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四夜 燭陰(しょくいん)の玉(ぎょく)

四夜 燭陰の玉 1

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 今から、一二〇〇〇年前とも云われる遥か昔、一夜にして、海に沈んだ大陸が、太平洋にあった、という……。


 大地が黄昏という名のもとに、一日の終わりを告げようとする時間、裕福な屋敷の一室から、赤子の産声が、洩れ聞こえた。――いや、裕福なのは、その屋敷だけでは、ない。アジア大陸の内陸部に位置するこの村は、隣の町まで山や谷を越えて随分あるというのに、人々の暮らしはどこも裕福で、生活様式や文化、学問まで、何不自由なく、持ち込まれていた。
 人々は贅沢な衣装を纏い、村には水路さえ張り巡らされている。
 同じアジアの他の内陸部から見れば、それは、奇妙な光景でもあっただろう。
 だが、それは、この村の人々が、略奪や支配、などという、他の土地の人間がしていることをせず、商業や交易によって、海を隔てた隣の大陸――高度な文明を持つ無得ムウ大陸の人々と、繋がりを持っていたからに、外ならない。
 もちろん、それにもまた、こんな内陸部の人々がどうしてそんなことを為し得たのか、という疑問が生じるかも知れないが、それは、この村の人々が特別な能力を持っていたから、ということで、納得してもらえるに、違いない。
 だが、その『能力』とは――。
「愛らしい姫さまでございますよ、京仔ジンズー様。本当に、何と目鼻立ちの整った……」
 産まれ落ちた赤子を抱いて、皺だらけの産婆が、喜々と言った。
 だが、京仔、と呼ばれた娘の方は、
「……殺しておしまいなさい、そのような子」
 と、呪詛でも吐くかのように、冷たく放つ。
 まだ年若い、十六、七歳の娘である。
 出産の疲れに汗を滲ませてはいるものの、その容姿の端麗さは、一目で知れた。
 きつく聡明な面貌も、透き通るような白い肌も。
 しかし、その言葉の意味は――。
「京仔様――」
「あの輩は『人の子』ではない。この呪術師のさとが呼び込んでしまった魔物なのです。その魔物の子を身ごもり、産み落としてしまうなど……」
「ですが、黄帝様は、この黄色き大地の――そして、黄色き河の、尊き神――。その神の御子を殺してしまうなど――」
「神ではない。あれは魔物です」
「……」
 この頃、まだ人々は、神や魔物の声を聞き、それを畏れ、脅えていた。
 隣の無得ムウ大陸でもそれは同じで、違うところと言えば、の大陸は、宇宙の創造者たる天帝を唯一の神とし、その姿を帝王、ラ・ムーに見ていたことである。
 太陽の名を冠するその帝王だけを、唯一の信仰としていたのだ。
 そして、無得ムウ大陸最高の神官である帝王、ラ・ムーは、不思議な能力を持つとされ、その玉座を揺るぎのないものとしていた。
 いつの世も人々は、力重き者を神と見立て、その膝元に畏まって来たのだ。
 だが――。
「あの輩は神ではない……。今、私には、はっきりと見えたのです。あの者が、大地を揺るがし、引き裂く姿が……。黒き双眸を赤く変え、人々に災いをもたらす、恐ろしい姿が……」
 帝王の名を持ち、神と畏れられ、魔物と忌み嫌われる存在、黄帝――彼は一体、どのような人物である、というのだろうか……。



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