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小話 ロゼッタ

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 その女性に初めて出会ったのは高級娼館だった。

「はじめまして。私はロゼッタ。テラ・レイスなのよ。お兄さん、今日は私を買ってくださってありがとう」

 ふふ、と笑ったロゼッタは、既に心を壊していて、幼い子供のようになっていた。

 亜麻色の髪に青い瞳、肉体は成熟した女性のものなのに、舌足らずな幼女めいた話し方。
 しかしテラの事を聞けば、ちゃんとした答えが帰ってくる。
 彼女の父は趣味で発明をしていたらしく、彼女の持つ設計の知識はこちらの技術の発展に役に立った。

 アンバランスな魅力を持つ彼女にマクシミリアンは溺れた。

 彼女を抱いたその日のうちに、身請けをし、攫うように自身の邸に閉じ込めてしまうほどに。

 誰よりも早く見つけられなかった事が悔やまれた。
 こちらの世界に転移してから、どれほどの辛い目にあったのだろう。他の男に穢された事も心が壊れてしまったことも許し難かった。



 王家の男にとってのテラ・レイスの肉体は中毒性のある麻薬のようなものだ。
 それは、抱いたものにしかわからない。

 だから、兄の孫であるディートハルトがテラ・レイスを誰よりも早く手に入れたと聞いた時には、祝福の気持ちが沸いたものだった。

 あれは不憫な子供だ。誰よりも強い魔力を持って生まれた為に、番う相手が見つからない事がほぼ確定している。

 それが対となるような存在が見つかったのだ。
 きっと彼はその娘に心奪われる事になるだろう。マクシミリアンはそう確信した。

 結論として、その確信は間違っていなかった。その娘は寵姫として大切に囲われることになったと噂で聞いたからである。


   ◆ ◆ ◆


 ロゼッタは花が好きだ。だから邸の庭園には、常に季節の花々が溢れるようにした。

 老いて尚少女の様な彼女は可愛らしい。
 心が壊れたからこその魅力ではあるが、もし早く保護できていれば……とマクシミリアンは詮無い事を考えてしまう。

 今日も彼女は庭にいた。
 庭を散策しながら盛りの花を摘み取り、邸の中に飾るのが彼女の日課だからだ。

「ロゼッタ」
「あら、マックス様、どうされたの?」

 声をかけると、ロゼッタは明るく微笑んだ。

「この間話しただろう? 君と同郷の女の子の事。その子が君に会いたいと希望しているんだけど……」
「同郷……? どこの出身の方なの? 私と同じ?」
「ニホン、という国らしいんだが、ロゼッタは知っている?」

 ロゼッタの表情がすっと冷えたのがわかった。
 何事だろう、とマクシミリアンは眉をひそめた。

「会わない! 嫌よ日本人なんか! 私のお兄ちゃんは日本人に殺されたんだから!」

 唐突に叫び出したロゼッタに、マクシミリアンは目を見張った。


  ◆ ◆ ◆


「ごめん、やっぱりロゼッタ妃には会えないって。大叔父上から連絡が入った」

「そうですか……」

 邸の応接室で刺繍に取り組んでいた有紗は、やってきたディートハルトから告げられて肩を落とした。

「アリサとロゼッタ妃の祖国は戦争をしていた時期がある?」
「え……あ、はい。随分と昔ですけど……」

 ロゼッタ妃は今七十代のお年寄りだと聞いた。
 太平洋戦争を直接知る世代ではなさそうだが、何かの関わりがあってもおかしくないのかもしれない。

「どうもロゼッタ妃の兄上に当たる方が、その戦争で亡くなられたみたいでね。ご両親が随分とその事を恨んで、幼いロゼッタ妃に繰り返し恨み言を話していたみたいなんだ……」

 有紗は目を見開いた。

「戦争があったのは七十年以上も前のことなんですが。それが、今の時代にも影響するんですね……」

 有紗は目を伏せ、物憂げに呟いた。

 こちらの季節は奇しくも夏。日本では、この時期になると戦争に関する報道が沢山されるようになるのを思い出す。

 六月二十三日の沖縄慰霊の日に始まり、広島・長崎への原爆投下の日、そして終戦記念日。

「軍人の殿下の寵姫の私が、こんな事を言ってはいけないのかもしれないんですけど」
「うん、何?」
「殿下に戦争には行って欲しくないです。殿下がとてもお強いのは知ってるんですけど……」
「心配してくれるの? 嬉しいな」

 ソファの隣に腰掛けたディートハルトが、有紗の頭を撫でた。

「たぶん俺がいる間は大丈夫じゃないかな? ほら、俺って人間兵器だから。俺が軍人なのは抑止力という意味合いもあるからね」

 核兵器か、と思ったが、口には出さないでおく。

 この国、フレンスベルクにとって、ヴィナラントはともに天を戴かざる敵なのだそうだ。
 かつてはまとまった一つの国だったのだが、王位継承を巡って国が割れ、内乱のどさくさで神器が割譲されて二つの国になったという経緯があるためだ。

 ディートハルトが空に向かうのはこの国を護る為だ。それは尊い事だと思う反面で、寂しいし心配だ。

 彼を害する事が出来るものなんてそうそういないと皆言うけれど、無事に邸に戻ってきてくれると安心する。

 有紗はこつん、とディートハルトの肩に頭を預けた。

「それでも心配してますから」
「うん」

 上目遣いにディートハルトの顔をうかがうと、ディートハルトは穏やかな表情で有紗を見ていた。
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