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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 38
しおりを挟む「ふむ、これはどうしたことじゃ」
見ていた芝居が思わぬ結末を迎えるのを見て、玉藻前は府に落ちない様子で呟いた。
あの首の輪の呪は完璧で、あの二人に解けるようなものでもなく、ましてや白烏ごときに介入できる呪ではなかったはずなのだ。片方が自分の輪を切れば、間違いなく相手の首が飛ぶはずで、代わりの者が呪を受けるなど、あり得ない。
クスリ、と子供の姿の黒麒麟が、笑った。
「……よもや、黒帝の非道を見て来た黒麒麟に、妾のささやかな楽しみが奪われるとは」
落胆するように言う玉藻前に、
「おまえには解らぬであろうな、女狐よ。あの白烏の鳴き声にかけられていた呪のことなど――」
角端は言い、
「これは最初から、彼の者手によって仕組まれていた茶番に過ぎぬのじゃ」
と、もう一度、堪えていた笑いを吐き出した。
今回、二人を助けたのは、角端ではなく、また別の誰かであると――。
「彼の者……。まさか!」
玉藻前にも、すぐに誰の事か判ったようで、
「クックッ……」
と、してやられたり、と笑いを絞る。
「あの白烏が陰陽師の肩でひと鳴きした時、刻まれた呪が浮かび上がるのが微かに視えた。麒麟である朕にさえ、全ての呪を読ませぬなど、そんなことが出来るのは、この世とあの世にも数えるほどしかいない。――無論、全てを読まずとも、朕にはその呪の意味するところを解し得たが」
白烏には――いや、白烏の鳴き声には、相手の呪を己に移す、という身代わりの呪がかけられていたのだ。呪を肩代わりする相手の肩に止まり、最初に鳴き声を上げた時、その呪が効力を発するように――。
そして、金尾毛が切れるわずかな刹那に視えた呪は、その意味を解したところで、角端にも介入できる余地はなかった。
「確かに、烏が人の身代わりを買って出るとは、麒麟が企むには非道過ぎる自己犠牲の幕切れじゃ。あの帝王でもなければ考えつくまい」
「せっかくの芝居を台無しにされて怒らぬのか? これでもう、あの娘が持つ白蛇天珠はおまえの手には入らぬ」
「確かに、あの御方が『女帝』の芝居を楽しんでおられるのなら、白蛇天珠は妾の手には渡らぬだろう。――ここは、文句の一つでも言いに行くとしよう」
そう言うと、玉藻前の姿は、虚空へ消えた。
残った角端は、白烏の亡骸を抱えて目を閉じる陰陽師と、その傍らでいたたまれなく立ち尽くしている花乃、そして、気を失って倒れてしまっている新堂猛の姿を――いや、新堂猛のことはどうでも良かったが――じっと見ていた。
少しして、懐の中から、奇妙な形をした紫金に輝く神芝を取り出す。
何故、黄帝が『女帝』を誕生させようとしているのかは解らなかったが、また、人から神になる稀なる者が生まれるのだとすれば、もう少し様子を見てみるのも一興かも知れない。のちに迫害され、十字架に磔けられるのか、それとも、この世界の神の一人に名を連ねることになるのかは、判らないが。
角端は、花乃の前に姿を現し、手に持つ黄玉芝を差し出した。
「あなた……あの時の……角端……」
花乃は戸惑うようにしていたが、ハッと何かに気付いたのか、
「あなた、誰? 何者なの? ――いえ、今はそんなことはいいの。あなたなら助けられるんでしょ? 有雪さんの白烏を助けてあげることが出来るんでしょ?」
と、すがるような眼差しで、角端を見つめた。
愛する人に哀しんで欲しくない――そんな思いが一目で判る眼差しだった。
「……。生憎、死者を甦らせることは誰にも出来ぬ」
そんなことが出来るくらいなら、角端も今すぐに黒帝をこの場に甦らせている。
「嘘! 嘘よ! あなたになら――」
帝王にもなれる星の下に生まれたというのに、歴史の中の女たちのように、我がままを言って泣きじゃくる花乃の姿に、角端は苛立ちを募らせた。
「朕に『失いたくない者』がなかったとでも思っているのか!」
ついつい、感情的な言葉まで、吐いてしまった。
誰もが、全ての欲しいものを持っている訳ではないのだ。
「――ごめんなさい……」
花乃が項垂れて、謝った。
――黒帝は誰にも頭を下げたりしなかったのに……。
何から何まで、気に入ることが出来なかった。
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あまりにも無知過ぎて――。
やはり、この黄玉芝は、この小娘のためのモノではなかったのかも知れない。無論、最初から期待などしてはいなかったが。
「朕はおまえを帝王として選ばぬ。――だが、情けは与えてやろう」
角端は言った。
「……情け?」
角端は、手に持つ黄玉芝を差し出した……。
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