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Bonus track 5
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有紗は、ビアンカとパレアナが準備した服に首を傾げた。
白のブラウスに黒地の民族衣装のくるぶし丈のワンピース。ただしいつもの五割増くらいの刺繍が深紅と金色の糸で施されている豪華なものだ。
生地もドレスと遜色ない。シルクのような光沢と手触りの綺麗な生地で仕立てられていた。
「今日はこちらをお召になって下さい。殿下の指示です」
王都の邸にやってきて、三ヶ月ほどが経過していた。つい先日クラウディア院長の訪問があって、修道院のその後やソレルについて聞いたばかりだ。
今日は安息日。ディートハルトが転移魔術で帰ってくる。お出かけするとは聞いていたが、どこに行くのかまでは教えて貰えていなかった。
「こんな服でどこに行くつもりなんでしょうか」
劇場だろうか。それともレストラン? 正装じゃないと入れない様な。
「さあ……私どもは何も聞いておりません。でも、良くお似合いですよ」
髪の毛も何やら複雑な形に編み込まれて、白い生花とリボンで飾られた。
支度が終わって玄関に向かうと、黒の軍服を身に着けたディートハルトが待っていた。
それも普段のものではなくて、金のモールやら飾緒やら、いつもの三割り増しくらい華やかな奴だ。
「ディート様、それ、軍の正装ですか?」
「うん。アリサも綺麗にしてもらったね。じゃあ行こうか」
儀礼用の軍服に身を包んだディートハルトは、ため息が出るほど格好いい。
エスコートしてもらうと、自分がお姫様になった気がした。
魔動四輪車に押し込められ、ディートハルトの運転で向かった先は、王都の外れにある小高い丘の上に建てられた建物だった。
建物の周りはぐるりと柵が立てられており、門には衛兵が立っている。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
「ああ。いつもありがとう」
既に話が通っていたらしく、ディートハルトと有紗は中に通される。
敷地の中には沢山の木々が植えられ、ちょっとした森のようになっていた。その中央に建っているのは、月の女神ツァディーの紋章が刻まれた小さな聖堂だ。静かで厳かで、つい背筋が伸びてしまう佇まいだった。
内部に入ると、聖エーデル女子修道院を思い起こさせる造りになっていた。
一番奥にはツァディーの神像と祭壇が安置されていて、鮮やかなステンドグラスから差し込む光に彩られていた。
神像の左右には、純白の花で作られたスタンドフラワーが飾られていて、常に人の手が入り手入れされていることがわかる。
「……ここは王家の霊廟なんだ。歴代の王と妃がここに眠っている」
「お墓……?」
有紗はわずかに目を見張り、ディートハルトの横顔を伺った。彼の横顔は静謐で穏やかだった。
「俺の母上もここにいる」
ディートハルトは手をかざすと、祭壇に魔力を注ぎ込んだ。
すると聖堂全体に柔らかな光がともる。そしてオルゴールのような金属音がツァディーに捧げる祈りの歌を奏で始めた。修道院に居た時、毎日歌ったあの曲だ。不思議な響きを持つ荘厳な音が聖堂内に響く。
(綺麗)
ぼんやりと見とれていると、ぽつりとディートハルトが呟いた。
「……どう伝えればいいのか、ずっと考えていた」
「ディート様?」
「ただ言葉で伝えるだけでは届かないと思った。だけど、ここでならと思った。その服はね、有紗、この国の婚礼衣装なんだよ」
「え……」
戸惑う有紗をよそに、ディートハルトは、軍服のポケットから小さな箱を取り出すと有紗に差し出した。
中に入っていたのは、首輪と対になるようなデザインの赤い石が嵌った指輪が入っていた。
「君の世界では婚姻を誓う時指輪を送ると聞いた。出自が足りないから正式な妻には出来ないけど……母上と君に誓うよ。有紗を唯一として迎えたい」
「うそ……」
「……ここでも届かないかな。そうだね。俺は随分と君に酷い事を言ったりやったりした」
そう言ってディートハルトは自嘲の笑みを浮かべた。
「違うんです。信じられなくて、嬉しくて」
有紗の視界が滲んだ。折角綺麗にお化粧してもらったのに。
「はめてください。指輪。左手の薬指に」
「えっ、薬指……?」
左手を差し出すと聞き返され、有紗は固まった。ディートハルトもまた固まっている。
「ごめん……中指のサイズで作っちゃった」
「……薬指です」
「困ったな。ああ、やっぱりぶかぶかだ……」
はめてもらった指輪は、かなり大きかった。でも構わなかった。
有紗は指輪の付いた左手を、右手で大切に握りこんだ。
「アリサが不安に思ってた事に気付いてたんだ。でも準備に結構時間がかかってしまって。それもごめん」
有紗はふるふると首を振った。どうしよう。嬉しすぎて言葉が出ない。
「アリサ……」
ディートハルトの指先が、アリサの顎を軽く持ち上げた。そして秀麗な顔が近付いてきて――
(誓いのキスはディープじゃないんだけどな……)
指輪はぶかぶかだし、エンゲージとマリッジの違いもディートハルトはたぶん知らない。
ドレスはこちらの物でも構わないといえば構わないけど、純白のウェディングドレスへの憧れがほんの少しだけちらついたりもする。
――ううん、そんなものは些細な事だ。だってそもそも文化が違う。その中で、精一杯こちらに寄せてくれた事がこんなに嬉しい。
『好き』が繋がった気がした。まだ肝心の言葉は返してもらってないけれど。
白のブラウスに黒地の民族衣装のくるぶし丈のワンピース。ただしいつもの五割増くらいの刺繍が深紅と金色の糸で施されている豪華なものだ。
生地もドレスと遜色ない。シルクのような光沢と手触りの綺麗な生地で仕立てられていた。
「今日はこちらをお召になって下さい。殿下の指示です」
王都の邸にやってきて、三ヶ月ほどが経過していた。つい先日クラウディア院長の訪問があって、修道院のその後やソレルについて聞いたばかりだ。
今日は安息日。ディートハルトが転移魔術で帰ってくる。お出かけするとは聞いていたが、どこに行くのかまでは教えて貰えていなかった。
「こんな服でどこに行くつもりなんでしょうか」
劇場だろうか。それともレストラン? 正装じゃないと入れない様な。
「さあ……私どもは何も聞いておりません。でも、良くお似合いですよ」
髪の毛も何やら複雑な形に編み込まれて、白い生花とリボンで飾られた。
支度が終わって玄関に向かうと、黒の軍服を身に着けたディートハルトが待っていた。
それも普段のものではなくて、金のモールやら飾緒やら、いつもの三割り増しくらい華やかな奴だ。
「ディート様、それ、軍の正装ですか?」
「うん。アリサも綺麗にしてもらったね。じゃあ行こうか」
儀礼用の軍服に身を包んだディートハルトは、ため息が出るほど格好いい。
エスコートしてもらうと、自分がお姫様になった気がした。
魔動四輪車に押し込められ、ディートハルトの運転で向かった先は、王都の外れにある小高い丘の上に建てられた建物だった。
建物の周りはぐるりと柵が立てられており、門には衛兵が立っている。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
「ああ。いつもありがとう」
既に話が通っていたらしく、ディートハルトと有紗は中に通される。
敷地の中には沢山の木々が植えられ、ちょっとした森のようになっていた。その中央に建っているのは、月の女神ツァディーの紋章が刻まれた小さな聖堂だ。静かで厳かで、つい背筋が伸びてしまう佇まいだった。
内部に入ると、聖エーデル女子修道院を思い起こさせる造りになっていた。
一番奥にはツァディーの神像と祭壇が安置されていて、鮮やかなステンドグラスから差し込む光に彩られていた。
神像の左右には、純白の花で作られたスタンドフラワーが飾られていて、常に人の手が入り手入れされていることがわかる。
「……ここは王家の霊廟なんだ。歴代の王と妃がここに眠っている」
「お墓……?」
有紗はわずかに目を見張り、ディートハルトの横顔を伺った。彼の横顔は静謐で穏やかだった。
「俺の母上もここにいる」
ディートハルトは手をかざすと、祭壇に魔力を注ぎ込んだ。
すると聖堂全体に柔らかな光がともる。そしてオルゴールのような金属音がツァディーに捧げる祈りの歌を奏で始めた。修道院に居た時、毎日歌ったあの曲だ。不思議な響きを持つ荘厳な音が聖堂内に響く。
(綺麗)
ぼんやりと見とれていると、ぽつりとディートハルトが呟いた。
「……どう伝えればいいのか、ずっと考えていた」
「ディート様?」
「ただ言葉で伝えるだけでは届かないと思った。だけど、ここでならと思った。その服はね、有紗、この国の婚礼衣装なんだよ」
「え……」
戸惑う有紗をよそに、ディートハルトは、軍服のポケットから小さな箱を取り出すと有紗に差し出した。
中に入っていたのは、首輪と対になるようなデザインの赤い石が嵌った指輪が入っていた。
「君の世界では婚姻を誓う時指輪を送ると聞いた。出自が足りないから正式な妻には出来ないけど……母上と君に誓うよ。有紗を唯一として迎えたい」
「うそ……」
「……ここでも届かないかな。そうだね。俺は随分と君に酷い事を言ったりやったりした」
そう言ってディートハルトは自嘲の笑みを浮かべた。
「違うんです。信じられなくて、嬉しくて」
有紗の視界が滲んだ。折角綺麗にお化粧してもらったのに。
「はめてください。指輪。左手の薬指に」
「えっ、薬指……?」
左手を差し出すと聞き返され、有紗は固まった。ディートハルトもまた固まっている。
「ごめん……中指のサイズで作っちゃった」
「……薬指です」
「困ったな。ああ、やっぱりぶかぶかだ……」
はめてもらった指輪は、かなり大きかった。でも構わなかった。
有紗は指輪の付いた左手を、右手で大切に握りこんだ。
「アリサが不安に思ってた事に気付いてたんだ。でも準備に結構時間がかかってしまって。それもごめん」
有紗はふるふると首を振った。どうしよう。嬉しすぎて言葉が出ない。
「アリサ……」
ディートハルトの指先が、アリサの顎を軽く持ち上げた。そして秀麗な顔が近付いてきて――
(誓いのキスはディープじゃないんだけどな……)
指輪はぶかぶかだし、エンゲージとマリッジの違いもディートハルトはたぶん知らない。
ドレスはこちらの物でも構わないといえば構わないけど、純白のウェディングドレスへの憧れがほんの少しだけちらついたりもする。
――ううん、そんなものは些細な事だ。だってそもそも文化が違う。その中で、精一杯こちらに寄せてくれた事がこんなに嬉しい。
『好き』が繋がった気がした。まだ肝心の言葉は返してもらってないけれど。
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