏庭に行く。弟は奥の茂みに咲き誇る紫色の小さな花畑を見て息を呑んだ。

「ヒースの花だ。ヴィクトリアの好きな花だよ」

「……そうなのですか」

「エドラヒルさんに頼んで咲かせてもらった。お前、ヴィクトリアをここに連れてきて、言いなよ。ちゃんと『好き』だって」

「雰囲気としては、ばっちりだと思うわ」

 アイザックは悩んだ様子だったけど、フィオナの一言が後押しになったのか、「わかりました」と頷いてから、「ありがとうございます」と僕に礼をした。

 どこまでも律儀な奴だなぁ。

***

「今回のことは、本当にお疲れ様でした。お父様も目を覚まして……本当に良かったわ。ライガも、レイラさんも、エドラヒルも本当にありがとう」

 ひときわ豪華な夕食の席で、母さんは僕らにそう言った。
 宿営地や移動中は簡単なものしか食べていなかったから、ジェフさんの料理が身に染みる。……うまくいって、生きてて良かったなぁ。
 そう改めて思った。

 あの時は気持ちが高揚していてあんまり怖かったと思わなかったけど、改めて思い返すと、後ろから大量の鬼に追いかけられた恐怖感が頭をよぎる。

 ……もうやりたくないな、さすがに。

 そう思いながら食事を口に運んだ。

 食事が終わるころ、アイザックがヴィクトリアに「ヴィクトリア様、後程、少しお話をよろしいですか」と声をかけるのが目に入った。

 フィオナが僕の肩を叩いて、ぐっと拳を握って見せた。

***

 食事後、フィオナは僕とライガ、レイラ、エドラヒルさんを伴って例の花を咲かせた裏庭に面する廊下に行った。

「――盗み見は、良くないんじゃないか」

 ライガがそう言うと、フィオナは口を尖らせた。

「アイザックお兄様がきちんとお義姉様に気持ちを伝えられるか、きちんと見届けないとだもの。明日からの屋敷の空気に関わってくるから、大事よ」

「――あ、お二人ですね」

 レイラが少しはしゃいだように、窓の向こうを指差した。
 暗い裏庭に入って行く二人の姿があった。
 フィオナが何か呪文を呟くと、周りに小さい風が巻き起こって、会話の声のようなものがその風に乗って聞こえた。

『――ヴィ……様、――ですか?』

『――です。ありがとう』

音が不明瞭だ。「……聞こえないわね」とフィオナが呟くと、エドラヒルさんが「私がやろう」と呟いて、呪文を唱えた。すると、今度ははっきり声が風に乗って聞こえて来た。

『ヴィクトリア様、寒くないですか?』
 
 ふふふ、という笑い声。

『大丈夫よ、アイザック、もうそう聞かれるのは3回めだわ』

 沈黙。

『――こちらへ。あなたにお見せしたいものがあったのです』

 まぁ、という驚いた声。

『ヴィクトリア様……、僕は……』

 アイザックが言葉を詰まらせる。おい……はっきりしろよ。
 しばらくの沈黙の後、ヴィクトリアが口を開いた。

『――昔、ステファンが私に花が咲いている場所を見せたいって、裏の山に連れて行ってくれたことがあったわ。その帰り道で、王都では一度も見たことがないような、大きな狼に襲われて……、死ぬかと思ったの』
 
 ライガやフィオナが「本当か」という視線を僕に向ける。
 ……僕としては、ヴィクトリアが喜ぶかなと思って連れて行っただけなんだけど。
 まぁ、確かに獣が出る裏山に女の子を連れて行くのは、どうかと思うけど。

『その時に、あなたが助けに来てくれたのを、覚えている? アイザック』

『はい。9つくらいの時でしたか。大狼が山に出るという話が広まっていたのに、兄上が山に行かれるのを見たので、心配になってついて行ったのです』

『――――その時、大狼を退治してくれたあなたを見たときからずっと、私はあなたのことが好きでした。だから、あなたとの婚約が決まった時はとても嬉しくて、だけど……、私はあなたの役に全然立てなくて、ごめんなさい』

『そんなことは! ヴィクトリア様』

『妻なのですから、『様』はいりません、アイザック。ヴィクトリアと呼んで頂けますか』

『ヴィクトリア……』

 沈黙。僕はエドラヒルさんの肩を叩いた。

「これ以上は無粋ですから……」

「そうだな」と呟いて、エドラヒルさんはまた呪文を唱えた。 
周囲をそよいでいた風が止まる。

「ちょっと……いい雰囲気だったんじゃない?」

 フィオナが嬉しそうに言う。

「そうだね。良かった……」

 本当に。僕は呟いて胸を押さえた。やっぱり、ヴィクトリアがアイザックを好きになったのはあの時からか……。何だか情けないな。わかってはいたけど、実際本人が言っているのを聞くと十数年ごしで胸が痛む。

「おい、ステファン大丈夫か?」

 ライガが背中をばんばん叩いたので、少しむせると、レイラが、

「ステファンの方が恰好良いから大丈夫ですよ!」

 と両手を握ってぶんぶん振って励ましてくれた。
 ――何が大丈夫かはわからないけど、そう言ってもらえると嘘でも嬉しい。

「ありがとう」

 そう笑って返すと、エドラヒルさんが後ろで「人間は面白いな」と呟いた。
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