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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 40

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 誰かが遠い処で話をしている。
 銀色の影と、白い影。
 銀色の影が、こう言った。
「不老長生の茸を、いつか、白き陰陽師が持ち帰る。それを口にすれば、千年余の先に待ち受ける死の呪いから、白き陰陽師を救うことが出来るだろう。――その命と引き換えに」
 その言葉に、白い影は、こう応えた。
「この私の命……? それならば安いこと――。有雪には勿体ない命と言えど、これほど有雪に相応しい命もありますまい」
 クスリ、と笑い、
「しかも、千年の時を生きて、それ以上生きようとも思いませぬ故。有雪の命になり変わるのなら……」
 大切な友を守れる、という、至福に満ちた言葉だった。
「……それはまだ先のこと。ゆっくりと考える時間はある」
 それが、最後に聞こえた言葉だった。




「アイタタタ……」
 不快極まりない頭の痛みに呻きながら、なんとか体を寝床に起こすと、
「当たり前じゃ。あれだけ飲んで酔い潰れれば寝醒めも悪かろう」
 この田楽屋敷の主の一人、婆沙丸ばさらまるが仏頂面で言った。
 ここは、一条堀川にある、通称、田楽屋敷――。芸も面貌も麗しい、田楽師の双子が住む屋敷である。年はまだ若いが有雪より余程しっかりしたもので、こうして厭味も――いや、世話も焼いてくれる。
 有雪は、といえば、その田楽屋敷の居候として、時には難解な謎に己の博学たる知識を貸してやったり……あとは、ほぼこうして呑んでいたりする。
「安酒を呑ませるからだ」
 ボソリ、と愚痴た有雪の肩に、白い烏がひらりと止まった。
「おまえ、無事に戻っていたのか!」
 そう言ってから、有雪は自分の発した言葉の違和感に、首を傾げた。
 ――無事に戻って?
 まるで、白烏に何かあったようではないか。
 婆沙丸もそれに気付いたようで、
「何を寝ぼけているのじゃ。そいつはずっとおまえの側にいたではないか」
「……」
 もちろん、婆沙丸の言う通りで、朝日が昇り、日が暮れて塒に戻るまで、白烏はいつも有雪と共に居て――。
 何だかとても長い夢を見ていたような気がするのだが、それが何であったのかも思い出せない。
「俺はここで寝ていたのだったよな?」
 何かを忘れているような気がして、有雪が訊くと、
「何を言ってるんだ? 寝ている間に狐にでも化かされたか?」
 水を持って部屋に入って来た双子の片割れ、もう一人の田楽屋敷の主、狂乱丸きょうらんまるが言った。
「かも知れぬ……」
 まさに、そんな感じだったのだ。
 いつも通りの面々がいて、白烏がいて、自分は酔い潰れて眠っている。本当にいつもの光景である。
 ――考えすぎ、だろうか。
 有雪は懐に手を入れて、むず痒い胸をポリポリと掻き……、
「何だ? こんなものが……」
 と、手に触れた奇妙なものを取り出した。
 未だかつて目にしたこともない、不思議な形の茸である。上芝は車馬の形、中芝は人の形、下芝は馬、牛、羊、豚、犬、鶏という六種の家畜の形をし、紫金の色を纏っている。
「なんだよそれ、気持ち悪いなぁ」
 あからさまに顔をしかめて、婆沙丸が言った。
「そんなものをつまみに呑んだのではないだろうな」
 と、失礼なことも。
「悪酔いするのもうなずけるというものじゃ」
 双子の兄、狂乱丸も加勢する。
「これはさすがに酔った俺でも食う気にはならぬ……」
「いや、おまえなら、食う」
 茸を見ながら三人で、ああでもない、こうでもない、と騒いでいると、
「今日もここは賑やかだな」
 都の治安を守る検非遺使が、これもまた自分の家のように、勝手に上がり込んで顔を見せた。
「おお、いいところに来た、成澄なりずみ。最近、京師でこのようなものが出回っているという話は聞かぬか?」
 有雪は、手に持つ茸を、成澄に見えるように持ち上げた。
 刹那、白いものが矢のように素早く空を切り、有雪の手からそれを奪った。
「あ、おい――っ!」
 手を伸ばしてみても、翼あるものには届かない。
「そんなモノを食ったら、腹を壊すぞ!」
 婆沙丸の言葉も虚しく、白烏の姿は田楽屋敷の外に消えてしまった。
「案ずるな。賢い奴だから毒の類ならば口にせぬ。……と思う」
 四人はその姿を見送ったのだった……。


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