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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 39
しおりを挟むまだ暖かい白烏の亡骸を抱えながら、有雪は、自分の身代わりとなって死んだ友のために、目を瞑った。
――死者を甦らせることは誰にも出来ぬ。
その角端の言葉は正しいのだろう。もうこの運命を変えることは、誰にも出来ない。それなら、ただこうして冥福を祈ることしか、有雪には出来ない。
奇妙な形の茸を花乃に渡し、角端が虚空へ消えるのを見ても、有雪の目には、友以外の姿は映らなかった。
まだ少年の頃、愛しい姫の亡骸を背負って、鳥辺野から歩いた、あの日――。別れはいつも、こんな風に思いがけない形でやって来る。
どれくらいそうしていただろうか。
声をかけようにもかけられない様子で立っている花乃の視線に気が付き、
「すまなかった。せっかくこの時代に呼ばれて来たというのに、その役割も果たせなかったようだ」
有雪は言った。
「役割?」
「恐らく、俺はお前に降りかかる厄災を祓い、帝王とやらにするために連れて来られたのだろう」
最後に角端が『朕はおまえを帝王として選ばぬ』と言ったように、結局、その役目は果たせなかったのだが。
「本当にそうなら、ごめんなさい。私のせいで、有雪さんの大切な烏が……」
花乃の視線が、温もりを失ってしまった白烏へと、落ちる。
「……恐らく、こいつは自分でこの運命を選んだのだろう。呪を自分に移し替えるなど、一声鳴く間に出来ることではない」
「有雪さんをこの時代に連れて来たのと同じ人に、呪をかけられていたの?」
「恐らく……」
「ひどい! 何も言えない鳥だからって、身代わりのように使うなんて!」
花乃がそう思うのも当然だろう。
だが――、
「気付かなかった俺が愚鈍だったのだ。同じ時にこの時代に飛ばされて来ていたはずのこいつが、今まで俺の肩に止まりに来なかったのも、それが呪を動かすための切っ掛けだったと知っていたからに違いない。俺の肩に止まり、最初の一声を上げた時、呪は成就されるのだと」
白烏は、最初から、有雪の身代わりになる機会だけを計っていたのだ。
「京師に連れて帰ってやらなくては……」
そう言って有雪が立ちあがると、
「これ――」
花乃が、奇妙な形の茸を、有雪の前に差し出した。あの角端という子供から、受け取っていたものである。
「これも一緒に持って行って。角端はこれを『情け』だと言ったわ。使い方は解らないけど、もしかすると、何かの役に立つかもしれない」
「なら、おまえが持っているべきだ。おまえがこれから成そうとすることの助けになるものなのだろうから」
有雪はそう言ったのだが、
「お願い。有雪さんが持って行って」
花乃はそう言って譲らなかった。
「……。解った」
有雪は、何を意味するものなのかも解らない、紫金の茸を受け取った。
刹那――。
目の前が突然白くなり、花乃の姿や、その声までもが遠くなった。
――またか!
この紫金の茸にも、名も知らぬ誰かの計算し尽くされた呪がかけられていたのだ。恐らく、角端にはそれも判っていたに違いない。
「有雪さん――っ!」
遠くで、花乃の呼ぶ声が耳に届いた。
千年も先の時代で出会った、帝王になる運命を持つという娘……。
――遠い日の花挿し姫が、この時代に生まれて来るとしたら、あんな感じだったのだろうか。
意識が遠くなる中、有雪はそんなことを考えていた。
自分は、花乃の中に花挿し姫の姿を重ねていただけなのだろうか、と。
それなら、今、こうして別れる時に、胸の奥底が痛むのも、ただの未練でしかないのだろうか、と。
それとも、また新たな想いが芽生えていたのか、と……。
有雪は静かに目を瞑った。
「おまえを連れて帰らねば……」
手は、いつも友が乗る肩を、掴んでいた……。
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