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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 15
しおりを挟むそこは、子供たちだけで掘り進めた、大人たちには内緒の通路だった。もう誰も出入りしなくなった古い納戸で、葛篭に隠れる永久凍土の壁を削ったものである。
最初は、単なる秘密基地で、三人が入れる穴が出来れば充分だった。
だが、そこは子供――。穴掘りがだんだんエスカレートして行って、通路と呼べるようなものになってしまったのも、この頃の集中力と根気の成せる技だったに違いない。
穴はデコボコで、子供の彼らでさえ身をかがめなくては通れないようなものだったが、大人たちに内緒で冒険できる、彼らだけの秘密の抜け穴だったのだ。
もちろん、冒険には危険がつきものである。以前にはそのせいで、母親のゾーヤを危ない目に遭わせてしまった。
だが、村は平和になった。
あの異国からの強い旅人が訪れてから、猫頭鷹も黄鼠狼もこの村の近くに姿を見せなくなったのだ。そんな今なら、少しくらい冒険をしても許される、というものである。
「なあ、キリル、このまま化け物が出なくなったら、おれたちも地上で暮らせるんじゃないかな?」
あの時、泣いてゾーヤにすがった子供、ヴィタリーが言った。
「ああ。おれもそう思う。ヘビやモグラじゃないんだから、土から出て暮らしたいよな」
「風と緑の匂いって、たまんないんだよなぁ」
と、イサークも同意する。
ビクビクしながら湿原を走るのも、じめじめとした穴蔵で暮らす日々も、このまま終わりになるかも知れない。
穴を塞いでいる木の枝で編んだ蓋に土と蘚類を乗せたものを持ち上げ、三人は蘚類に覆われた湿原へと飛び出した。
村人たちが外に出るのは、暗くなってからである。ほとんどの時間を地下の村で過ごすため、太陽の光がまぶし過ぎて目が眩むのだ。明かりは微かな月明かりや星明かりで、充分見える。
いや、それ以前に、冬の極北では陽が沈むのがとても早くて、夜が一日の大半を占めるのだ。
「今日はどこへ行く?」
ヴィタリーは形だけの問いかけをしたが――胸の内では皆、もう行き先は決まっていた。
「そりゃ――」
「――あそこだろ」
二人の返事は、当然、と言うべきもので、三人は、以前に見つけた小さな苔桃の木へと走り出した。
木といっても、二〇センチほどの小さなもので、秋に赤い実をつける。湿度の高い森の日陰に密集して生え、すでにこの辺りのものは収穫された後なのだが、それでも遅れて実をつけるものも一つや二つはある。それが目当てで、こうして抜け出しては確かめに来ているのである。
マイナス四〇度を下回る気候の中でも枯れることなく地中に根を伸ばし、栄養分の少ない土壌でも実をつけるこの植物は、この極北ではかなり貴重なものなのだ。
「ないなァ……」
「やっぱり、今年はもう終わりかなぁ」
群生地を我先にと探して回り、三人はがっくりと肩を落とした。
すると――、
「アイタタタ――っ!」
と、一本の木の陰から、何やら放っておくことが出来ない声が聞こえて来た。
見れば、どこか頼りなさそうな顔をした華奢な少年が、腹を抱えて地面に座り込んでいる。
どう見ても化け物の類には見えないし、三人がかりでかかって行けば何とかなりそうな手合いだった。なので、三人はその少年の方へと近づいて行き、
「どうかした?」
「旅の人?」
「食べすぎ?」
最後の一言は、この極北ではあり得ないことだったが、
「さっき見つけた茸を食べたら、急に腹が痛み出して……。これじゃあ、この苔桃も食べられそうにない」
顔を顰める少年が手のひらに乗せているのは、美味しそうな三粒の赤い実だった。ぴかぴかと輝き、齧れば甘い汁が迸るのが見えるようで、三人はゴクリと喉を鳴らした。
「おれ、村の人たちを呼んで来てやるよ――」
「バカっ! そんなことしたら抜けだしたことがバレるだろっ」
「じゃ、じゃあどうするんだよ?」
お礼に赤い実をもらえることを期待して、三人はああでもない、こうでもないと経験値の浅い頭を悩ませたのだが、
「アイタタタタタ……。どうだろう? 村に煎じ薬があるのなら、こっそりとぼくを村に入れてくれないか? 君たちが抜けだしていたことは、村の人には絶対に言わないから」
「でも……」
「お礼に、この苔桃の実をあげるよ。アイタタタ……」
「……」
もう三人の心は決まっていた。
そして、少年の手のひらに乗る苔桃の実を、それぞれ一つずつ受け取ったのだった……。
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