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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 17

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「なんか、いつもと違う匂いがするなァ」
 クン、と鼻を動かし、犬以上の嗅覚を誇って、舜は言った。
「そうかな? 最近、生臭い魚の匂いが充満してて、あんまり……」
 と、灰の姿であるため、鼻があるのかないのか、デューイの方は匂いを確認出来ないようで――。
「黄帝の回しモノだな」
 この少年、何かが起こると、いつもその変人の父親のせいにしてしまうのである。
 だが、今回はあながち間違いではなかったかもしれなくて……。とはいえ、この巨大な地下迷路の中、把握しきれない数の人口の中を縫って、その《回しモノ》を捜すのは至難の業である。
 しかも、他の区域から来た、ただの客人である可能性も捨てきれない。
「何をするつもりなのか、様子を見るか」
 そう言って、盲滅法捜しまわることは諦めたのだが――。
 翌日――。
 村の中は騒がしかった。皆が皆、わけのわからない事態に慌てふためき、ある者は錯乱して泣き叫び、またある者は、辺り構わず家族を捜して駆けまわっていた。
 部屋を出て、その光景を目の前にした舜とデューイは、半狂乱になる人々の様子と共に、血の匂いも嗅ぎ取っていた。それほど大量に流されたものではない。だが、至る処にその匂いが点在しているのがすぐに判った。
「何をやらかしたんだ、あいつ……」
 舜やデューイが眠っている間の出来事とはいえ、普通なら考えられないことである。
 普通、死に切れない不遇な一族は、完全に安心して眠れる場所でないと熟睡はしない(デューイという例外もあるが)。これは、彼らの眠りが深すぎて、音も気配も光も射さない静かな場所で眠りに付くと、何百年――或いは何千年も目醒めないことがある――という、人とは全く違う体質のためでもあるし、そんな状態の時に襲われたら、いくら吸血鬼と言えども、遅れをとってしまう。
 だから、知らない地や他人の家では、浅い眠りを心掛けるのが常である。そうでなくとも、深い眠りならほんの五分程度でも充分体力を回復できる。
 だが、ここは知らない村――。身の危険を感じればすぐに目醒める事が出来るように、舜は浅い眠りで過ごしていたのだ。
 それなのに……。
 こうして村人たちが騒ぎ出すまで、この地下で起こっていることに全く気付かず、明け方から正午まで眠りについていた。
 ――ただ事ではあり得ない。
 すでにこの村で数週間を過ごしているが、こんな騒ぎは見たことがない。
「何があったんだ?」
 行き交う人々の一人を捕まえて問いかけると、
「判らん! 起きたら大勢の村人が消えていた。どの出入り口もいつものように交代で男たちが見張っていたし、魔物が忍び込んだとは思えん。それなのに、多くの家族が何処にもいないんだ」
「……」
 ――誰を生かし、誰を見捨てるか。
 舜がいつまで経ってもその選択を行わないから、黄帝が痺れを切らしたのだろうか。――いや、あの変人の父親は、今頃舜に「この村へ行け」と言ったことも忘れて、「おや、そういえば最近、舜くんの姿を見ませんねぇ。何処へ行ってしまったのでしょうか?」と、惚けた言葉を口にしているに違いない。
 それなら……。
「どこかに村の人間じゃない奴が紛れ込んでいないか、虱潰しに捜すんだ!」
 ただ家族を捜し回るだけの人々に、舜はこの騒ぎの原因であろう他所者の存在を呼びかけた。
 だが、パニックを起こしている村人の耳には、なかなかそれが伝わらない。それを察して、
「村の人には僕が伝えて回るよ」
 デューイが言った。
 最近、何かと使える奴である。
 舜としては、なんだかちょっと面白くない。
 ――絶対、名コンビになんかならないぞ!
 父たる黄帝にも、デューイと同じような共存者がいて(レベルは遥かに違うが)(しかもあちらは複数で、水のような姿をしている)、気が遠くなるほどの永い時を、なくてはならない存在として過ごしている。
 水の姿のような共存者は、黄帝の血液から自分たちに必要なものを取り込み、また黄帝は、彼らが作ってくれる《朱珠の実》を糧として生きている。
 舜とデューイもまた同じなのだが、それと名コンビは別である。
 白麒麟の索冥(さくめい)に言わせれば、名コンビというより、漫才コンビだろ、と皮肉ったかもしれないが……。


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