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再十七話 起きるのは奇跡だけじゃない
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「ゔぅ、あぁっ……」
「お母さん、頑張って……」
悪夢にうなされているみたい、いや、悪魔と戦っているみたいだ。
一時間ほどラナさんは静かに寝ていたのに、今は大汗をかいて苦しそうにしている。
ペトラがラナさんの手を握って勇気づけているけど、効果があるようには見えない。
もう十五分ぐらいこの状態が続いている。
「これは駄目かもしれないね……」
私の隣に立って見守っていたバンダナさんが、ペトラに聞こえないような小さな声で呟いた。
分かっている。私の頭と心の中にも『失敗』という恐ろしい文字が何度も浮かんで消えていく。
浮かぶたびになんとか抑えつけているけど、それでも消えてくれない。
「うぅぅ、ご、ごめんね、ペトラ、駄目なお母さんで……」
「駄目じゃない! 駄目じゃないよ!」
ぐっ、一番駄目なのは私だ! 期待だけさせて、結局失敗するなら最初からやらない方がマシだった。
もう助からないと悟ったのか、ラナさんが弱々しい微笑みを浮かべてペトラに謝っている。
こんなの見てられない。お母さんとの別れの挨拶にペトラが泣きじゃくっている。
(神様、お願い。助けてよ、助けてください。私の命を代わりにあげるから)
悲しいからって私に泣く権利はない。
涙を流さないように必死に耐えながら、熊に襲われた時のように願った。
一度死んだ命だ。有紗はリンチした。もう後悔も心残りもない。
あの時の奇跡が起きてほしい。もう私に出来る事は願う事だけだ。
♢
「…………ペトラ、もう遅いから自分の部屋で休みな。あとは私に任せな」
「…………」
奇跡が起きてほしかった。
バンダナさんに声をかけられてもペトラは無反応だ。
椅子に座ったまま、動かなくなったラナさんをジッと見続けている。
こんな状態のペトラに『冷凍庫に入れていい?』なんて聞けるわけがない。
ペトラが疲れ果てて眠ってしまうのを待つか、私に向かって『嘘吐き!』と罵声を浴びせて部屋を出ていくのを待つか……とにかく今の私に出来る事はただ待つ事だけだ。
ボワッ……
「お母さん……?」
んっ? 死んだように無反応だったペトラが呟いた。
気になって見ると、少し驚いたような顔でラナさんを見ていた。
私も気になってラナさんを見たけど、何も変わったところはなかった。
「お母さん、お母さん、此処だよ。戻ってきて。何処にも行かないで」
「ペトラ……」
心が壊れている。動かないラナさんをペトラが両手で揺すって起こそうとしている。
ラナさんは寝ているんじゃない。もう絶対に起きない場所に行ってしまった。
奇跡と同じでもう誰にも起こす事は出来ない。
そう言って止めたい。止めたいけど、止められない。身体が動いてくれない。
こんな時は誰かに、大人に頼りたい。任せたい。ソッとバンダナさんを見た。
「ヒィヒ♪ 当たりだね!」
「……えっ? バンダナ……」
壊れてしまったペトラを見て、バンダナさんが笑っていた。何でこれが笑えるのか理解できない。
バンダナさんも頭がおかしくなったのか、心が壊れてしまったのか、心配になって、声をかけようと……
パアアアアッッ‼︎
「——っぅ⁉︎ 何ぃ⁉︎」
声をかける前に部屋の中に強烈なオレンジ色の光が広がった。
ベッドを急いで見ると、ラナさんの身体が花火のようなオレンジ色の光を放っていた。
「お母さん‼︎ お母さん‼︎ ルカさん、見て‼︎ お母さんが生き返った‼︎ 生き返ったよ‼︎」
「あぅ、う、うん、そうだ、ねぇ……」
椅子から立ち上がって、ペトラが光り輝くラナさんを私に向かって嬉しそうに右手で指し示した。
明らかな奇跡に私も喜ぶべきなのに、何かが違う。死人が生き返った不気味さを身体が感じている。
「ハァハァ、ハァハァ……」
喜びよりも恐怖の方を強く感じている。何か嫌な予感がする。
森で最初に熊に遭遇した時みたいな、命の危機がすぐ側まで近づいてくる、そんな原始的な恐怖を……
ドフッ——‼︎
「えっ? お、母、さん……?」
「ペトラッ‼︎」
何で‼︎ 気付いた時には遅かった。
ラナさんが動いたと思った次の瞬間には、ペトラの胸の真ん中をラナさんの左手が貫いていた。
「ごふっ……!」
動け‼︎ 動け‼︎ 動け‼︎ 動けえー‼︎
「くぅぅぅ‼︎」
恐怖も後悔も今は必要ない。思いを爆発させて、一歩踏み出した。
ペトラの口から血が噴き出た。右手に貫かれたペトラの身体を両手で掴むと、ベッドに座った状態で静止しているラナさんの腹を左足裏で蹴り飛ばした。
「ゔぁあー‼︎」
ドゴォツ‼︎ ペトラの胸から右手が抜けた。驚くほどに身体が軽かった。
蹴り飛ばされたラナさんの軽い身体が背中から壁にぶつかって、人形みたいにベッドに倒れた。
「ペトラッ‼︎ ペトラッ‼︎」
両手で両肩を掴んで呼びかける。
『大丈夫⁉︎』なんて聞かなくても分かる。胸に大穴が空いている。
その穴から血が溢れて止まらない。大声で呼びかけるのに返事がない。
「お母さん、頑張って……」
悪夢にうなされているみたい、いや、悪魔と戦っているみたいだ。
一時間ほどラナさんは静かに寝ていたのに、今は大汗をかいて苦しそうにしている。
ペトラがラナさんの手を握って勇気づけているけど、効果があるようには見えない。
もう十五分ぐらいこの状態が続いている。
「これは駄目かもしれないね……」
私の隣に立って見守っていたバンダナさんが、ペトラに聞こえないような小さな声で呟いた。
分かっている。私の頭と心の中にも『失敗』という恐ろしい文字が何度も浮かんで消えていく。
浮かぶたびになんとか抑えつけているけど、それでも消えてくれない。
「うぅぅ、ご、ごめんね、ペトラ、駄目なお母さんで……」
「駄目じゃない! 駄目じゃないよ!」
ぐっ、一番駄目なのは私だ! 期待だけさせて、結局失敗するなら最初からやらない方がマシだった。
もう助からないと悟ったのか、ラナさんが弱々しい微笑みを浮かべてペトラに謝っている。
こんなの見てられない。お母さんとの別れの挨拶にペトラが泣きじゃくっている。
(神様、お願い。助けてよ、助けてください。私の命を代わりにあげるから)
悲しいからって私に泣く権利はない。
涙を流さないように必死に耐えながら、熊に襲われた時のように願った。
一度死んだ命だ。有紗はリンチした。もう後悔も心残りもない。
あの時の奇跡が起きてほしい。もう私に出来る事は願う事だけだ。
♢
「…………ペトラ、もう遅いから自分の部屋で休みな。あとは私に任せな」
「…………」
奇跡が起きてほしかった。
バンダナさんに声をかけられてもペトラは無反応だ。
椅子に座ったまま、動かなくなったラナさんをジッと見続けている。
こんな状態のペトラに『冷凍庫に入れていい?』なんて聞けるわけがない。
ペトラが疲れ果てて眠ってしまうのを待つか、私に向かって『嘘吐き!』と罵声を浴びせて部屋を出ていくのを待つか……とにかく今の私に出来る事はただ待つ事だけだ。
ボワッ……
「お母さん……?」
んっ? 死んだように無反応だったペトラが呟いた。
気になって見ると、少し驚いたような顔でラナさんを見ていた。
私も気になってラナさんを見たけど、何も変わったところはなかった。
「お母さん、お母さん、此処だよ。戻ってきて。何処にも行かないで」
「ペトラ……」
心が壊れている。動かないラナさんをペトラが両手で揺すって起こそうとしている。
ラナさんは寝ているんじゃない。もう絶対に起きない場所に行ってしまった。
奇跡と同じでもう誰にも起こす事は出来ない。
そう言って止めたい。止めたいけど、止められない。身体が動いてくれない。
こんな時は誰かに、大人に頼りたい。任せたい。ソッとバンダナさんを見た。
「ヒィヒ♪ 当たりだね!」
「……えっ? バンダナ……」
壊れてしまったペトラを見て、バンダナさんが笑っていた。何でこれが笑えるのか理解できない。
バンダナさんも頭がおかしくなったのか、心が壊れてしまったのか、心配になって、声をかけようと……
パアアアアッッ‼︎
「——っぅ⁉︎ 何ぃ⁉︎」
声をかける前に部屋の中に強烈なオレンジ色の光が広がった。
ベッドを急いで見ると、ラナさんの身体が花火のようなオレンジ色の光を放っていた。
「お母さん‼︎ お母さん‼︎ ルカさん、見て‼︎ お母さんが生き返った‼︎ 生き返ったよ‼︎」
「あぅ、う、うん、そうだ、ねぇ……」
椅子から立ち上がって、ペトラが光り輝くラナさんを私に向かって嬉しそうに右手で指し示した。
明らかな奇跡に私も喜ぶべきなのに、何かが違う。死人が生き返った不気味さを身体が感じている。
「ハァハァ、ハァハァ……」
喜びよりも恐怖の方を強く感じている。何か嫌な予感がする。
森で最初に熊に遭遇した時みたいな、命の危機がすぐ側まで近づいてくる、そんな原始的な恐怖を……
ドフッ——‼︎
「えっ? お、母、さん……?」
「ペトラッ‼︎」
何で‼︎ 気付いた時には遅かった。
ラナさんが動いたと思った次の瞬間には、ペトラの胸の真ん中をラナさんの左手が貫いていた。
「ごふっ……!」
動け‼︎ 動け‼︎ 動け‼︎ 動けえー‼︎
「くぅぅぅ‼︎」
恐怖も後悔も今は必要ない。思いを爆発させて、一歩踏み出した。
ペトラの口から血が噴き出た。右手に貫かれたペトラの身体を両手で掴むと、ベッドに座った状態で静止しているラナさんの腹を左足裏で蹴り飛ばした。
「ゔぁあー‼︎」
ドゴォツ‼︎ ペトラの胸から右手が抜けた。驚くほどに身体が軽かった。
蹴り飛ばされたラナさんの軽い身体が背中から壁にぶつかって、人形みたいにベッドに倒れた。
「ペトラッ‼︎ ペトラッ‼︎」
両手で両肩を掴んで呼びかける。
『大丈夫⁉︎』なんて聞かなくても分かる。胸に大穴が空いている。
その穴から血が溢れて止まらない。大声で呼びかけるのに返事がない。
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