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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 16

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「はい、薬だよ。きのこの中毒に効くやつ。前に飲ませてもらったから、間違いないよ」
 腹痛を訴える少年を、例の抜け穴から案内して、今は使われていない納戸で看病することにした三人は、大人たちの目を盗んで、薬と水を運び込んだ。それから、瑞々しい苔桃の甘さを堪能し、
「おいしかった!」
「ひとりで一個まるごと食べるなんて初めてだね」
「いっつも小さいかけらだけだもんな」
 と、手に付いた汁も丁寧に舐め取る。
「――この辺りもいよいよ大変なようだな」
 薬を飲み終え、楽になったのか少年が言った。
 黄金色の髪がつやつやして、さっきまでの弱々しさも今はあまり感じられない。
「大変って?」
 ヴィタリーが訊くと、
「今年は食糧が足りないんだろ?」
 少年は言った。
「それなら大丈夫だよ。ものすごく強い旅の人たちが一杯魚を獲ってきてくれたから」
「その割には、苔桃も丸ごと食べられない生活なんだな」
「それは……」
 なんだかちょっと奥歯に物のはさまったような言い方をする少年だった。
「ま、親切に助けてもらったことだし、ぼくがすぐに楽にしてあげるよ。もちろん、君たちがぼくをここに匿っていることがバレないように、元気になるまでは、ぼくのことは内緒だ」
 そうだったのだ。病人とはいえ、知らない人間を勝手に村へ入れているのだから、それだけは何があってもバレないようにしなくてはならない。この少年の病気が治り、村から出ていける日が来るまで――。
「う、うん、わかった」
 助けたはずなのに、苔桃をもらった後ろめたさもあって、互いの立場が逆転してしまったかのようだった。
「薬、効いてきた?」
 ヴィタリーが訊くと、
「そんなに早くは効かないよ……」
「そ、そうだよね」
 今になって、知らない人を村に入れてしまった罪悪感に不安が募る。それはヴィタリーだけでなく、キリルもイサークも同じだったようで、
「薬はくすねて来れたけど、メシはどうするんだ? おれたちだってカツカツしかもらってないのに――」
 と、小声でひそひそと相談する。
 すると、それは少年の耳にも届いていたのか、
「ぼくに食べ物は不要だよ。お腹を壊しているから、食欲もないしね」
 その言葉には、みんな少しだけホッとした。
 今この村にいる旅の客人も食事を摂らない変わった人たちだが(一人は灰の姿だし)、今まで見たこともないほどにきれいな少年で、外の世界の風の匂いがする。
 この少年の方も、豊かな黄金色の髪と、涼やかな切れ長の瞳と細身の体――自分たちとは違う生活をして来た人なのだと思えて来る。
 村にも黄金色の髪の者はいるが、大抵が黒髪か焦げ茶、茶色……体型も小柄だ。
 いや、体型その他云々のことはともかくとして、村人でさえ苦心する食糧の調達を、病み上がりの旅人に為し得るのだろうか。村を出て数日で飢え死にしてしまうことだって考えられる。
「この辺、もう食べられるものがほとんど残ってないんだよ。河には魚がいるけど、肉食の凶暴なやつで、ものすごく強い人しか捕まえられないんだ」
 少し心配になって、ヴィタリーは言った。
 だが、少年は、
「大丈夫だよ。ぼくは食糧がたくさんある場所を知っているから」
「ええっ! ホントに?」
「ああ。病気が治ったら、君たちにも教えてあげるよ……」


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