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再十八話 たったの金貨二百枚

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「この馬鹿たれえー‼︎」
「はぐぅっ!」

 バシィン‼︎ 左のコメカミを強烈な何かが襲った。
 ペトラから手を離して床に倒れてしまった。
「痛っぅ……」とクラクラする頭で何が起きたか確かめようと……

「大事な商品に傷つけんじゃないよ! この腐れ女がー! ブチ殺すよ!」
「あぐっ、ぐうっ、な、何で……」

 ドガァ、ドガァ、ドガァ。バンダナさんだった。凄く怒っている。
 倒れている私の上半身を何度も力一杯踏み付けてくる。
 両手でガードしているのに力が強すぎて、腕ごと身体が踏み砕かれる。

「ハァハァ、まったく邪魔ばかりするねえー。まあ、その邪魔のお陰で上手くいったのかもしれないね。だったらこの辺で勘弁してやろうかね」

 ようやく気が済んだのか、バンダナさんが踏みつけるをやめてくれた。
 ラナさんを救えなかった私に怒っているのか、ペトラが死にそうで怒っているのか、私にはもう分からない。
 頭が考える事を放棄している。何を考えても、ラナさんが変になって、ペトラが死ぬという事実は変わらない。

「ゔぅっ、おばさん、ペトラが死にそうなんです、助けて……」

 だけど、それでも。助けられる可能性があるなら助けたい。
 痛む身体で起き上がると、床に倒れているペトラを見てからバンダナさんに頼んだ。

「はあ? 何で? 何で私がそんな面倒な事しないといけないだい?」

 だけど、バンダナさんの返事は信じられないものだった。
 お小遣いをあげるほどペトラに優しかったのに、バンダナさんまで変になっている。

「えっ、だって、ペトラの事が大事なんじゃ……」
「はあ? はっは! 大事なのは仕事が終わるまでだよ。こんなガキ好きで助ける奴なんているわけないだろ。あんたも何か目的があったんだろ? あー金だねぇ! ラナが死んだ後にペトラを引き取って、何処かの変態に売り飛ばすつもりだったんだろ? そりゃー悪かったねえ。若くて顔はまあまあだったから、高くて金貨十五枚ぐらいかい?」

 仕事が終わった? ペトラを売る?
 駄目だ。何を言っているのか分からない。
 言葉は理解できるのに、内容が理解できない。
 悪い冗談だとしても、この状況で言えるはずがない。

「……それ、本気で言ってるんですか?」
「んあっ? もしかしてそれ以上だったかい? そりゃー同情するけど、こっちは金貨二百枚の大仕事なんだ。邪魔されたら殺したくなるってもんだろ」

 何が何だかもう分からない。
 でも、分かった事が一つある。このおばさんはペトラを助けるつもりがない。
 この状況で話をする余裕なんてない。一秒でも早くペトラを治療しないと助からない。
 誰も頼れないなら、自分でやるしかない。歯を食いしばり、手足に意識を集中させた。

「ハァハァ、たったの金貨二百枚。それだけの為にラナさんを殺して、ペトラも殺したんですか? たったそれだけの為に……!」

 右手を支えに右膝をついて起き上がると、ふらつく頭を怒りで抑え込んで立ち上がった。
 
「……なんだい。あんた、ただの偽善者かい」

 私を見てバンダナが呆れ顔をしている。
 私は善人でも偽善者でもない。ただペトラを助けたいだけだ。
 もう一度有紗に殺されたら、また森で目を覚ますのなら、私は死んでもいい。
 その為なら邪魔する人間は全員敵だ。左胸に右手を置くと命じた。

「力を貸して!」

 左胸が光ると黒い柄が現れた。
 柄を握って一気に引き抜くと、目の前にいるバンダナに包丁の切っ先を構えた。

「なんだい。まさか、私を殺すつもりかい? あっははは。いいよ、やってやろうじゃないか!」

 鋭い柳刃包丁を向けられているのに、バンダナが大笑いすると頭のバンダナを外した。
 ハンカチで戦うつもりだろうか。でも、私の予想は間違っていた。
 魔法陣が描かれたバンダナから、長さ七十センチはある棍棒が飛び出してきた。
 坊主や猿顔が使っていた武器収納アイテムみたいだ。
 
「さーて、どこから叩き潰そうかねぇー? 一思いに頭、それとも手足にしようかねぇー」

 くぅっ! 包丁をまったく気にせずにバンダナが歩いてくる。
 後ろに下がって距離を保っているけど、狭い部屋だ。すぐに壁に追い詰められる。

「どうしたんだい? 刺さないのかい? ヒィははは! 刺せないんだろ! 目を見れば分かるんだよ。この処女女しょじょおんな!」
「うぐっっ!」

 駄目だ、もう後ろに下がれない。背中が壁にくっ付いた。

「あんた人殺した事ないだろ。殺したいと思っても、普通の人間は殺せないんだよ。悪いと思っている事はやったらいけないって、心じゃなくて、頭が判断するんだよ!」

 目の前でフライドチキンみたいな形の棍棒が振り上げられた。
 狙いは手足じゃなくて、頭だ。容赦なく振り下ろされた棍棒をとっさにベッドに跳んで避けた。

「っぅぅ!」

 直後にドゴォンと強烈な破壊音が轟いた。
 壁を見ると私の頭があった場所の壁がひび割れ粉砕されていた。
 本気で殺すつもりだ。
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