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三夜 煬帝(ようだい)の柩
三夜 煬帝の柩 26
しおりを挟む「私は、一人で何でもしようとする君を偉いとは思いますが、周りが見えない人間は、一番みっともないものです。――デューイさんをごらんなさい。朝陽が昇る前にはきちんとバスを降りて、ホテルの従業員に怪しまれる前に出歩いて――常に、周囲の存在を意識しながら、行動をしているでしょう」
「え?」
その言葉に驚いたのは、デューイであった。――いや、驚くことなどなかったのかも、知れない。その美しい青年が何を知っていようと、不思議ではないのだから。
舜は、唇を結んで、うつむいていた。
「互いに学び合うことです。もし、君に周りを見る目があったなら、半年前、炎帝と戦った時も、もっと大きな傷を負わせることが出来ていたでしょう」
「え? それって、どういう意味――」
舜は、黄帝の言葉に、顔を上げた。
「考えなさい、舜くん。時間はそのためにあるのですから」
「……」
考えてみても、すぐに出そうな答えでは、なかった。もとより、本当にそれに答えがあるのかどうかも判らないのだ。
それでも――。
それでも、これからは、もう少し考えてから行動できるようになるのではないだろうか。
「オレ――ぼく、ちゃんと考えるから、そうしたら――。答えが出ても出なくても、一年後にもう一回、《聚首歓宴の盃》を試してみてほしい。ぼくがちゃんと扱えるようになっているかどうか」
「考えておきましょう」
眠たげな声で、黄帝は言った。ついでに、あふ、と欠伸をし、
「さて、私も少し外に出て来ましょうかねぇ。この一月半、デューイさんの帰りを待って、ずっと家に籠もりっきりでしたから、運動不足で」
それが、デューイに対する厭味ではなく、舜に対する厭味であることは、問い返すでもなく容易に知り得た。
そして、その青年ほど〃運動不足〃という言葉が似合わない麗人は、いない。いつものんびりしていてこそ、普通に思える青年なのだ。間違っても、アスレチック・ジムなどには通って欲しくない。
「かーさん以外の女のところに行ったら承知しないからなっ。男のとこにも」
キッ、と睨んで、舜は言った。
今回の失敗と、親子の関係は別なのである。父親として好ましくないことには、少し偉そうに口を挟むことも出来る。
それに、この一月間、母親の元で過ごしていたために、今まで以上にマザコンに磨きがかかっているのである、この少年。
そして、そうして母親を思う舜の言葉は、愛らしいものでもあった。
「では、碧雲のところにでも顔を出しに――」
「かーさんに手を出したりしたら、ただじゃおかないぞ!」
「へ?」
「ぼくのかーさんなんだっ」
「あの、舜くん。彼女は私の妻でもあるのですが……」
「そんなこと、関係あるもんかっ」
ほとんど意味不明の言葉である。
黄帝が母親以外の女のところへ行くのは許せないのだが、自分の母親の元に行くのは、もっと許せないのである、この少年。
たとえ父親にでも、母親を取られたくない、という子供なのだ。
「あの、では、私はどこへ行けば……」
「知るもんかっ」
何かと難しい年頃である。
部屋には、苦笑のような笑みが、零れていた……。
了
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