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三夜 煬帝(ようだい)の柩
三夜 煬帝の柩 25
しおりを挟む「ぼくは……。舜を生き返らせてください、黄帝様」
デューイは言った。黄帝の言葉に逆らってまでそう言ったのは、初めてであった。言った途端に、後悔するような気もしていた。
だが、その思いだけは、変わらなかった。
「……舜くんは命拾いをしましたね」
「え?」
その黄帝の言葉の意味を教えてもらうことは、出来なかった。
だが、もしデューイが『まだ舜を生き返らせなくてもいい』と言っていたら、黄帝は舜に止めを刺していたのではないか、というような気が、していた。二度と生き返ることが出来ないように、心臓に香木の杭を突き立てていたのではないか、というような気が……。
もちろん、デューイは、まさか、とすぐにその自分の考えを否定したが、ふと、そんな気がしたのは、確かであった。
「では、始めましょうか」
その簡単な言葉と共に、場所は舜の眠る寝室へと移り変わった。
デューイがベッドに寝かせておいた舜の遺体は、吸血鬼らしく、見事な細工の重々しい柩の中に移されている。それが、夢枕で舜が言っていた、《煬帝の柩》なのだろう。
「あ、デューイさんは座っていてもいいのですよ。炎帝の炎で負った傷は、そう早くは治らないでしょうからね」
やはり気づいていたのだ、この青年は。
舜が彼を化け物呼ばわりするのも、こういうことがあるからなのだろう。
デューイも、手伝っても邪魔になるだけだろうと思っていたので、言われた通り、手を出さずに黙って見ていた。
黄帝が、クーラーの中から血液バックを取り出し、管を付けて、舜の心臓へと、直接血液を送り込む。
「やっぱり、心臓から最初に治すのですか……」
医学的なことはよく解らないのだが、デューイはその手順を見て、口を開いた。
「別にやり方はどうでもいいのですよ。血さえ与えてあげれば」
「へ?」
「私が舜くんを早く生き返らせたくなかったもので、少しゆっくりしてみようかと」
やはり、この青年、人格が知れない。
心臓から徐々に潤いを取り戻して行く舜の肉体は、奇妙な植物の成長を見るようでもあった。
次第に肌が張りを得て、盃に破かれた心臓も塞がって行く。
舜が生き返るまでに要した時間は、ほんの数分であった……。
「あーっ! 折れた右足が干からびたミイラのままじゃないかっ。何でくっつけてくれなかったんだよ」
柩の中から体を起こし、舜は、気味の悪い老木のような右足を持ち上げ、声を上げた。
「おや、そういえば、右足が取れていたのでしたね。つい、うっかり忘れていました」
黄帝の方は、のんびりとしたものである。
もちろん、本当にうっかりしていたのかどうかは、定かではない。
「嘘つけっ。本当は知っててわざと、足をそのままにしておいたんだろ! この厭がらせをするために、オレの足を一本、折っておいたに決まってるんだっ」
「あ、あの、舜、足を折ったのは、ぼくで……」
そのデューイの言葉は、無視された。
「クソォ……。絶対、あんたが素直にオレを生き返らせてくれるはずはないと思ってたんだ」
心底悔しげに、舜は言った。
「おや、それはどうしてですか?」
黄帝の眼差しが、全てを見透かすように、細く変わった。
「ど、とーしてっ、って、それは……っ」
「それは?」
舜としては、その青年の思惑に嵌まってしまうことは、腹立たしい限りなのだが、この場合、言わなくてはならないことは、心得ている。
「……。ごめんなさいっ! もう迷惑はかけません」
口調はともかく、素直ないい子である。もちろん、本気で黄帝が怖いせいでもある。
本来なら、舜は、止めを刺されていても仕方がないほどに、黄帝を怒らせていたはずなのだ。黄帝の場合、怒りの度合いが顔や態度で計れないだけに、余計に怖い。
自分の人格が解らなくなるほどに長生きをすると、どんどん化け物に近くなって行くのだ、と、舜は黄帝を見る度に思っていた。
「それだけですか?」
黄帝は言った。
「……ありがとう、デューイ」
結局、いつも、黄帝の思惑どおりに事が運んでしまうのである。どんなに逆らってみても、所詮、孫悟空とお釈迦様の関係なのだ。
ちなみに、デューイはぽりぽりと頬を掻いて、舜の礼に照れている。
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